元底辺エンジニアが語る、エンジニアとしての生き様、そしてこれからの生き方

生き様146. 現代人には想像力が足りてない、のかもしれない

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久しぶりのスーツ

5月に入って仕事の内容が変わりました。
その一環で、久しぶりにスーツに袖を通して仕事をしてきました。
まぁ、その、アレです。初日ぐらいはね?というヤツです。

久しぶりのジャケット、久しぶりのスラックス、久しぶりの革靴。
スーツがパツパツで苦しい1日でした。
靴擦れでヤバいことになりました。

今回、スーツがこの状態ということは、礼服もヤバいかもしれません。
1年に何度も袖を通すことがないどころか、数年袖を通さない衣装の代表格。
だからこそ、定期的にサイズのチェックが必要なのかもしれません。
もし、サイズのチェックを怠るっていると、いざ使う際に困りそうです。
とはいえ、サイズチェックのために袖を通したら、クリーニングも必要でしょう。

そう考えると、何が最適な行動なのか分からなくなります。

ただし、今回のスーツの件は、事前にパツパツなのが判ってました。
でも、1日しか使わないから~、と放置した結果です。
やはり、スーツは身体に合ったものが快適ですね。


ファスト化するコンテンツ

最近、動画・音楽コンテンツに関する興味深い話を聴きました。

  • 最近の楽曲は2分30秒~3分が主流になり、前奏が短くサビから入る曲が多い
  • 動画の再生時間は、30秒を超えるとガクッと再生数が落ちる

後者は、僕も動画投稿をしている身ですので、切実に感じています。
前者は、話を聞いて初めて気付きました。
「最近の曲は1曲5分もない気がする」とは感じていました。
もう「イントロ30秒」というのは、時代遅れのようです。

これらは、TikTokの影響が大きいそうです。
30秒以内にユーザーの心を掴まないと、音楽や動画を再生してもらえない時代に。
それだけ、巷には刺激的なコンテンツが溢れているということでしょう。
そのコンテンツ群の中から、価値を判断する時間が【30秒】、と分析しています

「動画配信サービスでの「動画の倍速再生」経験者は約8割」。 その様な調査結果も公開されています。
これも、大量のコンテンツを消化する為の工夫なのでしょう。


漫画は「難しい」?

ファストコンテンツ化の流れは、漫画にも来ている印象があります。
Twitterや、Instagramでは、1ページから4ページぐらいの漫画が増えています。

読み手側:ページ数が少なく、読みやすい。
描き手側:4コマ漫画程情報を整理・圧縮しなくていい。

この様に、読み手側と書き手側の利害が一致している様に見えます。
過去に「十数ページの漫画を描くのは大変」という話を耳にしたこともあります。
そう考えると、4ページぐらいの漫画は、描き易いという作家さんが多いのでしょう。
ブログで漫画を連載されている作家さんも、このスタイルに寄ってきている印象です。
ページが少ないので、作成から投稿までのサイクルが短い、という理由もありそうです。

ですが、その漫画にも「難しすぎて読めない」という声があるそうです。
曰く「1枚の絵と台詞しかないので、キャラクターの動きがわからない」のだと。
アニメやドラマ等、動画でないとダメなのだそうです。


現代人から「想像力」が奪われた

高速インターネットが普及して、リッチなコンテンツが豊富に供給される現代。
豊富で良質なエンターテイメントの過剰とも言える量で供給されています。
そしてそれらは、多くの現代人から、幾つかの大切なものを奪ったようです。

その1つが【想像力】でしょう。

現代人には、夜空の星を結んで形を作り、物語を想像する必要がありません。
現代人には、文字だけで書かれた物語から、情景や心情を想像する必要がありません。

夜空に描かなくても、テレビを付ければ、ネットを探せば、豊富な物語があります。
文字の物語を読まなくても、動画で伝えてくれるコンテンツがあります。
情景や心情の考察サイトもありますから、自分で考える必要もありません。

「想像力を働かせなくても生きていける」
今更のように、そんな社会となっていることに気付かされます。
危険予知だって、そのうちAIがしてくれるでしょう。

近い将来、想像力を働かせて、物語を紡いだり、絵画や音楽で表現することは、限られた人たちにだけ可能な、特殊能力となるのかもしれません。
AI任せにして、人間はその能力を完全に手放すかもしれません。
既にその兆しはあるように感じられます。
もしかしたら、既にそんな社会になってるのかも……。


想像力の欠如した世界で…

もし、この世から想像力が消えてしまったら、どうなるでしょうか?

造像力の欠如した世界では、コミュニケーションが成り立たないでしょう。
相手の状況や気持ちを慮る為の能力がないからです。
きっと、自分の価値観を振りかざし、相反する立場や意見の人を徹底的に攻撃するでしょう。

「相手もまた別の価値観を持つ人間である」

想像できないのですから、理解できなくても仕方がないですね。

今は豊富なコンテンツも、ゆっくりと衰退していくでしょう。
映像は誰が見ても単純明快。常に1人称で、心情や状況を解説をする語りが入るでしょう。
複雑な伏線や、凝ったアングルなんて必要ないのです。理解できないから。

絵画も必要ありません。写真や映像で十分です。
演劇も廃れるでしょう。小物や背景がないと情景が観客に理解されません。
規格化され、分かりやすくなった映画やドラマで十分です。

そうして残ったコンテンツも、価値観の合わない、理解が難しいものは破壊されます。
「だって、わからないんだもの」

そうやって、コンテンツは徐々に衰退していくでしょう。
古いコンテンツは「価値観が合わない」と封印・破棄されます。
その末は、新しいコンテンツの供給が途絶え、娯楽のない世界です。

この状況を表すシンプルな言葉があります。

デストピア

以上!

Comment(8)

コメント

h

>ですが、その漫画にも「難しすぎて読めない」という声があるそうです。
>曰く「1枚の絵と台詞しかないので、キャラクターの動きがわからない」のだと。

これって漫画全体の事を言っているのですか?初耳です。
100巻超えの人気漫画や社会現象を起こしたうどんバトルと揶揄された特定漫画の話ではなく?
漫画についてはファストコンテンツといういうよりも、スマホ対応のコマ割り変化の方が大きい気がします。

匿名

デストピア、面白い想像ですね。
こういうブログも読まれなくなるのでしょうね。

おたみ

>「だって、わからないんだもの」
色々なものがコモディティ化しているので、
「分かろうとしなくても何かしら見つかる」
という側面も大きいのでは?という気がします。


全体的に世の中が「パワハラ気質」になったような感覚はありますね。


コンテンツが無名の(受け取り側の立場が強い)間:
→自分が理解できないものは認めない、理解する必要もない。


コンテンツがバズった(受け取り側の立場が弱くなった)とき:
→周りから取り残される、理解しなきゃ、話を合わせなきゃ。


まぁでも、そういう風潮は何十年も前からあった気がします。
もしかすると百年単位で変わってないんじゃないでしょうか。。。
色々な技術/プラットフォームが発展して顕著になっただけかもしれません。

すぎエモン

若者から失われつつあるものについて
文科省は「読解力」の欠如だと騒ぎ
ご年配は「想像力」の欠如だと怒り
オタクは「妄想力」の欠如だと嘆く

私からいわせりゃ「金欠力」の欠如ですね。
昔の若者は、金もなけりゃ、コンテンツも貧弱
妄想だけで随分と楽しんだものです。

新しいコンテンツの供給が途絶え、娯楽のない
デストピアでは、妄想をたくましくする輩が
不死鳥のごとく、また、現れるのかも知れません。

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