第14回 キャリコン事例(7) ITエンジニアと違うキャリアを目指したい時には?
こんにちは、キャリア・コンサルタント高橋です。
今回のキャリコン事例は、ITエンジニアという職業を続けながら別の夢を追いかけている人のキャリアについて考えてみます。夢を実現させるために、ITエンジニアという職業とどのような形で関わっていけばいいのでしょうか……?
それでは、スタート!
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■相談者のプロフィール
安藤さん(男性・26歳)、中規模SIerのITエンジニア。業界経験4年。Webアプリケーションの開発を担当してきたが、ここ1年は運用保守業務を主に担当している。
安藤さん 「私は大学卒業後、今の会社に入社しました。私の会社はお客さんと派遣契約を結び、お客さんの下で開発を行う業態をしています。私も入社当初から今のお客さんの所で仕事をさせてもらっています。最初はJavaでWebアプリの開発を行ってきましたが、最近では開発案件が落ち着いてきたこともあり、昨年あたりから開発したシステムの運用保守や機能改善といった業務を主に担当しています。今の仕事には問題ありませんが、実はITエンジニア以外にも活動していることがあるんです」
安藤さんは身長が高くがっしりとした体形をしています。受け答えもハッキリしており、一言で言えば好青年の印象を受けました。そんな安藤さんは、ITエンジニア以外に別の活動をしているとのことですが、一体何をしているのでしょうか?
安藤さん 「劇団を主宰していて、その劇団の座長をやっています。もともと、大学の頃から演劇に興味がありまして、2年ほど前に大学時代の仲間と劇団を立ち上げました。劇団員は15名程度ですが、半年に1回をメドに定期公演を行うようにしています」
安藤さんはITエンジニアの傍らで劇団を主宰しているのですね。安藤さんが劇団を活動をされていることは会社は知っているのですか?
安藤さん 「ええ、劇団を立ち上げる時に上司には報告しました。一応、上司からは劇団の活動によって仕事に支障を来すことがないようにすることを条件に、劇団の活動を認めてもらっています。ですので、ITエンジニアの仕事が忙しい時は、劇団の活動を他の劇団員に任せるなどして何とか、やり繰りしています」
安藤さんは会社に劇団の活動を認めてもらい、ITエンジニアと劇団の活動を両立されているのですね。それにしても、ITエンジニアの傍らで劇団の活動をされるのって大変ではないですか?
安藤さん 「そうですね。私は座長をやっているので、ハコ※の手配、機材や道具の準備、稽古場の確保、チケットの販売、脚本・演出の打合せ、劇団員への稽古付けなど、やることはたくさんあります。だからと言って、劇団一本で食べていけるほど、この世界は甘くありません。公演の規模にもよりますが、1回の公演で大体100万円はかかります。劇団の活動が黒字ならそんなことも気にしなくていいんですが、実際にはいつも赤字です。だから、活動費用は劇団員で持ち寄ることになります。ただ、うちの劇団員はアルバイトが多いので、それほど集まりません。そうなると、座長であり定職に就いている私が多く出さないといけないので、どうしてもITエンジニアの仕事を辞めるわけにはいかないんです。ITエンジニアと劇団の活動を両立させることは大変ですが、劇団を存続させるためには、そんなことは言ってられないって感じですね」
※ハコ:演劇の専門用語で劇場のことを指します。ちなみに劇場が入っている建物のことを「小屋」と言うそうです。
こうやって聞いていると、ITエンジニアと劇団の活動を両立させることはかなり大変のようですね。ですが、安藤さんは演劇をやりたいという強い想いがあるからこそ、その両立を可能にしているような感じがします。安藤さんとしては、今後どういった状態を望んでいるのでしょうか?
安藤さん 「劇団をもっと大きくしたいです。そして、たくさんの人に私たちの芝居を見てもらいたいです。しかし、そのためにはもっと劇団の活動を増やさなければならないですし、当然、お金もかかります。今でさえギリギリの状態で両立しているのに、これ以上劇団の活動を増やすと、今度はITエンジニアの仕事に支障を来します。そう考えると、ずっと現状のままで前に進めない感じがして、この先どうしたらいいか分からないんです……」
安藤さんは劇団を大きくし、たくさんの人に劇団の芝居を観てもらたい想いがある半面、これ以上劇団の活動を増やすと、ITエンジニアと劇団の活動とが両立ができなくなると考えています。だからこそ、現状のまま続けるしかないと考えています。それは、安藤さんにとって、劇団を大きくしたい、たくさんの人に芝居を見てもらいたいという想いが実現できない状態が続くことを意味しています。さて、どうすれば良いでしょうか?
