九州のベンチャー企業で、システム屋をやっております。「共創」「サービス」「IT」がテーマです。

知識集約型ビジネス

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先日、行きつけの温浴施設で湯船に浸かりながら、隣で駄弁っているおにーさん達
の会話を聞くとはなしに聞いていました。

前段で高校に比べて大学は、と話していたので大学一年生位でしょうか。

「オレ、気が付いたことがあるんだ。やるんだったら、飲食より整体師だよ」
「なんでよ?」
「飲食って、料理つくるのに材料を買わないといけないけど、整体師は材料いらな
 いじゃない」

おじさん思わず、この若人の会話に参戦したくなってしまいましたが、お互いマッ
パ。不審者と思われるのが関の山でしょうから、思いとどまりました。
若いわりに整体師を引合に出すあたり渋い感じがしますが、商売感覚と原価の気づ
き、という意味では将来有望なおにーさんではないでしょうか。

会話には参加できなかったけど、おじさんも一緒に考えてみることにしました。

仮にワンオペの個人事業者のラーメン屋と整体師がいるとして。

ラーメンの一杯の値段は今時700円位でしょうか。ワンオペで考えると席は10席。
客の滞在時間は調理に10分、食事に20分の計0.5時間。計算しやすいように10時間
の営業としましょう。
1席に1日、10時間÷0.5時間/人=20人座れるとして、10席で200人。1人当たり
1杯のラーメンを注文して、140,000円。ラーメンの原価は平均30%位だそうなの
で、材料費42,000円を引くと、約98,000円が手元に残ります。

一方で整体師は、おおよそ60分の施術で5,000円。1人の整体師は1人の患者しか施
術できないので10時間営業すると、最大50,000円の売上、原価はかからないので
このまま50,000円が手元に残ります。

これを見ると、おにーさんの予想に反して飲食の方が優位、ということになります。
当然ワンオペ商売での日の最大売上、利益ベースでの比較ですので、これだけをもっ
て、やるなら絶対飲食!というつもりはさらさらありませんが、データ的にも飲食店
の方がやりやすい、ということはわかります。例えば全国の飲食店の数150万店。整
骨院の数5万店。最大飲食チェーンの売上約5,000億円。最大整骨院チェーンの売上
約30億円。

実のところ、「やるんだったら飲食か整体師か?」というおにーさんの命題について
はある程度の答えは最初から出ています。やるモチベーションを事業のポテンシャル
とするなら間違いなく飲食です。理由は2つ。ひとつはマーケット。人は必ず飲食を
するので、全人口が飲食店の顧客候補となります。かたや整体の顧客は身体に不調が
あり施術が必要な人が必要なひとなので、ーそのような人が世の中に何人いるのかは
わかりませんがー明らかに飲食の顧客候補より少ないのは確かです。

もう一つは整体のビジネスモデルが労働集約型であるということ。労働集約型ビジネ
スはその特徴としてサービスの生産と消費が同時に行われストックできない、という
ところにあります。整体師は患者が来てはじめて施術を行いますが、その間一人の患
者にかかりきりなります。事前に行った施術を患者が来た際に適用する、という訳に
はいきません。逆にラーメン屋はお客が来る前に仕込みを行います。麺を仕入れ、ス
ープを作り、トッピングのチャーシューを切り分けておきます。お客が来てやること
は麺を茹でて盛り付けるだけ。だから1人のお客にかかりきらなくてよいので、整体
に比べて客単価も安く材料費もかかるにも関わらず、飲食の方がビジネスとしての優
位性があると考えられます。

ただし、ここまでの話はあくまで一般論で、個別の事業としては話がまた変わってき
ます。例え全世界の人間が飲食する必要があるからと言って、人類全員が自分のラー
メン屋の顧客になるわけではありません。店の周囲半径数kmの人口が関の山です。
逆に整体もすごいスキルをもっていれば1回の施術に数万円払ってもお願いしたい、
というお客もできるかもしれません。そうなると店の周囲半径数kmどころか、日本
全国から患者が押し掛ける可能性もあります。加えて飲食はポテンシャルが高い反面
レッドオーシャンにもなりやすく、競争の激化で顧客確保が難しくなる可能性もあり
ます。ラーメン屋の生産と消費は同時に行われません。当たり前の話ですが、生産と
消費が別の場合、先にしないといけないのが生産です。ラーメン屋は先に材料費
42,000円を使って仕込みを行っていることを考えると、少なくともラーメン60杯以
上を売らないと赤字になることになります。

