九州のベンチャー企業で、システム屋をやっております。「共創」「サービス」「IT」がテーマです。

「ご迷惑をおかけしました。なんて言葉はいらないーY君の脱走ー<対策編そしてまとめ>」

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これまで3編5回にわたって、昨年末に起こったY君脱走事件について、事件のあ
らましと何が原因だったのかを書いてきました。そして今回はその対策をどうす
ればよいかの考察と、これまで多くいただいたご意見をまとめてさせていただき、
完結編としたいと思います。

ご迷惑をおかけしました。なんて言葉はいらないーY君の脱走ー<発端編>

ご迷惑をおかけしました。なんて言葉はいらないーY君の脱走ー<原因探求編>

ご迷惑をおかけしました。なんて言葉はいらないーY君の脱走ー<評価分析編>

お客様に喜んでもらうということが仕事のモチベーションではないY君は、これ
までに何度かお客様からの依頼を失念してクレームをもらったり、リリース前
チェックを怠り障害を起こしたりと問題をおこし、上司の監視下に置かれていま
した。ところが、昨年からのコロナ禍で分散業務やリモートワークが指示され上
司の目が届かなくなると、お客様からの機能追加依頼に対して社内ルールを無視
し、レビューと社内承認を取っていない見積を提示、受注の揉み消し、偽造した
納期変更依頼の提示など問題を次々と起こした上、「仕事に対するモチベーショ
ンが持てない」という理由で退職届を提出しました。

なぜそのようなことが起こったかの考察は<原因探求編><評価分析編>で書い
た通りですが、実際にY君がその後どうなったかというと、退職届は受理され有
休を消化し、(年末の賞与時期だったので)賞与をもらって退職してゆきました。
対外的には体調不良で休職ということで代理をたて、退職はうやむやになってお
ります。社内はどうなったかというと、相変わらずコロナ禍の業務運営で昨年春
程ではないにしろ相変わらずの分散業務、不要不急の会議打合せ等の禁止進行で
す。
昨年末、Y君が退職届を持ってきたとき、他の部署に異動させることはできない
か、こんな時は温情をかけるべきだとおっしゃった取締役もいたようですが、そ
んな事をしても誰も幸せになりません。不正を行ったY君を庇えば、彼のおかげ
でしんどい思いをした現場からの反発は必至でしょうし、そもそもそんなことが
許されて組織が成り立つわけがありません。
ただ、その様な取締役の発言があったので、上司は産業医の元へ相談しに行った
ようです。話を聞いた産業は、Y君はプライドが高く自分の過ちを認めないタイ
プである。このタイプはどの組織にも一定数居て、やがて組織にいられなくなる
ので転職を繰り返すのだそうです。確かにY君の退職理由は「仕事に対するモチ
ベーションが持てない」ということであって、自分のしでかしたルール違反や虚
偽の報告、お客様にかけた迷惑への後悔ではありませんでした。

温情とは何か。

ここからは個人的な意見になりますが、もしY君が自分のやったことに対して後
悔の念を持ち、挽回したい、やり直したいと思っているのであれば、その機会を
与えること。これは温情だと思います。しかし産業医のいう通り、自分の非を認
められず逃げ出そうとしているのなら、懲戒処分(解雇でなくても)を行い、辞
表を受取ることが温情だと思います。Y君の性格が変わるかはわかりませんが、
少なくともY君のやったことが犯罪に近い事であり、その結果どうなるかをきち
んと本人含め、社内にも知らしめる必要があると考えるからです。

だからなのでしょう。有休消化を終えた最後の日、わざわざ出社して「今日で退
職します。ご迷惑をおかけしました」と皆に挨拶してまわったY君とそれを許し
た会社に違和感を感じました。今回の事件を知らない社員は普通に挨拶しますが、
彼の後始末をしなければならないメンバーは、まだ片付いていない時期もあり微
妙な顔をするしかないのですから。「ご迷惑をおかけしました」なんて言葉だけ
で、メンバーの気持ちが収まるわけではないのです。

