161.【小説】ブラ転12
初回:2021/6/30
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.作戦開始
キックオフ翌日、私(杉野さくら)宛てに、1通のメールが届いた。タイトルは『例の件』とだけ書かれており、本文はなし。添付ファイルのみのメールだった。
(まるで、ウイルスメールね)
私は恐る恐る、添付ファイルを取り出してから、開いた。
1.交通旅費精算は、Web申請システム経由で行う 2.交際費他の経費精算は、Web申請システム経由で行う 3.出張申請、休暇申請、時短申請、シフト変更申請は、Web申請システム経由で行う 4.個人予定、会議室の予約、共有資産の利用申請は、Web予定予約システム経由で行う
(ん?ナニコレ)
今までは方眼紙EXCELのフォーマットに、必要事項を記入して印刷、上司のハンコをもらってそれぞれの課長の机の上の『決済箱』を、私が回収して回り、内容を確認して紙に連番を手書きして、EXCELにその番号と勘定科目コードと金額を記入して1か月分をまとめて経理部に送付していた。本当に必要な仕事だったのか疑問だったが、これらが本当にシステム化されるなら仕事量は半分以下になる。つまり、私の仕事は今まで通りに処理して、空いた時間にプロジェクトマネージャーの業務に就くことができる。
「ん~、でも経費精算の場合は、領収書を添付しないといけないしなー」
(どこかのパッケージでも購入するのかな?スクラッチなら、何カ月かかるんだろう)
とりあえずこの件は早坂さんに任せて、今日はいつも通りに仕事しましょ。
2.システム要件
私(早坂)は、杉野さんから日常業務のヒアリングを受けて、2つのシステムの必要性を感じた。経費精算と旅費精算は同じロジックで行けるだろう。ただし旅費精算する場合、先に出張登録して、上司承認が必要なので、それと紐付けする必要があるので、同じ環境のシステムがいいだろう。出張の承認も経費精算の承認も同じ上司なので、マスター設定も簡単だろう。なら、同じ上司承認の勤怠関係も、一緒にすればいいか...
もう一つは、上司承認が不要な会議室の予約や、個人予定の登録か? 打合せの予定と会議室の予約は同じシステム上でできれば楽だろう。会議室の予約と個人予定の登録、それに、参加者への予定登録と開催の案内を同時に出来れば便利かな。週次の定例や、今なら在宅予定なども週単位でまとめて登録できる機能はいるだろう。
そういえばプロジェクタや共有のDVDドライブユニットなどの予約も、理屈上は会議室の予約と同じロジックが使えるから、一緒に出来そう。こちらは返却情報が登録できる仕組みがあった方がいいかな。暗号化USBメモリとか、返却時に内容の消去が必須だから、返却情報時に消去処理の確認チェックが出来るようにしよう。
問題は、打ち合わせ予定だけではなく、休暇、休日の予定や、半日有給などの予定も勤怠登録と予定予約登録で二重登録は嫌なので、勤怠関係の申請業務とのシステム連携は必要だろうな。データの連携方法は後で考えよう。
3.システム稼働
キックオフから1週間、私(杉野さくら)は日常業務をこなしながら、定時過ぎには早坂さんの社史編纂室に通い詰めた。専属エージェント契約では残業は付かなかったが、給料は自分で決めることができる。といっても売り上げが立ったらだけど。
早坂さんからメールが届いた日の夕方に、話を聞きに行った。早坂さんは、すでにDB定義書を作成しており、システム構成もほぼ確定しているようだった。
「杉野さんに送った時は、Web申請システムとWeb予定予約システムの2システム構成を想定していたんだが、今回はスピード優先という事で、1システムで行くことにしたんだ」
「スピード優先のシステムって、どこかで聞いたセリフね」
「DB設計が終われば、システムの半分は完成したのと同じだよ」
「そんなことはないでしょ」
翌日の定時後に行くと、マスタ登録画面と簡単な検索画面が出来ていた。単発で会議室の予約や個人予定の書き込みはできたが、連携は未だだった。
「ねえ、パッケージを購入するのかと思ってたわ」
「予算ってあるの?まだ、何も売り上げが立ってないから、無理だと思って...」
「ないわね。私の残業代も出るのかどうか判らないし...」
「出すかどうかを決めるのは、君自身だろ」
「でも、いいの?早坂さんの給料は歩合制で...売上が無ければ、ほんとにベーシックインカム分だけになるわよ」
「だから、頑張ってるんじゃないですか?」
早坂さんとの契約は、今回の売り上げの中から、会社への『年貢』と山本さんの20%分の給料+α(固定)、そして私の従来の給料分を差し引いた残りの60%という契約になっている。残りの40%は、全額私の取り分にしても良い事になっているが、私としては次の開発に向けての投資資金に使うつもりだった。
投資資金は、会社からも借りられた(無利子で1年ごとに完済する契約)が、当然返済できない場合は、借金となる。といっても、ベーシックインカム分は保証されているので、退職時までに返済すればよく、何度でもチャレンジできる。
3日目になるとシステムとしては完成しているようだった。使い勝手の点で改善の余地がありそうだったが、一通りの機能は実装されているようだった。会議室や貸し出しの備品、それに技術部の社員マスタも登録されていた。
4日目には、週一回の山本さんも参加して、一通りの画面操作を行った。テストという事だったので、色々な操作を行った。通常操作も、異常操作も。
「来週から、一般公開しようか?」
これからが本番だと、少しわくわくしてきた。
======= <<つづく>>=======
登場人物
主人公:クスノキ将司(マサシ)
ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで
残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして...
婚約者:杉野さくら
クスノキ将司の婚約者兼同僚。
秘書部:山本ユウコ
二代目の秘書で、杉野さくらのプロジェクトに週一で参加している。
社史編纂室:早坂
妖精さん。昔は技術部に在籍していたシステムエンジニア。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦
1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック
姉:ヒイラギハルコ
ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の社長からは
弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ
ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。
実はクスノキ将司(マサシ)の生まれ変わりの姿だった。
ヒイラギ電機株式会社:
従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「スピード優先って、大丈夫」
早坂:「大丈夫です。基本、TOCの信者ですから」
P子:「『勝手TOC』ね。でも、単に事務作業をシステム化して時間を作ってるだけじゃない」
早坂:「二代目の目的は、各自の改善意識を高めることだから」
P子:「会社をよくすることと個人の評価を直結させるのよね」
早坂:「まあ、単にそれだけで終わるとつまらないからね」
※1 スピード優先
083.凡人は質とスピードのどちらを優先すべきか