第15回 キャリコン事例(8) 独立するということ
こんにちは、キャリア・コンサルタント高橋です。
今回のキャリコン事例は、ITエンジニアでの経験を積み、独立という道を模索している人のキャリアについて考えてみます。ITエンジニアが独立をするためにはどのような考え方や動き方が必要になってくるのでしょうか?
それでは、見てみましょう! ……あっ、今回はちょっと長めの話なので読むのに5分以上かかってしまうかもしれません。途中で休憩を入れながら読んでください。
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■相談者のプロフィール
金子さん(男性・41歳)、中規模SIerのITエンジニア。業界経験21年。汎用機、オープン系、Web系など開発経験多数。現在は主にプロジェクト管理業務を担当。既婚。
金子さん 「私は高専※卒業後、今の会社に入社しました。入社後は一貫してシステム開発畑を歩いています。メインフレーム(汎用機)の開発に始まり、オープン系(クライアント・サーバ型)、Web系(Webアプリケーション型)の開発もやりましたし、最近ではクラウド(クラウドコンピューティング型)の開発も行っています。社内では課長職に就いていることもあり、今はプロマネとしてシステム開発に関わることが多いですね」
※高専:高等専門学校のこと。一般の高校(高等学校)と違い5年制のため、中学卒業後に高専に入学すると卒業は20歳になります。卒業後は就職するか、大学3年次に編入することもできます。高専では早い段階から実践的な技術力を身に付けていることから、企業側から即戦力として期待されることが多く、一般的に就職率が高いといわれています。
金子さん 「私は今の課長職に就いて3年になります。同期入社の社員の中では出世は早い方らしいのですが、正直、課長になったからといって待遇は良くなったとは思っていません。給料は月給制から年俸制に変わった分、ひょっとしたら下がっているかも※しれませんし、課長に与えらている権限はそれほどないにもかかわらず、責任や義務ばかりが多くなったように感じています。私も管理職になるまでは出世したい、上を目指したいという想いを持っていました。しかし、いざ課長になってみると、プロジェクトの運営ひとつ自由に決済する権利もない割に、目標数値※ばかり持たされます。しょせん、管理職とはこんなものだと思うようにしてきましたが、流石に3年も経つと、いい加減この状況に我慢できなくなってきました。そこで今回、私の将来についてご相談させていただこうと思った次第です」
※下がっているかも:月給制では毎月残業代を含めて働いた分の給料が支払われますが、年俸制になると、1年に支給される給料を予め算定しておき、それを÷12(賞与が支給される場合は÷16程度)で月の支給額を決定されます。一般的に年俸には一定時間の残業代が見込みとして組み込まれているため、どれだけ残業をしても毎月の給料の変動はほとんどありません。そのため、年俸に考慮される残業の見込み時間が少ないと、金子さんのように月給制の時より給料が下がることがあります。
※目標数値:ここでの目標数値は、金子さんの部署(課)が目標とする数値のことで、売上や利益に関する数値から、プロジェクトの目標指標(品質、コスト、納期)などを指します。
金子さんは現在課長職に就いており、社内の開発プロジェクトのマネージャーです。しかしその反面、課長職の給与面や実務面に関する待遇に不満を感じています。それでは、金子さんはこの先、何か考えていることがあるのでしょうか?
金子さん 「実は以前から考えていたことなのですが、この期に独立などをしてみようかと考えています。もちろん、それは簡単にできることではないのは分かっているつもりです。ですが、現状の状態がずっと続きストレスを溜め続けるよりは、自分の可能性に賭けてみた方が良いと思うのです」
金子さんは、このまま課長職を続けるとストレスを溜め続けると思っています。その状態を脱却し、新たな自分の可能性を見出すために独立したいと考えているようです。具体的にどのような形での独立を考えているのでしょうか?
金子さん 「まだ、具体的に何かを準備しているわけではないですが、小さなソフトハウスのようなモノを立ち上げられればと考えています。仕事はそのときの状況にもよりますが、最初はユーザーから派遣契約で仕事を取って来られればと思っています」
新たにソフトハウスを立ち上げ、最初は派遣契約で仕事を取って来ることを考えているのですね。ところで、ここまで将来のことをお考えになっているにもかかわらず、それでもなお、将来のことについて相談したいといっています。金子さんは独立されることに関して、何か気になっていることがあるのでしょうか?
