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書籍「働きたくないイタチと言葉がわかるロボット」を読んでみた。「言葉を理解する」ことは難しい?【第26回】

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ありがとうございます。平岡麻奈です。気がついたらGWが過ぎ去り、上着が必要でなくなる日も増えてきました。新しい生活様式を気に掛けながらも、前との違いを楽しむ。変化と同時に、自ずと求められるサービスも変わり始めています。おうち時間を楽しむことが増えれば、色々自宅に届けてほしいなという自然な流れ。連日増えていくダンボールの空箱は、宅配を楽しんでいる証拠です。買い物は申し分ないのですが、根っからの外食好きである私は、料理の美味しさ以外にも、お店の「雰囲気」や「接客」に価値を見出していたんだと改めて気づかされます。テイクアウトで幾度か注文をしましたが、やっぱりお店で食べたい!目の前で調理しているのを見たい!そして乾杯したい!と考えてしまいます。過去を思い出す、昔を懐かしむ。今までのようにはいかないかもしれないけれど、きっと新しく心地良い生活様式が確立されていき、順応していくものだとも感じます。

また、「移動に時間をかけること」も少なくなりました。会議などで本社に出向く為に1時間かけていたことが、リモート会議に切り替わりました。その1時間は他の仕事や、会議の準備にあてがうことが出来る。移動時間にこれほどまで時間を割いていたのかと、そして意外と直接会わなくても成り立つものだと感じてしまうことに、嬉しさに反して寂しさも覚えます。

会わなければ理解し合えない。果たしてそうでしょうか。会っても解らないことだって、沢山あります。「会っても解らないこと」は、心の内です。例えば「早く会いたいです!!」と言っても「本当は会いたくない」かも?という読み取れない感覚。文だけを見たら嬉しくなる気持ちとは裏腹に、本当かな?と思ってしまう感覚は、「本当はこう思っているけど、違うことを言っている自分」を自覚したことがあるからではないでしょうか。以前から「ロボット」に関して興味が湧く中でも、「言葉を理解するロボット」が傍にいてほしいと考える反面、もし「ロボット」が言葉を発しても、実は違うことを考えることが出来てしまうのなら、未来はどうなるのでしょうか。エンジニアライフコラム「平岡麻奈のちょっと一息」の第26回は、『言葉を理解する』真意に迫る1冊を紹介します。


働きたくないイタチ.jpg働きたくないイタチと言葉がわかるロボット
人工知能から考える「人と言葉」
【著】川添 愛https://www.amazon.co.jp/dp/B072Z81MHK/

「人と機械の言語理解を比較しながら、人工知能の現状を示す」本書では、『言葉が分かる』という言葉の意味について考えることにより、機械のこと、そして人間についても探求する中、「働きたくないイタチ」を主人公にした「言葉がわかるロボット」を生み出す為の物語が始まります。本書の魅力は物語に留まらず、各章の『解説』にもあります。『解説』には人工知能を学ぶ上での基礎知識が豊富に盛り込まれていますので、私は教科書のように読み進めていました。物語と解説の掛け合いには、人工知能について学んでみたい!という気持ちを大切に出来る、未来に繋がる可能性を感じました。『現状と課題』を同時に考えることの出来る、今自身が何気なく使っている言葉に対して振り返るきっかけを与えてくれる書籍です。

・「でも、自分が本当に何か考えているかなんて、誰にも分かんないだから、他人が本当に考えているかなんて、もっと分からないに決まってる。」(2,おしゃべりができること P,42)
・「私たち人間からすると、言った言葉の一つひとつに対して明確さを要求されるよりも、『なんとなく分かってくれている』ような振る舞いをされた方が、より人間らしく自然であると感じるかもしれません。」(2,おしゃべりができること P,50)

