余計な一言、足りない二言
余計な一言を言う人は、必要な二言が足りてない。
部下「お客様から、○○してくれと言われたので対応しました」
上司「お客様は、何故○○してくれと依頼してきたの?」
部下「・・・」
上司「○○してしまうと、別の問題が発生してしまう。お客様はきっと△△が困っているはずだから、○○でその問題は解決するかもしれないが他の問題が発生することを考えると、別の対策をとるべきなのでは?」
部下「そういった意味では、そうですね」
「そういった意味では」というのは余計な一言だ。「そうですね」は、上司の発言に同意を示すが、「そういった意味では」と同意に条件を付けている。なので文脈的には、「そういった意味ではそうですが、この場合はこういった意味なので~」などと反論に転じる必要がある。ところが部下は反論に転じず、限定的な条件付き同意で話を終わらせてしまった。全面的に同意できない条件があるのならば、それを詳らかにする必要があるし、ないのならば「そういった意味では」は余計な一言だ。
部下「予約の場合、伝票の席番に予約時の席番を表示することになりました」
上司「席番って、お客様が来店してオーダーを取る際に入力するのでは?」
部下「それはそうなのですが、予約の場合は席番を入力しない運用なので」
上司「予約の場合に何故席番を入力しない運用なのかは分からないが、入力しないのになぜ伝票に表示する必要があるの?当日予約時と違う席番に座ったら困るんじゃない?」
部下「それはそうなのですが、伝票の席番が空白だと困るという依頼でして」
この場合も、部下と上司の間で会話が成り立っていない。そもそも、席番というのはオーダーされた商品を届ける先を差す。そのため伝票への表示が必要だし、予約時に席番が指定されていても、オーダーを取る際には席番を入力する必要がある。その前提を踏まえた上で、上司は予約の場合に伝票に予約の席番表示、という対応理由が知りたいのだ。しかし部下はそのことがわかっていない。わかっていないにも関わらず、「それはそう」とわかったフリをしている。これがフリである証拠に、後半の会話での上司の質問は、予約の場合は何故席番を入力しないのか、入力しないものを何故伝票に表示するのか、予約時の席番が変わった場合に困らないのか、の3点だが、回答は伝票の席番が空白だと困ると言われた、と、どの質問にも答えていない。この場合、「それはそうなのですが」が、なぜ余計な一言かというと、この一言が入ることにより、一見、会話が成り立ったように見えるから。「これはAである」「それはそうなのですが、(この場合は)Bなんです」。「それはそう」と相手の発言を受け入れつつも、「なのですが」と結論として違う事を主張するには便利である。言い換えると、円滑に会話が流れてしまうので無闇に使ってしまうと本例のように正しい相互理解を阻害してしまう。
連絡「昨日、コピー機横のエアコンがつけっぱなしでした。エアコンは自動でオフになりませんし、電気代も発生します。また環境負荷にもつながります。ご協力のほどよろしくお願いいたします」
自動オフ、電気代、環境負荷の行は一言というには長いが、余計だ。他のエアコンは消されていたことを考えると、わざとつけっぱなしにしたわけではなく最終退出が消し忘れたか、ついている事に気づかなかっただけだろう。そして恐らく皆、エアコンが自動で消えないことも、エアコンを使えば電気代がかかることも、電気を使えば環境負荷になることも知っている。知っている事をわざわざ言っても、気づかない、忘れてしまう、の対策にはならない。どうしても電気代と環境負荷を問題視するのであれば、気づかせる方法、自動で消える仕組みを真剣に考えるべきである。
これら傾向を眺めていると、実は余計な一言は無意識の感情の発露ではないかと思えてくる。自身に弱みがある時、保身のためについ余計な事を言ってしまう。相手のミスを注意するとき、つい強気になって偉そうな言葉を発してしまう。問題は、余計な一言が自身の感情由来なものであるがために、受け取った側も感情的になりやすい。それは、ひいては正しいコミュニケーションを阻害してしまう。
個人的には余計な一言はみっともないものだと思っている。しかし、感情の発露なので、自身もつい、余計な一言を発してしまうことも知っている。だから、特に感情の揺れがある時には、発する言葉に気を付けることを心がけている。それは余計な一言ではないか。足りていない二言はないか。
それが、大人ってもんだろう?