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生き様046. どうしてこうなるニッポン!~日本の労働報酬制度編~

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はじめにお知らせ

ここ3ヶ月程、コメントのチェックが正しく行えておらず、
皆様から頂いたコメントを公開できていませんでした。

ここで改めてお詫び致します。
お話できる範囲の経緯等は、こちらの記事に掲載しております。
ご興味のある方は、確認を頂けたら幸いです。


前回までのあらすじ

実は、ハンコ文化の話も、現金主義の話も、管理と監視の話も。
全ては今回の為の布石だったらしい。
そんなに大判風呂敷広げて大丈夫なのか?
無事に伏線回収することはできるのか??


結論:全ては日本の労働報酬制度が悪い

結構な極論なのですが、これが僕個人の基本、かつ究極的な考えです。

日本の労働報酬制度が、諸悪の根源である!

労働報酬制度というと、アレです。
時給とか日給月給とかの、アレです。

日本の労働は、ほぼ全てが時間を単位として評価され、
そして、時間を単位として報酬が決定さています。

ほぼ全て、といったのは、一部の例外があるからです。
ですが、一部の例外に収まるのは、所謂フリーランスだけ。
日本の労働者の大半を締める、雇用を請けた労働者は、この例外には全く入っていません。
もし入っていたら、労働基準法違反です。


歩合給について

歩合給はどうなの?と言われそうですので、少しだけ補足します。
労働基準法では、完全歩合給は禁止されています。
また、[基本給+歩合給]の場合でも、残業代は支給しなければなりません。
なので基本は、時間単位の労働になります。
その上に、実績による評価を上乗せできる制度が[歩合給]という制度の形なのです。
…全くと言っていい程、正しく運用されていない感じですけどね…。


安易な時間での管理

この時間での管理制度が優れているのは
「時間単位あたりの成果が一定している場合」だけです。
どういうことでしょう?

シンプルな例は、工場でのライン仕事です。
産業革命により機械が発達し、時間を単位とする生産が可能になりました。
それに付き添う、もしくは機械ができない作業を補う工場労働者が生まれたのです。

それまでの労働は、成果物の数量に対する評価が一般的だった様です。
例えば「今年は、○kgの穀物が収穫できたから、○○円だ」みたいな。

ですが、機械は時間で動かしてさえいれば、成果はほぼ一定です。
数量で評価するより、時間で評価した方が、圧倒的に管理側にとっては楽です。

そうして使われ始めた労働の評価と報酬の制度が、今日の日本でも労働報酬制度の軸として活用されています。


管理ができない管理職たち

管理と監視の回でも少し触れたことですが、
日本の多くの管理職が「楽だから」という理由で安易な監視へ逃げています。
当人に逃げている意識はなく、立派に管理をしているつもりですから、タチが悪いですね。

そういう安易な監視へ逃げる名ばかり管理者は、自分のメンツに異様に拘ります。
最近どこかで聞いた話だな、と思ったらたいきさんのコラムにそんな話がありました。
そして、メンツを大事にする人は、自分が知らないことや変化を嫌います。
おや?これも最近どこかで聞き覚えが…
そうですねHorusさんのコラムですね。
契約の締結のときだけ顔を突っ込んでくる上役や、ハンコを押すだけで自分が関わってる感を出してくる上司なんかも、この類ではないかな?と考えています。

当然、管理ができないわけですから、評価ができるわけがありません。
勤務時間を監視するだけの時間評価は、そういう管理者に取ってとても都合がいいのです。


労働制度の犠牲者という側面

ですが、そんな管理者たちも、ある意味では被害者です。
彼らは管理ができないのでは有りません。
正しい管理の仕方を教わってこなかったのです。

散々ボロクソに言っておきながら、見事な手のひら返しです。

だって、労働基準法が定める報酬体系は、時間での評価を基準にしてるんですよ?
販売数や契約数等の目に見え、数値としてハッキリしてた指標が無ければ、歩合にはできません。
労働時間で評価することは、合理的にも見えてきます。

それが大きな間違いなんですけどね!


日本に本格導入されない【ホワイトカラーエグゼンプション】

散々、現在の労働報酬制度が悪い、と言い張っています。
ではどういう労働制度が良いのか?と問われれば、答えは既に出ています。
これは既に幾度となく、名前を変えて世間に知られている言葉です。

ある時は「ホワイトカラーエグゼンプション」。
またある時は「高度プロフェッショナル制度」。
そしてまたある時は「残業させ放題制度」という蔑称で。

労働時間に縛られず、成果をベースに給与が決まる。
この制度の導入は、2000年代後半に。そしてまだ記憶に新しい第二次安倍内閣時代に。
それぞれ国会に法案が提出されました。
2019年4月からは、限られた業務で年収1075万円(見込)の人を対象として、導入されています。

正直、現在の日本の労働環境に、ホワイトカラーエグゼンプションを導入しても、
【残業させ放題】【過労死量産制度】にしかならないでしょう。

経団連が求めている意図も、労働者を安くこき使う為にしか見えません。

ホワイトカラーエグゼンプションとは、労働者が自らの労働のコントロールができることが前提でしょう。
労働者が自らの仕事の量を調節し、私生活と仕事・健康と仕事等の様々な事柄と仕事のバランスを取ることができなければ、意味がありません。