カメレオン村に言葉が分かる機械があると知り、イタチたちは村へと訪れるのですが、その機械はほとんど自分の意見を言わないことに気づきます。上手く会話をしているかのように見えても、実際は誰か他の人が過去にした会話を繰り返していたり、相手が言ったことの中にあるキーワードを頼りに返事をする。この事実から、ちゃんと考えて返事をしてるの?とイタチたちは疑問を抱きます。これでは言葉を理解していない!となるかもしれませんが、人間が毎回「ちゃんと考えているか」も疑問です。話を聞きながら相槌を打ったりしますが、その際に頭をフル回転させているわけではありません。ましてや会話の全てに『正しい答え』を求めてもいないとなれば、何気ない雑談こそ「人間らしさ」を感じるのではないでしょうか。本書では、明確な目的のないおしゃべり、いわゆる雑談には実用上の「重要性」があると説いています。機械が『正しい答え』を学んでいなくても『相槌を打つ』の方法を習得していたら、悩み相談に乗ってもらいたくなるかもしれません。

・「『無視すべき違いを無視し、無視してはいけない違いを無視しない』という難しさ」(4,言葉と外の世界を関係づけられること P,91)
・「それは、私たちには常識や経験があるし、そもそも言葉が分かるからですよ。」(7,単語の意味についての知識を持っていること P,173)

目の前に「猫」が現れた時、「あ!猫だ!」と自然に認識することは、機械にとって非常に高度な技術が必要なようです。「無視すべき違い」とは、猫が取るポーズや見え方を表し、「個々の猫の違い」を指します。「無視してはいけない違い」とは、他の動物や物体との違いです。言葉と視覚情報を繋げることは、「猫を見たことがある」経験や、「あの動物は猫に違いない」というこれまでの常識を重ね合わせて、「猫だ!」と認識しています。瞬時に発している言葉や、思い浮かぶ想像には膨大な記憶が駆け巡っていると思うと、人間への興味も湧き出てきます。現在この高度な技術に関して、機械学習のひとつである『深層学習(ディープラーニング)』が成果を上げています。深層学習による画像認識精度の向上により、本書で示されている「見えている物事に対して適切な言葉を貼り付けることができ、また言葉から適切なイメージを描き出す機械」が登場する未来が来るかもしれません。

・「私たち人間は、人によって得意不得意はあるものの、たいていの場合は無意識にその『ずれ』を解消しながら、他人の意図をうまく推測し、コミュニケーションを取っています。そして機械が言語をうまく扱えるようになるには、どうにかして『意味と意図のずれの解消』をする必要があります。」(8,話し手の意図を推測すること P,228)
・「私たちはそういった曖昧性を暗黙のうちに解消し、相手の意図を推測しながら生活しています。」(8,話し手の意図を推測すること P,233 )

「ずれ」とは、『意味と意図とのずれ』を指します。「意味」は「文そのものが表す内容」とし、その一方で「意図」は「その文を発する人が、その文で表している(あるいは表したいと考えている)内容」と示されています。文だけを眺めていても、『こういうつもりで言った内容』を理解することは簡単ではありません。また本書では、「文から直接推論される内容ではなく、文で発せられた状況から推測される内容」を「会話的含み」と表しています。例えば近くにいる友達が、「ケーキが食べたいな」と発言した時、それはケーキを一緒に食べに行こうと誘っているのか、それともダイエットでケーキを我慢しているけれど、食べたい気持ちにより発言してしまったのか。状況や、その友達がダイエットをしている事実を知っておかなければ、その発言の『含み』は理解できません。この『含み』を機械に理解させるには、「常識や文化的な背景なども考慮する必要もある」と示されており、至難の技であることが窺えます。


機械のことを知ろうとすればするほどに、「人間らしさ」への疑問は増えていくばかりです。本書で語られている通り、私たち人間の内部でどのような働きをしているかを数理的に解明しない限り、「言葉を理解できる機械」に出会うことは出来ないのかもしれません。そして、研究や技術の発達が進む中、「人間らしさ」を意味するものがすごくフワッとした解釈だと感じます。今の生活は果たして「人間らしい」のでしょうか。人間が存在する限り、「人間にしかできないこと」を探し求めながら、「人間らしく」生きていたと思えるようになりたいものです。

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