3Dプリンターなどのデジタル工作技術が駆使された、個人レベルの製造&販売事例をレポートします。

欲しいハードは自分で作って売り出そう。「同人ハードウェア」のすゝめ

»

会社ではなく個人で作る。「同人ハードウェア」の世界へ

家電量販店やネット通販で購入できるハードウェアのほとんどは、企業が販売しているものです。しかし、商業出版ではない同人誌のように、個人が資金を出して設計・製造・販売を行う「同人ハードウェア」と呼ばれるものも存在しています。

個人制作ならではの尖った個性や、他にない魅力に満ちた同人ハードウェアですが、まだまだ認知度は高くありません。「どんなものがあるの?」「どこで買えるの?」「そもそも、個人でハードウェアなんて作れるの?」など、気になることもたくさん。

そこで、大手エレクトロニクス企業に勤めながら、個人で8年以上にわたって同人ハードウェアの制作と販売を続けるそーたメイさんに、同人ハードウェアを取り巻く環境の変化や製品化のプロセスなどを聞いてみました。

※ この記事は2022年4月5日に BridgeTerminal + オンラインで開催されたイベント「メイカーズ活動の紹介」第2部 そーたメイ・淺野対談を抜粋・編集したものです。
第1部 → 「メーカーエンジニア」による「メイカーズ活動紹介」イベントレポート

doujinHW_12.jpeg
左:そーたメイ(語り手)、右:淺野義弘(書き手)

自分が欲しいハードを作って売る

普通のハードウェアは企業が設計・製造・販売・サポートを行いますが、同人ハードウェアでは、これらを作者である個人メイカー(企業である"メーカー"と比較して、個人で物作りを行う人は"メイカー"と呼ばれる)が行います。プロセスの一部に企業のサービスやプラットフォームを活用することもありますが、個人のアイデアがそのまま製品になることが、同人ハードウェア最大の特徴です。

doujinHW_01.jpg
出典:https://bit-trade-one.co.jp/product/assemblydisk/adu2b01/

たとえば私が作った「USB2BT」というアイテムは、市販のUSBキーボードやマウス、ゲームパッドをBluetooth変換できるものです。開発のきっかけは、子供が小さなタッチパネル端末で遊んでいるゲームをチェックするため、大きなモニターに繋ぎたいという個人的なニーズでした。そういう製品が見当たらなかったため自分で開発したところ、縁あってBitTradeOne社からマイプロダクト商品(後述)として販売するに至り、2014年からおよそ8年で8,000台ほど売れたヒット商品になりました。

この他にも、市販の小型カメラ「M5CameraF」を使ったロボットカーキットなどの同人ハードウェアを作って販売しています。

イベント会場や秋葉原に集うニッチな製品

同人ハードウェアを購入できる場所として、ものづくりの愛好家が集まるMaker Faire やコミックマーケットといったイベント、BOOTHやスイッチサイエンスマーケットプレイスといったネットショップ、そして秋葉原にある東京ラジオデパート内の「家電のケンちゃん」などの実店舗があります。過去を振り返ると、2017年1月に閉店した「三月兎」というお店が、同人ハードウェアの発信地になっていました。

三月兎さんが同人ハードウェアとして初めて本格的に扱ったものが、80~90年代に流行った音源チップを搭載し、独特のクセも再現する音源システム「GIMIC」です。もともとイベント会場で頒布していましたが、ニコニコ超会議での展示をきっかけに、三月兎の店頭でも販売するようになりました。

doujinHW_02.png
出展:https://gimic.jp/?%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AEGIMIC#v5944dfe

こうした流れを受け、三月兎さんが「求む!電子工作Kit!(商業さんでも同人さんでもOKッス!)」というポップを店頭に出したところ、WebメディアやSNSで大きな話題になりました。ポップがきっかけで持ち込まれた「PiPo」は、PC-98時代の「ピポッ」という起動音が再現されるキットで、あっという間に売り切れる程の人気だったそうです。

doujinHW_03.png
出典:
https://www.kadenken.com/view/item/000000000845

同人ハードウェアの製品化を支援する仕組み

「GIMIC」や「PiPo」は販売以外を作者の方が行う純粋な同人ハードウェアですが、個人の企画や制作を支援するサービスもあります。BitTradeOneの「マイプロダクトサービス」は、製造販売のプロセスを支援する代わりに、販売量に応じた利益をシェアする仕組みです。


doujinHW_04.png
出典:https://bit-trade-one.co.jp/personalcustomer/mypro/

最初に紹介したUSB2BTも、ポップを見て私が三月兎さんにキットとして持ち込んだものですが、店長から「ちゃんと基板を起こせ」と言われ、そのまま秋葉原にあるBitTradeOneのオフィスに連れて行かれて(笑)。その後、ブレッドボードに部品を差すだけの簡単なキットだったものを、BitTradeOneさんにプリント基板として起こしていただき、今の形になりました。

doujinHW_05.png
出典:https://bit-trade-one.co.jp/product/assemblydisk/adu2b01/

2014年の4月に紹介していただいてから、マイプロダクト製品として発売したのが同年の11月頃。その間、私の娘をモチーフにしたキャラクターの制作やプロモーション活動、丁寧な取扱説明書の準備などにもご協力いただきました。おかげさまで非常に評判が良く、ネットニュースにも取り上げられ、最初に用意した300台が2週間で売れていきました。内訳としては、100台が三月兎さんの店頭で、残りがネットや他の販売店様での販売となります。