実は本シリーズ、昨年末にY君が事件を起こしたにも関わらず仕事は何事もなかっ
た様に回っている、というのがオチです。本来なら昨年末にY君が事件を起こし
たので、それを分析して本質的な原因を見つけ出し、その対策として何かを実施
した結果、今どうなっているという内容だと格好良いのですが...。
現実は、何か起こればバタバタしますが、それが過ぎるとまた何事もない日常に
戻ってしまいます。まるで皆の記憶からその事件と、しんどい思いをした記憶す
ら消えてしまったかのように。不思議なものです。
事件が起こっても致命傷にはならず、短期の苦労で、すぐに日常を取り戻すこと
も大切だとは思いますが、そこから何も得ず何も変わらなければ、次に何か起こ
れば同じことを繰り返すだけ。事件は我々の想像を超えてやってくるので、次お
こる事件が今回のように致命傷にならない保証はどこにもありません。そんな自
戒を含めて今回の事件を記録することにしました。

最後になりましたが、皆様から頂いたご意見に回答して今回のまとめとしたいと
おもいます。ご意見とは、本シリーズにいただいたコメントや本シリーズの派生
コラムに書かれている内容から抽出・抜粋した内容になります。別の議論や過去
の議論を混ぜ返すのが趣旨ではないこと、ご了承ください。

〇今回の事件の原因は、システムの問題でありモチベーションやインセンティブ
 など個人の性格やメンタルの問題にしてはいけないのではないか

〇Y君が未承認の見積りを提出したのは、社内の受発注ルールがずさんなだけ

〇なぜ再発防止策をシステムで対応しないのか。プライベートや性格に問題が
 がある人でも普通に仕事ができる仕組みを作るべき

〇コロナ禍でY君を管理できなくなったというような人を管理するのではなく、
 仕事を管理すべき 

今回のシリーズにおいて、事件の原因をY君の仕事に対するモチベーションやイ
ンセンティブの見誤りとしたことで、問題の原因を個人の性格や資質に帰着して
しまうと事例として役に立たない、ということからシステムやルールの問題にす
るよう、意見を多くいただきました。

私もシステム屋の端くれとして、信条としては「善意(良い意図)は役に立たな
い。仕組みだけが役に立つ」というところにあります。加えてシステムを開発し
てお客様に使っていただき、効果を出す、というのが仕事でもあるため、社内に
ついても、営業管理、見積作成から、受注納品、問合せ管理まで一通りシステム
化されています。それらシステムを使って業務処理を行うのが社内ルールですが、
Y君はそれらをルールを守らず、虚偽と偽造を行っています。

正直、システム屋としてシステムの限界を身内から突きつけれられたことも本シ
リーズを書こうと思ったきっかけになっています。また、それでもまだシステム
の問題として対策を考えることもできます。例えばY君の個人メアドをメーリン
グリストにして皆で共有する。ICTを導入し、電話のやり取りはすべて記録、問
合管理システムへ自動登録。社内の受発注管理システムにEDI機能を追加し、お
客様が機能追加したい場合はEDIを通して発注等。いずれもやろうとすればや
れますし、一部については研究開発に取り組んでいるテーマもあります。
ただ、どこまでシステム化しても、人に依存してしまうことはどうしても残って
しまいます。また、社内の効率化と内部統制の強化を実現しても、一方でカスタ
マーサービスとしての顧客満足度、付加価値の向上、競合他社との差別化はそれ
でよいのか、という疑問にぶち当たります。リソースに余裕があれば、更なるシ
ステム化と統制の強化と合わせて、顧客満足度向上に向けた施策もという事がで
きるのかもしれまれませんが、少ないリソースでやりくりすることを考えると、
システム化とルールはある程度できているので、人の問題をテーマとするのが良
いのではないかと。ただ今回の件をY君個人の性格の問題で特殊な場合と言ってし
まうと、運が悪かったね、というだけで議論にならないので、人は自分でも気が
ついていないかもしれないけど、本人のもつ背景(何がモチベーションで、何が
インセンティブか)で行動が決まってくるので、それらを考慮した仕組みづくり
(情報システムだけではないシステム化)が必要になる、ということを本シリー
ズの提言としました。

例えば多くの企業を現金の取扱いをやめようとしています。振込であったり、
請求書支払であったり、コーポレートカードの支給であったり、電子決済の導入
であったり。現金の取り扱いは間違いが多いというのと、トレーサビリティが低
いということ。それとやはり不正発生率の高さでしょう。不正は、必ずしも悪意
があって入社した人が起こすわけではありません。普段はまじめなのに、何らか
の理由で借金を作ってしまった等の時、魔が差してしまって不正に手を染める場
合が多いのです。だから、現金を取り扱わなくてよい仕組みを導入し、どうして
も現金を取り扱う必要がある業種については、本人の身辺調査も含めより厳しい
監査の仕組みを導入する必要があります。

