元底辺エンジニアが語る、エンジニアとしての生き様、そしてこれからの生き方

生き様133. 単語しか読まない文化

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積雪の影響:膝

先週の木曜日、そして日曜日と関東では雪が降りました。
年に2日も積雪があるとは珍しいな、と感じます。
幸いなことに、身近なところで大きなトラブルは耳にしていません。
唯一のトラブルは、寒さで関節がこわばったのか、が痛みます。
経験で識っています。これは無理して動かすとヤバいヤツ、です。

ということで、月曜日の朝イチに薬局に駆け込んでサポーターを購入しました。
今週はずっとサポーターを付けて外出しています。
お陰で、膝が楽です。

左膝の半月板を損傷していますので、以前から気を遣っていました。
しかし、今回痛みが強く出たのは右膝……。
普段から庇ってる様な動きをしているのでしょうか?
どちらにせよ、身体は大事にしたいものです。


先週回収できなかったネタ

前々回のコラムの最後の方に、こんなことを書きました。

文章を読むときに「単語ごとに読む」人を見たことがありますか?

僕はあります。
しかも、頻繁に。
ある場所では「単語を読む」ことすらされていません。
「単語だけを見る」のが文化になっているレベルです。

それは、Twitterです。

今回は、Twitterによく見られる「単語だけ見る」文化についてお話します。
というネタは、先週書く予定だったのですが……。
今週も、先週に引き続き、公開予定日の朝に書いて、直投稿しています。


炎上したり闘論?したりするTwitter

僕も立派なネット廃人ですので、ネットの話題には敏感です。
その中で、たまに(頻繁に?)こういう話題に出会います。
「有名な●●さんが炎上した」とか「●●さんが■■さんを論破した」とか。

炎上したツイートや、言い合っているツイートを眺めていると、ある共通点に気付きます。
それは「単語しか見ていない」のです。

Twitterはご存じの通り、140文字しか打てません。
その短い中で自分の考えをしっかり伝えるのは、かなり難しいものです。
ツイートを2~3連続して投稿して、そういう考えを補足したり、
テキストエディタに入力した文章をスクリーンショットして、画像添付したり。
色々な方法で長文を伝えようとする様子も見られます。

ですが、見る側はそんな長文、しっかり読んでくれません。
言葉尻を捉えて……なんて言葉が高度なコミュニケーションに見える状態です。
自分の気になった単語だけを取り上げてリアクションします。
「▲▲って言ってる!酷い!!」だとか「▲▲という言葉に傷付いた!」だとか。
この記事を投稿する前日には「人権」がテーマだったものを見かけました。

議論めいたことをしていることもありますが、その大半が単語と感情の投げあいです。
議論も討論もなく、闘論ですらなく。単語しか投げていないので「投論」とも言えず…。
あえて言うなら「投語」か?「単語を使った石投げ合戦」です。 とまあ、そんなやり取りが行われています。

僕自身も、これに心当たりがあり、反省することしきりです。


切り抜き文化とファストコミュニケーション時代

この「単語しか見ない」文化は、確実にTwitter以外の社会にも影響を広げています。
今や画像や写真ではなく、TikTokなど短時間の動画がコミュニケーションツールとして使われる時代です。
SNSも、もはや既に時代遅れの古い言葉なのではないか?というレベルです。

そういう時代に「動画の切り抜き」という文化があります。
誰かが過去に投稿した長時間の動画や配信から、60秒以内で切り抜いて紹介するというものです。
話のポイントや、エモい部分だけをサクッと見られる、というものです。
あえて説明する必要もなかったかもしれません。

これは、Twitterで単語だけを取り上げて反応するのに似ています。
というよりも、情報の速度が早いネット上では、物事を比較吟味して検討するよりも、 早く手軽に興味を持つ情報だけに触れられるようにすした動きの結果に見えます。
ある意味では行動の最適化の結果、と言えるでしょう。<>

LINE等のメッセージツールの使われ方を見ていても、そこに多く見られるのは短文でのやりとりです。
短文どころか、スタンプ1つ、リアクション1つのこともあります。

これらを「ファストコニュニケーションの時代」と称した文を読んだ記憶があります。
しかし、今回それを見つけることができませんでした。
どなたか、ご存知だったらコメント欄等で教えて下さい!

僕はこの時代の流れ、文化を大まかには、好意的に捉えています。
インターネット通信を介したコミュニケーションを、リアルなコミュニケーションに近づけようとする取り組みに見えるからです。

ただしその一方で、文章を読んで(聞いて)相手の伝えたいことを理解する、という僕にとっての「当たり前」だったことが消えていく様な印象も持っています。
それに対して、寂しさや危機感を持っています。


文章、文脈を読もう!

ここまでの僕の文章を読んで下さった方々なら心配ないでしょう。
回りくどくい上に説明が十分ではなく、脱線も度々ある質の悪い文章ですから。
それにお付き合い頂ける皆様の読解力は、素晴らしいものです。

ですが、やっぱりうっかり「単語に反射」的な応答をしてしまうことは、ありえます。
人間、やってしまうこと、やってしまったことは色々とあるものです。
それを逐一詰めたり責めたりするつもりはありません。
自分の中でだけ、解ってればいいことだと、僕は考えています。

しかしどうか、「単語を見て反応する」のではなく、「文章・文脈を読んで応答する」
この習慣を手放さないようにして欲しいな、と願うのです。
それが、良いコードを書くことにも繋がるのですから……。

以上!

Comment(1)

コメント

マスター吹越

ちなみにこの手の単語しか読まない(文章を『文』として読めない)って話は結構昔から挙がっていて、「AI vs 教科書が読めない子供たち」でも後半で触れられています。ReadingSkillTestの話題が最初に出た本ですね。サンプル問題を呼んでみると結構暗澹たる気分になれます。正答率…低くね?って。 なお、ファストコミュニケーションの時代、については自分もうまく見つけられませんでした。

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