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AIのジレンマ

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AIが囚人のジレンマを引き起す、という論文が出たそうだ。

仕事がAIにとって代わりレイオフが進むと、失業者は購買力がないのでマーケット自体が縮小する。マーケット縮小のデメリットは同じマーケットの企業全体で負担するが、人件費削減のメリットはAIを導入しレイオフをした企業一社で享受することになるので、企業はAIと従業員のトレードオフを進めざるを得ない。結果、マーケットが破綻する。

ざっと、こんな感じ。

このジレンマは何もAIに限ったことではなく、実際のところ情報システムもこのジレンマに陥る可能性はあった。多くの企業が情報システムを導入する際にその費用対効果を人件費で評価していたからだ。実際のところ、システムを導入しても人は削減できないので費用対効果を得られたことはなかったのだが(簡単にレイオフできない日本だけの話かもしれないが)。

また、AIが普及することでネット上の情報の質が悪くなり、それらを学習対象としているAIもバカになってゆきやがて廃れてゆく、というような論説も見かけた。ネット上の情報というのは人の承認欲求がモチベーションとなっている。AIに聞けばなんでも答えくれる、となると誰もネットに情報をあげなくなるからだ。

これも実のところ先のジレンマと根は同じで、AIや情報システムは価値の転換をやっているだけで、創造はしていない、という事ではないだろうか。AIの学習対象は人が創造したものであり、それ以上の価値にはならない。

情報システムも使う人が便利になるためには、事前に労力をかけてデータを整備、蓄積しなければならない。情報システムがデータを作り出すことはないのだ。

ハガレンでいうところの「等価交換」。AIにしろ情報システムにしろ、これが本質にあって、そして価値創造ができるのは人だけ、という事ではないだろうか。

しかし一方で、人の生み出す価値も無から有を生み出しているわけではなく、過去に学習したものの上に成り立っている、という話も聞く。それはそうだと思う。生まれたての赤ん坊が、何か価値あるものを生み出すことはない。

でも、人が過去に学習しえ得たもの以上の価値を生み出してきたことも、また事実である。実は、これは人が生来もつ、エラーなのではないだろうか。エラーの結果生み出されたものが偶々誰かにとって有益なものであれば、それが価値創造となる。

AIや情報システムなどの人工物はエラーを許されない。発生したエラーはつぶすように修正されてゆく。だから、価値創造ができない。

これがAIのジレンマ。

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