この問題を考えるために、ここで安藤さんの想いを整理してみましょう。
《安藤さんの想い》
・安藤さんは劇団を主宰しており、劇団をもっと大きくし、たくさんの人に芝居を見てもらいたいと考えている
・安藤さんは劇団の活動費をITエンジニアの給料から捻出している。だから、ITエンジニアの仕事は続けなければならないと考えている
・会社には劇団の活動は認められているが、仕事に支障を来すことがないようにすることが条件となっている。しかし、劇団における安藤さんの役割は多く、現状はITエンジニアと劇団の活動とのギリギリの状態で両立している。このような状態では、現状維持が精いっぱいで、この先どうしたら良いか見当が付かないと思っている
安藤さん 「そうですね。整理するとそのようになると思います。せめて劇団の知名度が上がり、見に来てくれるお客さんが増えてくれば、劇団の収支も黒字になって来るので、それだけでも状況は改善してくると思うのですが……。でも、そのためにはもっと公演回数も増やさなきゃならないですし、お金も必要になってきます。結局、堂々巡りですね……」
これまでの安藤さんのお話を聞いていると、ポイントとなるのはお金のようですね。これをもう少し掘り下げてみましょう。
安藤さんは公演回数を増やすためには、さらにお金が必要だと考えています。この考え方は正解でもありますが、他にも正解があるように思います。それは1回の公演でかかる活動費を抑えるという方法です。実際には、公演にかかる費用(劇場費、照明代など)を抑える、道具や備品を複数の公演で共有するなど、いろいろな方法が考えられます。仮に、1回の公演でかかっていた費用を100万円から70万円まで抑えることができればどうなるでしょうか? 100万円の公演を2回行っていた時と比べ、70万円の公演だと3回行えることになります。これだけでも大きな差になってくるのではないでしょうか。また、1回の公演における収支計算をしっかり行い、どの程度の入場率が見込めそうかといったことを事前に把握しておくことで、公演にかかってくる費用が変わって来るように思います。
安藤さん 「そうですね……、公演費用については過去にも皆で話したことはありましたが、その時は必要なものだからとあまり深い話になりませんでした。確かに削れるところを探してみたら出てくると思います。また、公演を黒字にすることについても正直、あまり考えられていませんでした。変な話ですが、劇団員は皆自腹を切る※ことが当たり前になっていたように思います。本気で劇団を大きくしたいのであれば、劇団の活動だけで収支が成り立つようにしていかないといけませんよね」
※自腹を切る:劇団が公演するチケットを劇団員自らが買い取り、チケットを売り歩くこと。チケットを捌ききれなかった分が自腹となります……。
さて、それでは、ここからは安藤さんにとってITエンジニアの仕事をどう考えれば良いかを掘り下げてみましょう。
現在、安藤さんにとってITエンジニアは、言わば劇団だけで食べていけるようになるまでのつなぎのような状態になっています。それを考えると、以下のような条件を満たすことが求められます。
《安藤さんの境遇に合うITエンジニア像》
・比較的時間の制約を受けないこと
・安定した収入を得られること
これらのことを考えた場合、開発系の業務だと稼働時間の波があるため、繁忙期は劇団の活動がしづらくなります。そのため、比較的、稼働時間が安定しやすい非開発系の業務である運用保守業務(ITサービスマネージャ)が向いていると言えるでしょう。しかも、ちょうど今現在、安藤さんは運用保守業務を担当していますので、今後もその業務を継続されることが求められます。
また、ひょっとしたら、何らかの事情で劇団の活動がストップ、もしくは諦めてしまうことがあるかもしれません。そうなった場合、ITエンジニアの仕事を続けていかなければなりませんので、ITエンジニアとしてスキルを伸ばしておくことも、将来に対するリスクヘッジにつながります。安藤さんの場合、運用保守業務を継続することが望ましいので、ITサービスマネージャのキャリアを積むことが考えられますね。そのために必要となる具体的なスキルは、
・ITサービスマネジメントに関するスキル(ITサービスマネージャ試験、ITIL)
・プロジェクト管理に関するスキル(プロジェクトマネージャ試験、PMP)
あたりが該当しそうです。これらを"現場"で修得※し、実際に活用していく行動が求められます。
※修得:ここで言う修得は資格を取得することではなく、資格の対象範囲を現場の業務を行いながら修得していくことを指します。
安藤さん 「なるほど、リスクヘッジの考え方ですか。私は劇団の活動だけで食べていけるようになりたいですが、もしそれが駄目だった場合、ITエンジニアとしてやっていけるのか? という不安がありました。しかし、ITサービスマネジメントやプロジェクト管理のスキルを現場で身に付けていけるのであれば、劇団の活動もこれまでどおりに行えそうです。
私はこれまで、劇団で成功するためにはITエンジニアの仕事を切り捨てなければならないとばかり考えていました。しかし、切り捨てるのではなく、ITエンジニアも劇団も、両方共に伸ばしていくようにも考えられるのですね。これからは、現場でITサービスマネジメントやプロジェクト管理のスキルを身に付けつつ、より多くの人に観に来てもらえるような劇団を目指していきます。今度、ぜひうちの劇団の公演を観に来てくださいね! 」
それでは、また次回お会いしましょう!
コメント
abekkanさん
いらっしゃいませ!コメント、ありがとうございます!
abekkanさんのコラム、毎週火曜日に欠かさず読ませてもらっています。
フラフープのゲームは、今度私の研修でやらせてもらおうかなと思っています♪
私はITエンジニア向けのキャリコンが専門ですが、今回のようにITエンジニアと全く違うケースを考えておられるクライエントの方もたまにおられます。その際、こちらでお答えできる範疇でお話しさせてもらっていますが、知らない内容が出てきた場合はどうしようもないので、その時は素直に知らないとお答えしたり、次回までの宿題にさせてもらっています。ですので、ITエンジニア以外の話が出たとしても、それほど大変に感じたことはないかもです。
あっ、でも、ITエンジニア以外の業種について知っておくとキャリコンの際、スムーズにお話ができることもありますので、折を見て情報収集っぽいことはするようにしています。
キャリコンはクライエントのキャリアを探し出し、そこに到達できるようにお手伝いをする仕事なので、確かにやりがいは感じます。でも、それはITエンジニアであっても同じような感じがしますね♪