そして、企業側は労働者を適切に管理し、仕事や健康のトラブルが無いように気を配る。
ここまで、労働者と企業ができて、初めて成立する制度だと考えています。

残念ながら、現在の日本の労働に対する意識では、こうはならないでしょう。
極一部の例外があるかもしれませんが。

であれば、今、本格導入されないのは、良いことなのかもしれません。
大きな悲劇を防ぐ、という意味で。


労働者が労働をコントロールする為の高過ぎる壁

この件については「どうしてこうなるんだ?」と、よく自問自答しています。
ですがが、明確な答えは出ていません。
僕自身の勉強不足です。

でも、その中で幾つか判ったことがあります。

一つは、労働者の権利が低すぎることです。
権利が低すぎるから、経営者の都合に振り回されるだけになってしまいます。
別に、労働組合に入れ、という訳ではありません。
アレもアレで相当アレな利権団体だと思うので。
少なくとも、労働を監督するべき、労働基準監督署がもっと仕事して欲しい、と思います。

一つは、雇用の流動性が著しく低いことです。
有効求人倍率は、このコロナ禍の中でも1.0倍を超えています。
つまり、仕事を選り好みしなければ、今の仕事を辞めても仕事はあるのです。
とはいえ、仕事を変えて食えなくなったら本末転倒です。
「最低賃金が時給○○円以上になればいい!」も胡散臭いです。
社会に回るお金が多くなれば、自然と[食える仕事]も増えるのではないでしょうか?
「今の仕事に齧りつかなくても、もっと別の仕事で生きていける」
そういう世の中になれば、

一つは、「自分の人生の主体が自分だ」という事を自覚して欲しいです。
アナタの人生は、アナタのものです。
会社のものでも、ましてや上司のものでも有りません。
そして、アナタが過去にした選択は、絶対では有りません。
アナタの選択ですから、明日にはその選択を変えてもいいんです。
沢山選択して、失敗して、選択し直して、進んでいくことは、悪いことではないんです。
別に後悔してもいいんです。その代わり、それを糧にして進んで下さい。
ちょっとスパルタに聞こえるかもしれませんが、大丈夫です。
それが本来自然なことなんです。
でも、他人を尊重することも忘れずに!


まとめ

  • 日本の労働報酬制度は、産業革命から変わっていない
  • 管理者が”楽な”時間評価に頼りすぎてる
  • 労働者が労働をコントロールできる様になって欲しい
  • 企業は本当の意味で社員の健康的な暮らしを守って欲しい
  • その為には、現状色々足りなさすぎる!

※現金主義回からは、どんぶり勘定経営者が出てくる予定でしたが、
余りにも余りにもな内容だったので、自己判断で止めました。

以上!




おことわり

本コラムの中で、労働制度の法律的な話とか、歴史的な経緯をかに触れている部分があります。
今回、話を簡単に纏める為に、ざっくりと端折ってお話している部分が多いです。
厳密に適用すると、間違っている部分が多々あることを、ご承知下さい。

また、僕自身は法律の専門化でも、歴史の専門化でもありません。
労働問題について考え、学んでいる立場の身です。
ですので、これらの解釈で間違っている部分の指摘はとてもありがたく受けます。
そして、その指摘を元に勉強し、今後の考え方を発展させていくつもりです。

ですが、解釈の議論については、お付き合い致しかねます。
もちろん、コメント欄でそういう話を出していただくのは大歓迎です。
でも、全てに僕が明確に答えられるわけではない、という点はご承知下さい。




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とりあえず1ヶ月続きましたが、相変わらず平均再生回数が1~2回です。


Comment(6)

コメント

匿名

フリーランスやっている目からみると、正社員契約というのは苦しみ多い、手錠や足かせをされながら働かなければいけない制度に見えます。

経営者側からの目線でみると、自由に契約解除できるような仕組みになっていなくて、ここにすごく問題が集約されています。

労働基準法による見せかけ上労働者を守るという名目によって多くの人はだまされているのですが
能力がない、あるいはやる気をださない、あるいは他の足を引っ張る人の権利だけが守られてクビを切ることができなくなって、ゆえに能力が高い人が評価されない、仕組みになっています。

もっと労働する人の契約は自由でよく、そのためには正社員雇用契約などは無視して、自由契約でいられる人が増えてもらいたいものです。

kaie

日本の雇用制度は契約解除に制限があるので、劇的な貧困は出にくくなっている点はまぁ悪くないのかなとも思えます。ただ頑張るメリットもないので、どんどん日本は馬鹿になっていっているよなぁとも思います。おっしゃられるようにどこか一つ変えればというわけでもなく、変わるには色々足りないんだろうということを、誰がやるのか。暗い未来が見えますね。
特に経費を安く抑えることだけに腐心して、相手の仕事に対価を払わない人が多いのはなぜかなぁと思っていたのですが、自分たちの仕事の評価もまともにできないのだから、そりゃ当然ですね。
まずは自分たちの仕事の価値をちゃんと評価できるようになるところからでしょうか。

hs

労働基準監督署も人手不足ですからねえ。
労働基準監督官は全国で3000人強しかおらず、都道府県によっては1人の監督官あたり2万人以上の労働者を受け持つところもあるレベルです(ちなみに国際労働機関の定めた指標では先進国では1人あたり1万人以下が望ましい指標だそうです)。
社労士等の公的資格所持者に一部業務を委託すべきと言っている専門家もいますが反対意見も多くなかなか進んでいない状況とのことです。
とはいえ監視役がしっかりしないと企業側の横暴は収まらないでしょうし、どうにかして解決しないとパワーバランスは労働者不利なままでしょうね。

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