金子さん 「そうなんです。実は独立のことを考えてはいるのですが、今ひとつ実行に移せていないというか…、踏み出せるキッカケのようなものがないのです。また、私には家庭もありますので、私一人の判断で独立を決める訳にもいきません。このようなこともあって、独立を実現できないまま、時間だけが過ぎているのが現状なのです……」
金子さんは独立したい想いを持っていますが、ご家族を巻き込んでしまうことを懸念し、なかなか決断ができていない状態にあるようです。そこで、独立するためのキッカケのようなものが必要だと考えているのですね。ここまでで、ある程度金子さんの状況が見えてきましたので、まとめてみましょう。
《金子さんの想い》
- 現在の課長職の待遇に不満を感じており、課長職を続けることにストレスと感じている
↓ - それであれば、自分の可能性に賭け、独立したい
↓ - しかし、独立に当たって具体的に何をすべきかが分かっておらず、家族も巻き込んでしまうため、簡単に結論付けられない
↓ - だから、独立を後押しするようなキッカケが欲しい
金子さん 「そうですね。私の状況を整理するとそのようになると思います」
それでは、ひとまず金子さんが独立するという前提で、具体的にどうすればいいかを考えてみましょう。独立に決まった手順はありませんが、一般的に独立をするうえで必要とされることを挙げてみましょう。
■独立の準備・その1:会社の存在意義を明確にする
最初に、金子さんはなぜ独立しなければならないのか? という点を考えてみます。これは、金子さんが独立し会社を立ち上げたときの会社の存在意義にもなります。会社には、その会社が存在しなければならない理由(存在意義)が必要です。これがないと会社としての軸が定まらず、会社経営がうまくいかなくなる可能性があります。金子さんは独立するに当たってご自身の可能性に賭けてみたいといっていましたが、それだけでは会社が存在する意義になりません。金子さんが独立して会社を立ち上げなければならない本当の理由を明確にし、それが独立するに値するかどうかを判断しなければなりません。
■独立の準備・その2:会社の専門分野を明確にする
次に、その会社ではどのような仕事を専門にするのか、会社の専門分野を明確にします。金子さんは小さなソフトハウスと仰っていましたが、それだけではどのような会社なのかが分かりません。もっと具体的に、どのようなことを専門にするソフトハウスなのかを考えてみてください。
《会社の専門分野の例》
- 専門にする業種(産業、金融、公共など)は何か?
- 専門にするシステム形態(C/S型、Web型、クラウド型など)は何か?
- 専門にする開発形態(派遣契約、請負契約など)は何か?
- 専門にする顧客(エンドユーザー、SIerなど)は何か?
金子さんは仕事をその時の状況によるといっていましたが、それは臨機応変ではなく無策と考えるべきです。本来は、会社が得意とする業種、システム形態、開発形態、顧客などがあらかじめ想定されていたうえで、その時の案件とを比較し、合致しない場合にどうするかを考えます。
■独立の準備・その3:会社のリソース(資源)を明確にする
その上で、この会社は開業時にどれだけのリソース(資源)が必要なのかを考えます。ここでいうリソースとは、ヒト・モノ・カネのことを指します。
《会社のリソース(資源)の例》
- ヒト…従業員(開発、営業、総務など)
- モノ…事業場所、開発機材など
- カネ…運転資金
会社のリソースは、最初の段階でどの程度の規模(人月、開発期間など)の開発を想定しているかを考えれば、おのずと答えは出てきます。そして、開発規模が決まれば、これらリソースををどうやって調達するかを考えます。
■独立の準備・その4:どうやって仕事を受注してくるかを明確にする
その次は、この会社がどうやって仕事を受注してくるのかを明確にします。会社の理念、会社の専門分野、会社のリソースが準備できたとしても、仕事を受注できなければ、会社を運営していくことができません。そのため、具体的にどうやって仕事を受注するのかを考えます。
もし仮に、営業職をしていた人が独立するのであれば、これまでの顧客とのつながりを活用※することもできますし、それまで培ってきた営業ノウハウを生かすことができるかもしれません。しかし、金子さんのようにITエンジニアが独立する場合、営業力がネックになることがあります。もし、金子さん自身で仕事を受注すること難しい場合、信頼できる営業職の方と一緒に独立するといった方法を検討してみるのも1つの方法でしょう。
※これまでの顧客との繋がりを活用:この行為は今まで所属していた会社に迷惑を掛ける可能性がありますので、行うかどうかの判断は十分検討するようにしてください。
そうして、会社を立ち上げてから、向こう1年間で会社がどのように成長するのかを計画したもの(短期経営計画)、向こう3~5年間で会社がどのように成長するのかを計画したもの(中期経営計画)をそれぞれ作成します。これは、会社の将来を指し示す道しるべのようなものになります。
■独立の準備・その5:事業計画書を作成する
ここまでのことを踏まえたうえで、これから立ち上げる会社の『事業計画書』を作成します。事業計画書をひと言でいえば、会社の説明書や設計書に当たります。この事業計画書は会社が目指す事業を成功に導くものであると同時に、第三者に対して会社への信用を与えるものです。そのため、事業計画書は会社が金融機関などから融資を受ける際に必要となる重要な書類でもあります。
さて、ここまで独立のために必要と思われることをいくつか挙げてみましたが、ここで1つ質問があります。金子さんはこれらをお聞きになられて、独立をチャンスと感じられましたか? それとリスクと感じられましたか?
