第70回 コーチングのススメ3
こんにちは、キャリア・コンサルタント高橋です。
コーチングの話も3回目になりました。ここでは筆者が行っている4Sコーチングについて、その考え方を簡単にご紹介していますが、今回は2つ目の「S」であるSpirit(精神)についてご紹介したいと思います。
■コーチングにおける「思い込み」の力
コーチは、クライアント(相手)が自らの目標に辿り着けるようにコーチングの技術を使います。しかし、どれだけ優れたコーチングの技術を使ったとしても、それを実践するのはクライアントです。そのため、クライアントが本気で目標を実現したいと思わなければ、絶対に目標に辿り着くことはありません。
そのため、4Sコーチングでは、目標に辿り着くために必要となる想いや精神をコーチ、クライアントともに強く意識するようにします。この「目標に辿り着くために必要となる想いや精神」とは一体何か? それをひと言でいい表すと「思い込み」になります。
この思い込みについて、興味深い例があります。これは、アメリカのとある小学校で実際に行われた実験です。
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ある心理学者が、生徒の名前が書かれてある名簿を担任の教師に渡し、このように伝えました。
「この名簿に書かれている生徒たちは、今後数カ月の間に成績が向上する可能性が非常に高い。」
その後、数カ月が経ち、名簿に書かれてある生徒の成績を計測してみた結果、その心理学者の指摘どおり、名簿に書かれてある生徒は他の生徒と比較して明らかに成績の向上がみられました。しかし、この心理学者が教師に渡した生徒の名簿は、その学校から無作為に抽出された生徒だったのです。
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これは心理学の分野では非常に有名な話で、この学者の名前をロバート・ローゼンタールといい、この効果は「ピグマリオン効果」もしくは、「ローゼンタール効果」と呼ばれています。この話は、期待をかけられた生徒がその期待に答えるために成績を伸ばしたという側面もありますが、期待がかけられている生徒の担任である教師が、知らず知らずのうちに生徒にかけられている期待を実現すべく、指導方法を変えたり、粘り強く指導をするなどの行動変容を起こしていたからだとされています。
いい換えるならば、教師の思い込みが生徒を変えた、といってもよいでしょう。このように、思い込みの力というのは私たちの想像をはるかに超える力をもっています。コーチングでは、この「思い込み」の力をうまく使い、クライアントを目標に到達させる原動力とするのです。
■「思い込み」との関わり方
それでは、この思い込みをどのように使っていくのか。4Sコーチングでは、コーチとクライアントとでは、思い込みに対する関わり方が大きく異なります。
クライアントにとっての「思い込み」は、クライアントには目標を実現させる力があることを、クライアント自身が強く信じることです。これは、先のピグマリオン効果にも繋がりますが、クライアント自身が目標を実現させる力をもっていると考えるだけで、コーチング時のクライアントの言葉が大きく変わってきます。そして、クライアントにこの「思い込み」を与えるのは他ならぬコーチです。コーチはクライアントの言葉からクライアントの考えや心理を推測し、クライアントが目標を実現する力をもっていると強く信じさせるような質問や問いかけを行うようにしていきます。
コーチにとっての「思い込み」は、コーチでもクライアントでもない中立な立場に立ち、極力「思い込み」をなくすことです。これは、前々回のコラム※でも触れましたが、コーチがクライアントの目標を達成させるためには、コーチにもクライアントにも寄らない中立、第三者的な立場に立つことが求められます。そのため、コーチはクライアントに対して目標を実現させるような想いをもたせながらも、コーチ自身は第三者的な立ち位置に立たなければならないという、ちょっと変わった感覚でクライアントと向き合うことになります。
※前々回のコラム:詳しくは、『第68回 コーチングのススメ1』の『■コーチングと一般の会話との違い』あたりをご参照ください。
■中立に立つということ
この中立、第三者的な立場というのはなかなかやろうと思っても、簡単にできるものではありません。例えば、クライアントがこのようなことをいってきたとしましょう。
「ITエンジニアというのは、プログラマのことなんです! 」
この言葉を聞いて「それは違う! 」と考えた方、すでに中立の立場から外れてしまっています。もし、この人が属する世界や組織ではそれが当たり前だった場合、この人にとってこの言葉は正解だといえるのではないでしょうか。
これは、水平思考の回※でもお話しましたが、この言葉には前提条件が抜けているため、この言葉だけを聞いても正解か不正解かを判断することはできないのです。それにも関わらず、違うと判断された方は、自分の経験や知識が正しいという「思い込み」があったからではないでしょうか。
※水平思考の回:詳しくは、『第38回 四方山話(20) 水平思考のススメ2』をご参照ください。
それでは、一体どうすれば中立に立てるのか。それは、事実のみに同意することで実現することができます。先の例で、この人は「ITエンジニア=プログラマ」だと考えました。このように考えた事実だけを認めるのです。いい換えると、この言葉の正解、不正解を判断するという「思い込み」を外してしまうのです。
このように、相手の事実のみに同意することで、自分にも相手にも寄らない中立の立場に立つことができるようになります。さらに、事実のみに同意することは、相手の話しを認めることにも繋がるため、相手との信頼関係を築きやすくなります。これは、上司、部下、同僚とコミュニケーションを取る際にも活用することができるテクニックです。
■コーチングにおけるSpiritの重要性
筆者はコーチングを生業にする人とそうでない人との差は、コーチングに対する考え方を確立しているか否かにあると思っています。一般的に、コーチングに対する考え方のことをコーチング・マインドなどと呼ぶこともありますが、4SコーチングではそれをSpiritと呼んでいます。Spiritにはまだ他の考え方もありますが、根幹となる部分は「思い込み」です。コーチは思い込みや中立といった考え方を常に意識しながらクライアントと会話を行います。そして、このときに必要になってくるのが、コーチングのスキル(Skill)です。
それでは、次回から何回かに分けてSkill(スキル)をご紹介していきたいと思います!