不敗の戦法
子供のころに、五目並べの必勝法を思いついたことがあった。必勝法というよりは不敗の戦法とういう方が正しいかもしれないが。
今さら説明するまでもないが、五目並べは黒白の碁石を交互に置きあい縦横斜で先に石を5個並べた方が勝ち、というシンプルなゲームである。ルールとしては盤上にある石に隣接した目にしか石を置けないこと。自石が両端が空いて3個、もしくは4個並んだ際には「3」「4」と宣言しないといけないということくらい。5個並べば勝ちだから、「3」「4」と宣言した場合、相手は必ず端に石を置く必要がある。「3」の時に端に石を置かなければ両端の空いた「3」ができてしまい、次に「4」と宣言された際には両端が空いて4個並んでいるので、どちらの端に石を置いても次は必ず5個並んでしまう。したがって、石は単独で5個並ぶことはなく、一つの石を共有して別方向に並んだ「43」や「44」を作ることがこのゲームの目標となっている。「43」や「44」ができてしまうと、相手はどの端に石を置いたとしても次には両端のあいた「4」ができてしまうので、いわゆる詰み状態になり勝負がつく。因みに「33」は禁じ手だ。
では不敗の戦法はどういったものかというと、ゲームの序盤は自分の石をつなぐことは意図せず、相手の石を封じ込める様に石を置いていく、という極めてシンプルなもの。例えば相手が2個並べた時点で片端を抑え、3個並んだ時点で両端を抑える感じ。すると、相手の石を囲う様に自石が置かれてゆく。当然、石はバラバラに置かれてゆくので自分の石が並ぶことはない。ところがある程度囲いができてくると、相手の石は置き場がなくなり、バラバラだった自分の石がつながり始める。戦局が変わるのだ。そうなると自石の配置をみながら、「43」や「44」を組み立ててゆけばよい。思わぬところに飛び自石があるので、それらを生かせれば様々なパターンで「43」や「44」を作ることができる。一方で相手は、囲いの中の石はほぼ置くこと場所がないので、石を並べようと思うと囲いの外に新たに石を置く必要がある。一方でこちらがつながりはじめるので、その防御に追われ自石をつなげることは難しい。
この戦法を必勝法ではなく不敗の戦法としているのには訳がある。囲いができた段階で、こちらに圧倒的に優位な状況ができているのは確かだが、ここから勝つためにはこの囲いを上手くつなげて「43」「44」を作らないといけない。が、この「43」「44」を確実に作る方法は、この戦法の中には確立されていない。「43」「44」を上手く作れないこともあるのだ。もしかしたら、こちらが「43」「44」作れない間に、相手がこちらの囲いを覆うような状況を生み出し、戦局がまた変わる可能性すらある。ただ碁盤はの広さは限りがあるので相手の新たな戦局ができる前に引き分けで終わる可能性が大きい。だから、不敗の戦法。
ふとスティーブ・ジョブズの有名なスピーチの一節が思い浮かぶ。
「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです」
実はこの戦法を思いついたときの状況を覚えている。通常五目並べは先手が碁盤の天元に石を置くところからはじまる。そして、後手が天元を囲む8目のいずれかに石を置く。実のところいずれに置いても有利不利に置いては何も変わらない。漫然と遊んでいた時は、その後もしばらくは自石の近い場所へ適当に置いてゆくだけ。自石を5個並べるのが目的だから、自石の近くに置く方が有利なのは当たり前なのだが、相手も同じ考えなのでしばらくは各自思い思いの場所に置いており、相互の絡みは殆どない。しかもその状況では、置ける場所の中の、ここに置けば今後確実に勝てるというマストの場所もないので適当だ。根拠もなく漫然と適当に置いている。ふと思った。自分が有利になる場所はどこに置いても同じだが、相手が不利になる場所は決まっている。相手が伸ばそうとしている場所なのだ。
大人になってビジネスの世界に身を置くと、様々な場面でいろいろな判断が求められる。特に開発案件などに関わっていると、プロジェクトは判断の連続だ。計画至上主義者などは精度の高い計画を作成し、死守することでゴールにたどり着こうとする。しかし多くのプロジェクトで時間をかけた緻密な計画が、無残に敗れ去ってゆく。何故か。今時のプロジェクトは利害が異なる多くのステークホルダーが関係するからだ。情報システムの世界では、利用するユーザと作る技術者は五目並べの白と黒に等しい。だとしたら、五目並べで必ず勝てる手順が存在しないのと一緒で、開発プロジェクトに必ず成功する計画は存在しないのではないか。そうならば、必勝法ではなく不敗の戦法を採用するのも一つの手だ。序盤は自分の有利性を求めず、相手の出方に柔軟に対応する。するとまた計画至上主義者が騒ぎ出す。次に何をしなければならないかを決めておかないと、ゴールにたどり着かないじゃないか!
やはりジョブズのスピーチを思いだす。
「だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない」
不敗の戦法とは、つまるところこの覚悟なのであろう。