163.【小説】ブラ転13
初回:2021/7/7
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.採用?
私(杉野さくら)と早坂さん、それに山本さんと3人そろって、技術部の第1会議室に集合した。迎え撃つのは、技術部長と、3名の課長だった。いや、こちらがアウェーで、部課長たちが私たちを迎え撃つといった方が正解かな。
Web申請システムとWeb予定予約システムを合わせて、Web申請予約システムと銘打ったのは、早坂さんだった、私と山本さんは、しっくりこないといったが代替え案も出せなかったので、押し切られてしまった。
「で、その予約申請Webシステムとやらを採用しろと?」
一通りの画面機能説明とデモを見終わった部長が、開口一番おっしゃられた。
「Web申請予約システムです」
「まあ、何でも構わんが、そんなもん使って得するのは杉野さんだけだろうが」
(損得って、部下の私の工数削減が、悪なの?)
私がカチンと来たのを察したのか、山本さんが(まあまあ)と声を出さずに笑顔で諌(いさ)めてくれた。
「課長さんにとっては、いちいち紙にハンコを押さなくてもよくなるし、課員にとっても毎回印刷してプリントアウトしなくて済むから楽になりますよ」
早坂さんは冷静に答えた。
「でもねぇ、経費精算も出張処理もこんなに簡単に出来たら、みんなバンバン経費精算してきたり、手軽に出張したりするんじゃないかね」
(それとこれとは別でしょ)
山本さんは、笑顔の中で(困った人ね)と言わんばかりに私が何か言うのを止めてくれた。
「そうかもしれませんね。本来ならとっとと購入して少しでも早く製品を完成させられたり、すぐに現地に飛んで行って対策できたり...これからは機会損失が無くせるかもしれませんね」
「所で、利用料金とか、取るつもりかね」
部長が、まだ何か言いたそうなそぶりをよそに、開発1課長が口を開いた。基本的には部長は保守派で変化が嫌いだったし、2課長、3課長は日和見タイプ。実質的にここの技術部を取り仕切っているのは、この1課長だった。
「もちろん取りません」
「信じてもいいのかね」
「なるほど。本当のことを言いますと、現在お見せしたシステムは、バグ対応までは無料です。ですが、機能アップ分は費用を請求するつもりです。といっても、このシステムを他部署にも持って行くつもりですので、技術部に対しては先行評価をしていただくという名目であれば、お安くできると思っています」
「おいおい、勝手に採用を進めないでくれるかな」
部長が口をはさんだ。
「部長、彼の性格ってご存じですか?」
1課長が、早坂さんを見ながら部長に話しかけた。二代目が選んだメンバーだし、私もよく知らなかった。山本さんを見ても(私も知らない)的に首を横に振った。
「まあ、プレゼンにしろ、この打合せの態度を見ても、以前の彼とはだいぶ違ってると感じます。簡単に言うと大人になった。逆に言うと、表と裏の顔を使い分けることを覚えた...といった感じでしょうか?」
「何が言いたいんだ?」
「以前の彼は、ストレートオンリーでした。例えば先ほどの部長のお話を聞いて『なら結構です』といってこの部屋を出て行ったと思います」
部長もそうだが、私も山本さんも「ん?」という顔になった。出て行って交渉決裂でもすれば、明らかにシステムの作り損になってしまう。
「そして他部署に持って行って販売する。技術部だけ手書き書類が残り続けるんです。もしかして二代目と結託しているかもしれませんから、経費精算や出張承認も在宅でするようにとのお達しが出るかもしれません。慌てて技術部でも使わせてくれと頼んでも、他部署よりも高額請求されるか、一切使わさないと言い出すかもしれません。何より、杉野さんが技術部の事務作業を継続してくれるとは約束してくれましたが、当然永遠にという事ではないでしょう。それに...」
「それに?」
「すでに部課長制度も廃止されましたし、事業部統合で、下のフロアのカタログ販売事業部の技術部と統合しますから、そちらが先に採用していた場合、我々は不利な立場にされる事になってしまいます」
部長が黙り込んだ。2課長、3課長が、配布した紙のプレゼン資料をペラペラめくりだした。1課長優勢と踏んだのだろうか?
