Winny
映画Winnyを観に行った。マニアックなテーマだけにどうだろうと思いつつだ
ったが、それなりに面白かった。自分は下地があったが、カミさんも退屈する
ことなく鑑賞できたので、作品としてはよくできていると思う。
金子氏とは同世代で、時代背景は2000年前後。作中にでてくるPCや雑誌など
にノスタルジーを感じてしまう。本屋で覚えたコードを電気屋の店頭展示され
ているパソコンにプログラミングするシーン。PC-8801のロゴが見える。そ
ういえば自分も小学生のころ、何故か叔父の家にあったPC-8801を初めて見た
ときの驚きは今でも思い出す。金子氏と違って、何をするものか、どう扱えば
よいかさっぱり見当はつかなかったが、接続されたカセットテープレコーダを
早送りしたり再生したりすると、ディスプレイに幾何学図形が描き出されてい
た記憶は今もある。その後、我が家にもX1turboがやってきたが、購入した親
は使う事はなく、自分のもっぱらゲーム機だった。学生時代に初めてデパート
でPC-9821を自前購入したが、Windowsは必要か?という店員の質問になん
の事かもよくわからないまま、必要ですと購入。そのころPC購入時の選択肢は
MS-DOS専用機かWindows3.1が動くスペックかで悩む必要があった。
自前でPC購入したらからと言ってプログラミングにのめりこむこともなく、
ゲームとネットが主な用途。ネットはいわゆるパソコン通信の時代で、モデム
も9.6kbps、14.4kbps、28.8kbps、と新しい規格が出るたびに買い替えてい
た。その後、一太郎のジャストシステムがインターネット接続サービス
JustNetを開始したタイミングでインターネットの世界へ足を踏み入れること
になるが、その頃のインターネットはまさにアングラ。ギーク達が好き勝手に
やっている無法地帯、そんなイメージだ。今でこそインターネットは普通の人
達が普通に使っているが、当時は特殊な人達のための特殊な世界だったと思う。
PCを入手し、使いこなし、ネットに接続しプロバイダに加入しないと足を踏み
入れることができない世界。検索サイトも未発達なので、掲示板コミュニティ
に参加する必要もある。そして、そのハードルを乗り越えた先に、リアルな世
界では存在すら知らなかった、貴重な情報を入手することができるのだ。
誰も知らない情報を持っている、という優越感。その優越感のためによりディ
ープな情報を求めて、ネットの中を徘徊する。
前述後半部は勝手な想像かもしれないが、今現在も含めてインターネットの利
用動機には、好奇心があると考えている。今でこそ検索サイトも充実し、興味
ありそうなことは、おせっかいなタイムランが教えてくれる。過剰なまでに好
奇心を満たそうとしてくれるが、黎明期はそこまで親切ではないので情報を得
ようとすると労力が必要だった。でもその労力惜しまなければ、ネットは好奇
心を満たしてくれる。だからその労力に勝る好奇心、エロ、グロ、技術など背
徳な情報が黎明期のネット世界を支えていたのではないか。そんなことを考え
る。
特にネット世界はフラットだ。日本では不法にあたるものが、海外では合法な
場合もある。今は国を跨いだ共通合意が形成されつつあるが、当時は法の光は
まだネットには届いていなかった。だからアングラ。その中で成長した道具に
遵法の意思があったか、という問いには「ない」とは言わないまでも「薄かっ
た」ことは間違いないと思う。映画が問うている「殺人に使われた包丁を作っ
た職人は逮捕されるのか」。包丁を作った職人は逮捕されないだろうが、許可
なく大麻を栽培したら犯罪である。細菌兵器を開発しても犯罪である。両者に
何の違いがあるのかと問われれば、答えられないが実際はそうだ。
金子氏は優秀なプログラマーであったことは間違いないと思う。もし逮捕され
なければ、素晴らしいソフトウェアを世に出していたかもしれない。Winnyの
開発も著作権違反幇助を意図したのではなく、純真な技術探求の目的だったの
かもしれない。しかし金子氏が有罪になればプログラマーが委縮し技術の発展
が滞る、という主張には疑問がある。技術や科学はその使い方によっては毒に
も薬にもなり、純粋に知的好奇心だけで発展した技術や科学が取り返しのつか
ない悲劇を起こす可能性がある、という事は技術者も科学者も肝に銘じておか
なければならない基本だからだ。
辺境ではあるがソフトウェア業界で仕事をしている身として、周囲には金子氏
まではないにしろ知的好奇心のみで技術を向上させるプログラマーがいる。正
直嫌いではないし、技術に好奇心を持たず仕事としてのみコーディングしてい
るプログラマーより重宝しているし、技術に好奇心を持つように仕向けている。
だからと言って天才金子を目指してほしいとは思わない。一部の天才が良いに
しろ悪いにしろ世界を変えるイノベーションを起こすのだろうが、その前に世
のまっとうさに貢献する技術者であってもらいたいと思う。
世の中は移ろい、インターネットはギーク達のアングラから、一般人が普通に
使う技術へと変貌した。それは、そこに法の目が届くようになり、秩序が生ま
れたからだ。その分、ギークの密度は薄くなり代わりにリテラシーの低いユー
ザが起こす炎上が問題になってきている。金子氏の事件は、Winnyが技術的に
優れたソフトウェアだったため大きくなりすぎてしまい、法が看過できなくな
ったから起こった事件ではないかと思う。無法地帯に法の光の穴をあけるのに、
警察や検察もその方法がわからず無理で強引なやり方を取らざるをえなかった
のではないかとも。しかしもう一方で、この事件が世間の目にさらせることで、
アングラだったネットの世界に法の光が届くようになり、秩序が生まれ、今の
発展につながった、ひとつの過程でもあったのではないか。
そんな物語を考えるきっかけとなった映画だった。