金子さん 「正直なところ、リスクと感じました……。勉強不足だったとはいえ、これだけのことを今の私にできるのかと言われると、分からないですね……」
一般的に考えれば金子さんのような感想になるでしょうね。しかし、逆に、独立することの大変さを知ってなお、それをチャンスと考えられる人だからこそ独立を実現させられる、とは考えられないでしょうか? そういった人にとって“チャンス”というひと言には何が何でも独立したいという強い意志、何があってもくじけない強い気持ちが込められているのだと思います。それだけの想いを持てるからこそ、独立という大変な事業に立ち向かうことができるのではないかと思います。
金子さんは独立の大変さを聞かれて、それをリスクと感じました。それであれば、今の時点では独立をすべきではないと思います。金子さんの話を聞いていて感じたのですが、金子さんは、現状からの逃避として独立という手段を考えているのではないでしょうか? もし、そうならば独立をせずとも金子さんがストレスを感じる原因に対して対策を取ることで現状を改善できるかもしれません。いかがでしょうか?
金子さん 「これは、痛いところを突かれました……。仰るとおり、私が独立したいと思ったのは今の現状を何とか変えたいと思ったからです。私の年齢になると転職などは到底無理でしょうから、独立することしか現状を変える術がないと思ったのです。しかし、その独立が今の私のような考えではリスクでしかないことも分かりました。
正直なところ、まだ独立したいという気持ちは残っていますが、本当に私はこの先どうしたいのか--独立したいのか? 現状を改善したいのか?――をもう一度じっくり考え直す必要があると思いました。自分自身と向き合ったうえで、私なりの結論を出そうと思います。結論が出ましたら、是非ともこの続きの話をさせてください」
それでは、また次回お会いしましょう!
コメント
独立の準備のその1,2,3,5は何とかなるかもしれませんが、その4の受注が難しいと思います。私の会社にいるヤリ手の営業マンでも仕事を採ってくるのは苦労しているのに、もし私が独立したら仕事を取ってくるのはできないでしょうね。
たとえコネがあったとしても、それが5年も10年も続くかはわからないから、新規の客を開拓していかなくてはいけない。金子さんでなくても、エンジニアは技術はあっても営業は慣れていないし苦手って人が多いのではないでしょうか。
でも逆に言えば、そこをサポートしてあげることができれば、カリスマキャリアコンサルタントになれるかもしれませんね。(^_^)
abekkanさん、
コメント、ありがとうございます。
私の周りにもIT業界から独立された方が結構いらっしゃいますが、殆どの方が営業経験者です。
ITエンジニアで独立されている人もおられますが、ほぼ例外なく強力なコネを持っており、最初はそのコネを足がかりに仕事をされているように思います。
しかし、本当に大変なのはそこから先、コネが使えなくなった時なので、先々のことを考えておかないと、数年経って会社をたたむってことにもなりかねませんね。。。
> でも逆に言えば、そこをサポートしてあげることができれば、カリスマキャリアコンサルタントになれるかもしれませんね。(^_^)
これはビジネス・コーチングの領域になろうかと思いますが、過去にコーチとして起業者のサポートをさせてもらった経験があったりもしますので、また機会があれば書かせていただきますね♪