「部長、今の早坂さんは以前と違い、ストレートだけじゃなく、変化球も投げられるという事です。ここで我々が断っても彼としては痛くもかゆくもありません。いや先見性のない能無しと心の中で思うだけでしょう。先の提案なら、我々に損はありません」
2課長、3課長は、1課長の演説に、いちいち相槌を打っていた。部長は気に入らなかったようだが、課長全員が賛成派に回った今、反対するより、この提案を受け入れた方が得策と判断した様だった。
「判った。中居君が進めてくれたまえ」
1課長はありがとうございますと部長に一礼した。
2.事前準備
私(早坂)は、技術部の部課長に今回のシステムのプレゼンを行う予定があることを、二代目に伝えていた。
「早坂さん...部長が反対したら、どうするつもりですか?」
「もちろん、その場を後にして、他事業所に売り込みを掛けますから、気にしません。あの技術部には一生売りませんから...」
「やっぱりそうするだろうと思ってたよ」
「え?」
「すぐに戦闘モードになるんじゃなくて、もっと冷静に戦えないかね」
「冷静にと言っても...ねぇ」
「敵をもっと知っておく必要があるね」
「というと...」
「まあ、部長は反対するだろうね。あの人は変化を悪だと思ってるから。自分がやってきた状況がベストなんだから、それを変えるという事は自分を否定することだと思ってるからね。そして、2課長、3課長は自分では決められない人たちだから、ほっときゃいいんだ。となると...」
「1課長を攻略すればよい...と?」
「そういう事」
「なら、簡単ですね。1課長は良いものは良いと判断できる人ですから」
「そこが戦略が足りないと言ってるんだよ」
「?」
「君と部長が戦っている最中に、1課長が君の肩を持ってくれるとでも思ってるのかね。今の状況を冷静に判断すれば、君が有利なのは間違いない。その余裕をチラチラと見せながらあくまで下手に出てプレゼンするんだ」
「そんなことしても...」
「君は部長とは争う姿勢を見せない。なぜだと思う。君が戦う前から勝ってるからだ。1課長は以前の君のことをよく知ってるだろ。そんな君が冷静に話を進める姿を見たら、彼はどう思うと思う?」
「...」
「気持ち悪いだろうね」
「そんなこと言わないで下さいよ」
「いや、褒めてるんだよ。ストレートしか投げないと思ってた人が、いきなり変化球を投げてきたとしたら、こりゃ裏に何かあるなと賢い1課長ならピンとくるだろう」
「...」
「君が部長と闘う姿を見せず、裏に何かある...プレゼンを聞けば、君の戦略を見抜くだろうね。そうなると、1課長が部長と戦わざるを得ないだろうね。つまり君が直接戦うんじゃなくって、敵同士を戦わせて、それを眺めているだけでいいんだよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだろ。それに、君に変化球を投げろと言ってるんじゃなく、変化球を持ってるように見せるだけでいいんだよ、今は。もっと大切な時に変化球を投げてもらうから。でも、一度、やってみたら、案外そういう駆け引きの面白さに気づくかもしれないよ」
(そんなもんなのかな?)と思いつつも、私は部課長へのプレゼンに臨むことにしたのだった。
3.事前準備2
私(二代目)は、早坂さんと事前準備した後、山本さんを呼んだ。早坂さん以外にも、もう一人あのプロジェクトには血の気の多い人がいたからだ。
「山本さんにお願いがあるんだ」
「何ですか、改まって...」
「今日の午後、技術部の部課長にプレゼンするだろ。その時、杉野さんが暴走しないように制御してもらいたいんだ」
「暴走って...、さくらさん、いや杉野さんはそんな感じの方じゃないように思いましたが」
「まあ、人当たりは良いし笑顔がまぶしいけど、結構気が強いからね...」
「笑顔がまぶしいって、二代目はああいうタイプがお好みだったんですか?」
「いや、え~と、そんなこと言ったかな?」
「あれ、何なら今の会話の録音を再生しますか?」
「ろ、録音してるのか?」
山本さんがきょとんとした顔をした。若かりし深キョンを彷彿とさせるその顔に不覚にも一瞬見とれてしまった。
「二代目が私が配属されてすぐに『俺は同じことは二度と言わん!録音でもしとけ』っておっしゃられてから、続けてますよ。音声録音...二代目もご存じのはずじゃ...」
「ああ、いや、会議の時だけだと思ってたんだ。で、ハラスメント系の言葉を残してる...とか?」
「大丈夫です。そういう場合は、その場ですぐに指摘しますから」
「なら、よかった」(良かったんだろうか?)
「で、話というのは、杉野さんが暴走しそうになったら、止めて欲しいんだ」
「判りました。杉野さんには、いつまでもまぶしい笑顔でいて欲しいんですよね」
そういうと、山本さんは特上の笑顔で自分の席に戻っていった。
======= <<つづく>>=======
登場人物
主人公:クスノキ将司(マサシ)
ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで
残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして...
婚約者:杉野さくら
クスノキ将司の婚約者兼同僚。
秘書部:山本ユウコ
二代目の秘書で、杉野さくらのプロジェクトに週一で参加している。
社史編纂室:早坂
妖精さん。昔は技術部に在籍していたシステムエンジニア。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦
1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック
姉:ヒイラギハルコ
ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の社長からは
弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ
ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。
実はクスノキ将司(マサシ)の生まれ変わりの姿だった。
ヒイラギ電機株式会社:
従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「早坂さん、大人になったわね」
早坂:「でしょ」
P子:「二代目のアドバイス通りにしただけじゃない?」
早坂:「いやいや、ちゃんと冷静に対処してたでしょ」
P子:「現役時代からそうしてれば、もっと出世できたんじゃない?」
早坂:「まるでオワコンみたいに言わないでくれる?」
P子:「二代目も、つい、さくらさんの事思い出しちゃったんだね」
早坂:「それより、いっつも録音って、山本さんが怖すぎる...」
P子:「いっつも余計なこと言うからよ」