このコラムでは私が体験したIT業界の黒歴史を語ります。

職場の嫌われ者 その名は課長

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 タイトルは意外とベタなのですが、今回は当時の中間管理職について書いてみたい。

 今では絶滅種であろう「職場では嫌われながらも、職務に忠実で赤字を出さなかった」硬骨漢な管理職も登場する。

 前提条件としては、振り返ってみた場合「当時、情報処理産業も右肩上がりだった」ことに留意してほしい。

  • カオス度:3
  • クライム度:2
    (筆者の独断と偏見によるものです)

※これ以降の文章には非常に生々しい描写が含まれております。ご自身の適切な判断が必要です。

■岡島課長(仮名)

 岡島課長は、基本的に職場では嫌われていた。

 理由

  • 今では普通かも知れないが、自分の机にフィギアなどを飾っていた
  • ○毛を仕事中に部下の前で抜く
  • 最悪なことに、クライアントから「岡島さんが課長になるってことは、貴社は人材がいないんだね~」と言われてしまった

 前任者の課長がわりとできた人なので、比較されがちだった。わたしは岡島課長を好きでも嫌いでもなかった。

 ある時、簡易言語で開発することになり、わたしともう1人の若造が岡島課長に指名された。

岡島課長 「僕はこの簡易言語について講習会でさらっと勉強した程度でよく分からないから、2人で協力して頑張ってほしい」

と言われ、フリーハンドで任された。

 簡易言語のデバッグ(マニュアルにも載ってない)が、1週間で1行しか進まないといった体たらくだったが、その間、岡島課長からはお小言ひとつなかった。

 じっと、わたしたちの成果を待っていた様子である。

 どうですか読者の皆様。現在、こんなに忍耐強い管理者、おられますか?

 都合3か月で30本程度しか成果物を上げられなかったが、岡島課長からは一言、「ご苦労」。

 その後、少したってから、わたしが結婚する時に、なんと岡島課長から対のシャンパングラスをいただいた。職場の同僚たちは皆、岡島課長を嫌っていたので、「怪しいぞ!」と言われつつも、わたしは「簡易言語の時の慰労かな」と考え、ありがたく頂戴したわけです。

■鈴木課長(仮名)

 大きな会社だと、配置転換で未経験の職場に行くケースが多い。鈴木課長はそんな悲喜交々の人だった。

 中日程表を片手に、5分に1回、進捗確認に来るのが一番の困りもの。

鈴木課長 「どうですかね~、進みました?」

 こう聞かれて、ある時、同僚の1人がキレた。

高山くん 「5分で進むわけないでしょうが!」

 鈴木課長は「結構細かい人」で、それゆえの行動だった様子。高山くんの怒号でしばらくは「5分に一度の進捗確認」は収まったのだが……。

 ある時、別の主任に手招きされた。

月島主任 「どうも高山課長はこの職場に馴染めないようで、昨日、おまえらのことについて愚痴を聞かされたよ。どうだろう、朝之丞くん。ムードメーカーになってくれないか」

 月島主任のたっての「お願い」だったので、断り切れず、ムードメーカーを拝命しました。

■山本審議役(仮名)

 審議役と聞いてピンときた方は、その業界の方です。

 業務で上手くいかない方の行き着く先として、「情報処理部門」があった。

 この山本審議役も強烈で、現在だったら総スカンでしょうか。

 ある時のレビュー後、

本田くん 「えー、それではこの件についてのレビューはこれで終わりです。審議役、承認の検印をお願いします」

山本審議役 「いや、僕は押さないよ。お客さんからOKが出たら押す」

本田くん 「え、え? 審議役の検印がないと、お客さんに提出できないんですが……?」

山本審議役 「それでも押さない」

 責任放棄も甚だしいのですが、他部署から移ってきて右も左も分からないので……。というか、この業界のルール(流儀と言い換えても良い)を分かっていらっしゃらなかった様子です。

■東課長(仮名)

 この方も他部署から移ってきた方なのですが、業界風にいうと、「いわゆる、人使いが上手い」。

 プロジェクトが「デスマーチ」状態になりつつある時に、助っ人を連れてきた。

 その触れ込みが凄かった。

東課長 「名古屋事業所から、情報処理特殊を持っている2名に助っ人として来てもらった。朝之丞くん、例の一番難しい更新系を使ってもらって」

 職場の同僚は、

 「情報処理特殊ねえ~。更新系できるの?」

と散々愚痴っていたのだが……。案の定、助っ人がデバッグまでした更新系の連動テストを行ってみると、動かない……orz

 リーダーとして悩んだ末に、恐れながらと東課長にご注進申し上げた。

朝之丞 「えっとですね、更新系がまったく動かないんですが」

東課長 「ちょっと見せてほしい。僕がたたいてみるから(オペレーションしてみるの意)」

 数分後。

東課長 「ありゃダメだな。助っ人にはお引き取り願おう」

 言い出しっぺだったので、結局わたしが更新系を1から作成する羽目になりましたが、東課長の即断には脱帽です。

■傾向と対策

 まず、岡島課長は「PGとしては抜群のスキルを持っていた」が、まぁ、SEとしてコミュニケーション能力はどうなのかという評価があった。

 しかし今、わたしが同じことをしてみろと言われても、到底できそうもない。

 当時の職場では、細かいスケジュール管理がメンバーに煙たがられていたが、その忍耐強さは見習いたい。

 一番印象深いのは、やはり東課長。

 彼も割とフリーハンドで任せてくれて、かつ締めるところは締めるというタイプ。

 前回の「キラメ 列伝」でもそうでしたが、東課長も細かい気配りができた人だった。

 12月24日などに残業をしていると、

東課長 「今日は何の日だ? 早く帰った方が良いぞ」

 5000円を置いていくのは、「ケーキを買ってみんなで食べろ」ということなのか。ありがたく、職場でピザとクリスマスケーキを食べました。

 総括すると、

  • 部下を信頼して、フリーハンドで任せる
  • 細かいことは言わない、5分に1回進捗を聞かない
  • 締めるところは締める(纏める)
  • 部下に予算の話をしない(赤字になりそうとか愚痴らない)

 現在のIT業界の若い方は、ある面で不幸だと思う。

 なぜならば、当時は予算が潤沢にあって、ピラミッド型に良い人材がいて、ビックプロジェクトがあったからだ。

 できれば、そのような職場でできる(使える)上司の下について、1度でも良いから「成功体験」をしてほしい。

 素晴らしい達成感があるはずだ。

 今は望むべくもないか……。

 次回予告 暴力という名の会社

Comment(2)

コメント

いなむら

ハードもソフトも出来ると自信満々なのだが、PCIeカードも設計できないし、
VHDLもSystemCすら書けない。
C++はおろかC言語プログラムも書けず、書いたプログラムが8086 REAL MODE
のMASM86 薬300行だけ。
それでソフト設計は楽でいいなって?このレベルは一体何なんだ。
信じられんがすごすぎる。

いなむらさん
こんにちは、朝之丞です。
>それでソフト設計は楽でいいなって?このレベルは一体何なんだ。
んー、いろいろな方が居らっしゃるのですね。
私もコラムではなるべく冷静に書き綴ろうと思ってはいるのですが...
コメント有難うございます。

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