162.自我は消せない
初回:2021/7/6
なかなか面白いネタでしたので、便乗しようと思います。
P子「火曜日にアップしても大丈夫?」(※1)
水曜日を『本業のコラムの日』にしている関係上、直後(木、金)に別のコラムをアップすると、後ろに隠れてしまいますし、通常は月曜日に『副業のコラム』をアップしてます。火曜にアップすると、誰も見てくれない可能性が出ますが、まあ、大した内容じゃないので、構わないでしょう。
P子「大した内容じゃない=まじめなコラムってことね」
1.自我とはなにか?
まずは、この話の元ネタをご紹介します。
《参考資料》
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/uwagoto/2021/07/post_13.html
自我、自我、自我
消火器さん
2021/07/04
ここで『自我』について、あれこれ議論するつもりはありませんが、私の考える『自我』については、お伝えしておく必要があります。
『自我』とは『わたし』の事です。
先のコラムを要約すると、
・伝統芸能や職人系の技術の修行でいう「守破離」の「守」では、自我を「いったん」消す必要がある。
・役者さんのインタビューで「自我を消す」というような話が出てきた。
・「消されてたまるか!」と声をあげるほどのものでもないが、自我に執着する自分がいる。
てな所でしょうか?
P子「『※個人の感想です』ってことね」
私の考えは少し違い『「自我を消すという選択をした」自我がある』という事です。『忖度』も『「忖度するという選択をした」自我がある』わけですし、役者が役になりきるのも『「役になりきるという選択をした」自我がある』わけですし、就職先を色々と訪問したけど、内定をもらったのは1社だけだったので仕方なくそこに就職を決めたというのも、親が決めた結婚相手と結婚するのも、自我です。
自我は決して消せるものではありません。
P子「親が決めた結婚相手って、今どきあるのかな?」
ここで、もう一つ、偶然にも翌日の『キャリコン高橋さん』のコラムをご確認ください。
《参考資料》
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/career/2021/07/478.html
第478回 キャリアとは変わって良いモノ、変わるモノ
キャリアコンサルタント高橋さん
2021/07/05
ここで、もう一つの私の考える『自我』について、説明すると
『自我』とは『影響の輪』そのものです。
P子「無理やりくっつけてない?」
そんなことはありません。哲学的なのか、心理学的なのか、ビジネス書的なのか分野が違いますが、結局のところ同じことを指しています。
この中で、高橋さんは、庸晃さんのコラムの『理想の自分』を『キャリアと見立てて』おられますが、私はこれを『自我』と見立てた、というだけです。もう少し補足すると、時間軸という概念も含まれてきます。
そうなると、消火器さんの考える『自我』と私の唱えている『自我』が違うのではないか、と思われるかもしれませんが、そうではありません。
これを紐解くのが『ジョハリの窓』という概念です。
2.ジョハリの窓
《参考資料》
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/career/2020/10/441.html
第441回 ジョハリの窓の開け方
キャリアコンサルタント高橋さん
2020/10/26
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/justanordinaryday/2020/10/post_68.html
自分のことは自分が一番知っている? -ジョハリの窓とリフレーミングと
Kyonさん
2020/10/20
P子「また、高橋さんのコラムのパクパク?」
引用と言ってください。
『自我』=『わたし』なんですが、私が私の事をすべて知っているわけでもなく、さらに、他人が私の事を理解しているはずもありません。かといって、このまま放置しておくのはもったいないと思います。
この自分の知らない自分...の領域を広げることで、自分の世界観が広がるという事です。特に、「未知の窓」に新たな可能性が秘められていると言われています。この窓を狭める=可能性を増やすためには、
「自己開示」によって他人が知っている領域を増やし、「フィードバック」によって自分が分かっている領域を増やせば、自然と未知の窓の領域は小さくなります。
とのことです。
何でもかんでも開示すればよいというものでもありませんが...
P子「LGBTQ(性的少数者)とか、まだまだカミングアウトしにくいもんね」
さて、消火器さんさんの話に戻すと、
個性は醜い。でも手離せない。自我への執着が苦しみの原因だとお釈迦様も説いているようではありますが、自我への執着を捨てるくらいなら苦しみ続けてしまう。
と書かれていますが、個性は醜くありませんし、捨てることもできません。もし、他人と違う事を気にされているなら、自分の可能性を信じて、「自己開示」と「フィードバック」してみてはいかがでしょうか?
P子「偉そうに、他人に説教してるの?」
よく言われる『個性を大切に』というのは、自分の知ってる自分と、他人が知ってる自分が乖離すると、苦しいという事です。自分というものを他人にも理解してもらいたい、けど、他人は正確には理解してくれない...他人の思考は『関心の輪』の中なので、直接的には変えることはできない領域だからです。
なかなか、面白いですね。
ほな、さいなら。
======= <<注釈>>=======
※1 P子「火曜日にアップしても大丈夫?」
P子とは、私があこがれているツンデレPythonの仮想女性の心の声です。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「いっつも高橋さんのコラムをパクパクしてない?」
早坂:「だって、良い事書かれてるんだもん」
P子:「まあ、怒られるまでは続けてもいいわよ」
早坂:「やった~って、P子さんに許可もらっても仕方ないよ」
コメント
ちゃとらん
本文修正するの邪魔くさいので、コメントに書きます。
「未知の窓」を狭める方法として「自己開示」と「フィードバック」以外にも『一旦自我を消してみる』『自我を捨てて役になりきる』ことで新たな自分が発見できるかもしれません。
というのを、読み返して感じてしまいました。