個人でハードが作れる、少量生産が可能な時代

doujinHW_06.png

出典:https://bit-trade-one.co.jp/product/module/usb2btp/

USB2BTの後継機であるUSB2BT Plus の本体には透明なアクリルを利用していますが、最初の数年間は私が勤務先の工作室に置かれたレーザーカッターで切り出し、BitTradeOneさんに納品していました。マイプロダクト製品としてもあまり例がないことだったそうですが、どうしてもこだわりたい部分で、無理して作らせていただきました。

doujinHW_07.jpg

最近では3Dプリンターやレーザーカッターといった工作機械が誰でも使えますし、基板作成や部品実装も、工場によっては一枚数百円からお願いできます。設計さえできれば、10個や100個というオーダーで製造できる環境が整ったことが、同人ハードウェアが可能になった大きな転機の一つだと思います。

doujinHW_08.png

こちらは私が販売したマイプロダクト製品や同人ハードウェアの売上の変遷です。USB2BTが8年かけた"ジワ売れ"で8,000台を達成したのは、こうしたガジェットとしては珍しい傾向ですね。

インターネットに接続して自動で時刻調整する bitClock は生活に身近な商品なので、数千台は売れると思っていたのですが、最初に100台ほど出た後はなかなか売れなくて。

うまく販売できないと、同人ハードウェアの場合は在庫が家に積み上がっていくので、家族にはちょっと負担をかけてしまう面もありますね(苦笑)。

doujinHW_09.jpg

同人ハードウェアの場合は家電のケンちゃんさんと、マイプロダクトの場合はBitTradeOneの方と相談しますが、それでも見積りを誤ってしまう場合があり、同人ハードウェア・マイプロダクトどちらの場合でも販売数の予想はしづらいと感じています。

ただ、これが企業で金型を起こして作るとなると、最低でもロットが数千以上になるので、外れた時のダメージやリスクは大きいですよね。逆に、同人ハードウェア程度の規模であれば、少量で始めて売れたらリピート生産するような戦略がとれるのは、大きな特徴かもしれません。

小さく始めて、大きなヒットにつながる(かも)

最後に、2つの事例を紹介させてください。

doujinHW_10.png
出典:https://www.kadenken.com/view/item/000000001286?category_page_id=ct180

こちらはM5AtomとM5StickCというマイコンモジュールに、修正用のファームウェアを書き込むためのアダプタです。マイコンモジュールの発売後、動作の一部に問題が見つかったため、私を含む有志と開発元であるM5Stack社のエンジニアも交えて情報をやりとりし、対策用のファームウェアをリリースしました。

ただし、このファームウェアを書き込むためには特殊なジグが必要となります。そこで、ジグを自作できない人に向け、私がパーツを取り寄せて、一つずつ手作業でアダプタを製造しました。

ファームウェアのリリースは2021年11月23日でしたが、そこから販売の準備を進め、5日後の11月28日には家電のケンちゃんの店頭に並べることができました。普通の商用ハードウェアでは考えられないこのスピード感は、同人ハードウェアならではのメリットだと考えています。

doujinHW_11.png

出典:https://bit-trade-one.co.jp/adusbcim/

BitTradeOneのマイプロダクト商品として販売されている「USB CABEL CHECKER 2」は、USBケーブルの抵抗値や対応規格など、通常では確認できない情報を検証できるツールとして、6,000台ほど出荷されています。

名前に「2」とありますが、前身となる「USB CABEL CHECKER」は、もともと作者の方が全て自作し、家電のケンちゃんの店頭で1,000台程売れた大ヒット商品です。その規模にもなると制作や在庫管理、アフターサポートも大変ということでマイプロダクトサービスを活用した経緯があり、純粋な同人ハードウェアから商用に発展していった事例と言えます。

誰でもハードウェアにチャレンジできる時代

このように、家電のケンちゃんのような実店舗やBitTradeOneのマイプロダクトサービス、さらにはデジタル工作機械をはじめとした少量生産の環境が揃ったことで、同人ハードウェアを作って販売することのハードルはとても低くなりました。

企業では10台や20台しか売れないものは作れませんが、同人ハードウェアの世界では、いくらニーズが未知なものでも世に出す/世に問うことができるので、非常に助かっています。

まだまだ何が売れるか分からず、「いくつか売れればラッキー」くらいの世界ではありますが、個人の趣味としての同人ハードウェアから、大きなヒット商品が生まれていくと良いなと考えています。同人誌ブームのように、同人ハードウェアブームを作っていければと思っていますので、是非皆さまにも挑戦していただけると嬉しいです。

Comment(0)