では、Y君の場合、彼のモチベーションやインセンティブを考慮してどういう仕
組みが考えられたのか。彼の場合は産業医が指摘するようにプライドが高くお客
様や社内など他者からの評価よりは、自己を中心に物事をとらえているとしたら、
業績評価と連動させ機能追加の発注をもらえば、その金額に応じて賞与額を増加。
クレームが入ればペナルティとして賞与額を減額するなどの方法が考えられます。
もし業績評価との連動した仕組みがあれば、Y君が問題を起こさず良いサイクル
になっていたかと聞かれたら、無理かな、と思いはしますが、別にY君だけの問
題ではなく、この様な人が今後もでてくる前提で考えることは必要だと思って
おります。

〇ルールを作っても守る気がない人にとっては意味がないので、常時監視や二重
 三重のチェックが必要になる。ただそれだけのコストをかける必要があるかが
 疑問

〇ルールを従わせるために膨大なコストをかけずとも、なんとなく不正ができな
 い感じを漂わせているだけでも良いのではないか。クロス担当制度や、受注シ
 ステムや問合せ管理システムの導入、メーリングリストなど

〇これまでの多くの日本企業が性善説にたっていたが、SOX法の導入にもみられ
 るように、制度を整え外部にたいしても不正がない旨、説明できる仕組を構築
 することが求められている。個人の裁量を重視すると全員のレベルがそろわ
 なければ品質にバラつきができ、良くないと思われる

加えて、不正を行う人は最初からそういう性質とは限らず、環境によって途中で
ダークサイドに落ちる可能性がある。という前提に立つ必要があると考えていま
す。そうなるとクロス担当制度やシステムなどだけでは限界があるので、監視や
チェックなど統制の仕組みが必要になります。ただ、これらはコスト高になるの
は間違いないので「善意は役に立たない。仕組みだけが役に立つ」等、モチベー
ションやインセンティブを踏まえた仕組みを考え、常にトライ&エラーを行う必
要があると思います。

〇企業の顔でもありブランドでもあるカスタマーサービス担当に問題のあるY君 
 をなぜ配置しつづけたのか

仰る通りです。カスタマーサービスを軽く見ている風潮があります。Y君も開発
を挫折したのでカスタマーサービス担当にまわされた、という事実もその証拠だ
と思います。できれば、認定制度にしてある程度の教育カリキュラムを受け、カ
スタマーサービスとしての資質を踏まえて認定されたものだけが従事できるみた
いな。開発も同じなんですけど。

〇中小(ベンチャー)企業では、採用者の3割ほど問題のある人だと感じられる。
 別部署 に配属すされるとトラブルは面白いが、自部署に配属されるとえらい
 ことになる

〇大企業から、その知見やノウハウをもった人を採用しても、自社のやり方を学
 ぶことをせず前職のやり方を押し付けようとしてうまくいかず、短期で辞めて
 しまう

ベンチャーとしては、やはり特殊な才能を持った人を採用したい。でも、そういっ
た人は、組織人としていろいろと問題を抱えている場合が多いので、混乱を招き
ます。組織人や性格に問題があったとしても、その特異な才能をいかんなく発揮
し活躍できる組織がいいなぁ。

大企業の人たちはその逆ですね。才能は平凡でも、組織人としての教育はできて
います。ただ大企業からベンチャーに転職する人たちもやはり二パターンあり、
本人が望むと望まざると前職にいられなくなり、しかたなく中小に転職する人。
中小は大企業の知見やノウハウが欲しいので積極的に採用しますが、そのような
人は中小を下に見、大企業でのやり方を押し付けようとするのでうまくいきませ
ん。逆に根がベンチャーで、大企業には居づらい人が中小に来ると、その能力を
いかんなく発揮できる人もいます。
どちらにしろ、どんな背景があろうと、その人がもつ能力や才能をいかんなく発
揮できる組織づくりを目指したいものです。

〇経営者が突然クレド研修などをはじめたりするが、リッツカールトンでは2,000
 ドル/日の決裁権をくれるが、当社は数千円の備品一つ買うのにもいろいろと言
 われる