ラーメン屋の様に、生産と消費が別々に行われるビジネスを資本集約型のビジネスと
言います。先に材料を仕入れて加工しないといけないので資本がないとできないビジ
ネスです。大手チェーン店はセントラルキッチンや工場を持つことで、大量の麺やス
ープ、具材を生産しています。大量に生産すればするほど原価を抑えることができる
半面、設備費など含めた大きな投資が必要になります。
逆に労働集約型のビジネスは身ひとつで始められるので資本は必要ありませんが、生
産同時消費の性質上、人数と時間に縛られてしまいます。特に個人のスキルや知識が
サービスの品質に影響するため、品質にバラつきがあり、移転と拡張が非常に難しい
ビジネスです。
仮に自分の施術に10万円の価値をもつ整体師だったとしても1日にで施術できる人数
は変わりませんし、自分並みの技術をもつ整体師もう一人を育てることは簡単なこと
ではありません。

さてさてさて。ここからが、本題。

我々の生業としているIT業界は資本集約型のビジネスモデルなのか、労総集約型のビ
ジネスモデルなのでしょうか。

PCやサーバ、ネットワーク機器等は工場で生産したものを売っているので、資本集約
型で間違いないでしょう。ところがソフトウェアの開発においては、多重請負やIT土
方などという言葉がはびこることからしても、ネガティブな労働集約型のイメージを
持つかもしれませんが、これは日本特有のSIerビジネスのみの話です。世界のいわゆ
るテック企業で、労働集約型のビジネスを行ってる企業はひとつもありません。

しかし一方で、典型的な資本集約型ビジネスの製造業ともまた少し違い、資本はカネ
よりもヒトであるビジネスであることも確かです。

元任天堂社長の岩田聡氏がHAL研究所社長時代。長期にわたる開発難航の末、中止寸
前まで追い込まれていたスーパーファミコンソフト「MOTHER2」の開発メンバーに
「このままでは出来ないと思います。今あるものを使って完成させるなら2年かかり
 ます。しかし、私に1から作らせてくれるというのなら、半年で完成させます。ど
 ちらにします?」
と問い、約束通り半年で完成させプラス半年のブラッシュアップの後、販売にこぎつ
けたという逸話でもあるように、投入した人数や時間以上にヒトのもつスキル、知識、
経験で品質どころか完成するかも、大きく左右されます。

生産=開発(価値をつくる)+製造(量をつくる)と考えた場合、ソフトウェアは開
発中心で製造コストがほぼかからない産業、ということになります。
最近ではローコードやノンプログラミンツールの台頭で、プログラミングの自動化も
進んできてはいますが、一方でクラウドの世界ではハードウェアのソフト化も進んで
おり、インフラとボーダレスな新たなアプリケーションの開発が求められています。
それらを踏まえると、開発にはやはりヒトの関りが必要不可欠です。

このようなIT業界のように、生産と消費は切り離されているけれど、ヒトのスキル、
知識、経験を中心に生産を行う業態を知識集約型ビジネスモデルと言います。ヒトが
持ってるスキル、知識、経験を資本として生産を行う業態です。生産と消費が切り離
せない労働集約型というよりは、これまで評価できなかった知識を資本とする、新し
い形の資本集約型ビジネスモデルといった方が正確かもしれません。

プログラミングって、将に自分のもつスキル、知識、経験を表出化する作業です。
表出化しているから移転や拡張が簡単にできます。ここが重要。にも拘わらずSIer
ビジネスはこの知的生産活動を、労働力のみに矮小化してしまっています。表出化さ
れた知識を移転、拡張することのみに焦点をあてているから、その作業は単純労働と
しかみなされないのです。そうではなく、開発の本質は自分の持つスキル、知識、経
験を表出化する作業。もしくは複数の技術者の暗黙知を共同化する作業にこそ、重点
をおこなければ、いつまでたっても労働集約型の呪縛から逃れないのではないか。

そんなことをサウナで汗を出しながら考えておりました。

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