経営者は思い付きでクレド研修をやるのではなく、自社にとって裁量権を委譲し
て顧客満足度を追求するのか、管理統制を強化するのか考えるのが先ですね。

〇作者は当事者なので感情的な文章になっている。とくに事実と想像が混在して
 いる

これも多くご意見いただいたのですが、今回のY君問題は確かにごたごたしまし
たが実害は小さく、今はすっかり落ち着いております。実のところ、あまりにダ
メージがないので、逆に事件が風化してしまいそうなことに問題意識をもってい
ることは、本編に書いた通りです。しかも、元Y君の上司であったことは事実で
すし、いまも関係している仕事をしていますが、今回の件は直接の当事者として
お客様のもとへ謝罪にいったりはしていません。なので、感情的な文章にはなっ
ていないと思うのですが、こればっかりは読まれた方の感じ方ですね。

加えてY君が何を考えてどう行動した、というのは誰もわかりませんので、それ
らの言及の部分については想像の域を出ていません。ただ、事実としてY君が何
をしたかということよりも、今回の事件で我々が何を学習したかということの方
が大切なので、それは事実でなくてもよいと考えています。

〇Y君は、パーソナリティ障害のソシオパスではないか

そうかもしれませんが、前述の通り、もしそうであるならばY君が特異な存在に
なってしまい、議論がすすみません。だから、事実はともかくY君は特殊ではな
く、これからもあり得る、という前提で論を進めています。

〇本コラムはY君を叩いているだけではないか

別にY君を叩いているわけではありません。前述の通りY君を叩く理由はあまり
ないのです。ただ、Y君の事件をきっかけに我々が何を学べるか、を議論したい
と思っております。

Comment(6)

コメント

匿名241

非常に勉強になるシリーズコラムでした。
社内の教育にも使いたいくらいです。

帆下

> 自分の非を認められず逃げ出そうとしているのなら、懲戒処分(解雇でなくても)を行い、辞表を受取ることが温情だと思います。

私の基準では、「Y君」を会社から追い出すことになる時点で、もはや温情無しの厳しい措置と感じます。「Y君」の行いを考えれば、このような厳しい措置はやむを得ない、という点は同意せざるを得ませんが。
なお、筆者様の基準で言った場合、もし「Y君」に対して一切「温情」をかけるつもりがなかったなら、この一件でどういう選択をしていたのかは気になるところですが、このあたりを想定していたのでしょうか。

- 提出された辞表の受け取りを拒否し懲戒解雇処分
- 弁護士などを通じて法的措置を取り、「Y君」の民事上・刑事上の責任を追及する

会社から懲戒解雇された場合、
1. ハローワークの失業保険を受け取るとき、通常の会社都合退職とは違い、3ヶ月間の猶予期間が必要
2. 就業規則にその旨が書かれてあれば、退職金を受け取る権利を失う
3. 会社を懲戒解雇されたという経歴は、その後の転職活動に強い悪影響を及ぼす(前職で懲戒解雇された人間を雇う会社は相当に少なくなるはず)
4. 仮に懲戒解雇された経歴を隠して転職できても、それが転職先に露見すれば、それを理由に転職先の会社からも再度の懲戒解雇を食らうリスクあり

……などで、労働者側にとってはかなりのダメージとなるようです。
弁護士などを通じた法的措置は、もはや言うに及ばずの厳しい一手ですね。

(先に辞表を提出した従業員に対し、会社が懲戒解雇することが可能なのか? という問題もありますが、雇用契約が終了する前に懲戒解雇を行えば、従業員からの退職より懲戒解雇の方が優先されるようです。不正行為を行ったのち、不正行為の処分が下る前に自主退職する、という形での「やり逃げ」を防止する必要があるため、そのような制度になっているようですね)

難解

「社内承認を取らずに見積を提出し」とか「上長のハンコを勝手に押し」がどうにも理解できません。
例えば「上長のハンコ」は、カギのかかる引き出し等には保管してなくて、その辺に転がっていたのでしょうか? あるいは三文判で、よく似たハンコを簡単に入手できたのでしょうか?
もしも、ちゃんとしたハンコがカギのかかるところに保管されていなかった、ということであれば、なぜそのようなズサンな状態だったのかが理解できません。
「Y君が辞表を持ってきた」とありますが、Y君は役員だったのでしょうか?
Y君が役員だったとしたら、なぜ役員になれたのか理解できません。
過去にコメント欄で説明されているのでしたら、書き込み申し訳ございません。

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