第17回 キャリコン事例(10) このままじゃ駄目ですか?
こんにちは、キャリア・コンサルタント高橋です。
今回のキャリコン事例は、今の仕事に満足しているITエンジニアについて取り上げてみます。現在の仕事が自分に合っており、このままの状態を長く続けたいと考えているITエンジニアにとって、将来のことを考えるキャリアは必要なのでしょうか?
それでは、見てみましょう!
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■相談者のプロフィール
谷村さん(男性・26歳)大手家電メーカーの情報システム部門所属。現在は、社内基幹システムの運用保守業務を担当している。
谷村さん 「私は四年制の大学を卒業後、今の会社に入社しました。入社後は、現在の情報システム部門に配属されて4年になります。主にうちの会社で動いている基幹システムの運用保守業務を担当しています」
谷村さんは少し背が高く、落ち着いた雰囲気を持っています。また、受け答えもはっきりしており、実年齢よりも上に見える印象を受けました。
谷村さん 「もともとはITエンジニアとして開発系の仕事をやりたいと思っていたので、今の部署に配属された当初は多少不満に思う所がありました。しかし、運用保守業務も行ってみるとやりがいのある仕事であることに気付きました。うちの会社には基幹システムが数多くありますが、それらを安定稼働させるためには定期的に監視を行い、障害が発生したときには迅速に復旧させなければならない。そういったところに縁の下の力持ち的なやりがいを感じています。
また、実際の稼働時間も比較的安定しているのもいいですね。システム開発の部署はいつも不夜城※で仕事をしているので、そういった姿を傍から見ていると、比較的自分のペースで仕事ができ、周りから頼りにされている今の部署は私に合っていると感じています。なので、私は今の仕事を長く続けていきたいと思っています」
※不夜城:昼も夜も明かりが付いている(=徹夜が続いている)建物や部屋のこと。もともとは中国に合ったとされる古代都市のことで、夜も日が出ていたとされたため、このような名前が付いたそうです。
谷村さんは入社当初、システム開発をしたいと考えていましたが、実際に配属された部署は運用保守業務を専門に行っていました。最初は不満に思うこともあったようですが、運用保守業務にやりがいを感じられるようになったこと、システム開発の部署は傍から見ていると昼夜を問わず忙しく仕事をしているように見えることを考えると、今の部署は谷村さんに合っており、長く続けていきたい感じているのですね。それでは、なぜ、今日はこの場にいるのでしょうか?
谷村さん 「実はここ(キャリア・コンサルティング)に来ることは部署の上司から勧められました。上司は私の考えを知っているのですが、まだ若いのでたくさんの経験をした方がいいというのです。いろいろな部署を回りたくさんの経験をした上で、それでもこの情報システム部門で仕事をやりたいのなら、そのときは戻ってきたらいいと言われました。
上司の言うことも分かりますし、ありがたい話だとは思うのですが、正直なところ気乗りはしないです。自分の将来を考え、行動することは大切なことだとは思いますが、できれば今の部署で仕事を続けられることが自分にとって一番の選択肢だと思っています。こういった考え方は間違っているのでしょうか? 」
谷村さんの上司は、谷村さんに対して、いろいろな部署を回ってたくさんの経験をすることを勧めています。一般的に、会社が社員にいろいろな経験を積ませるのは、その時々に応じて人材を生かし適材適所な人員配置を行いたいからですが、谷村さんの上司もそのことを考えた上での助言だったのかもしれませんね。しかし、当の谷村さん自身は今の仕事こそが一番だと考えており、現状を維持することを望んでいるということでしょうか?
谷村さん 「はい、私はこれからも今の職場で働き続けたいです」
ここまでで谷村さんの想いがある程度見えてきました。まとめてみましょう。
《谷村さんの想い》
・情報システム部門での仕事は、谷村さんに合っていると感じている
・入社当初に希望していたシステム開発系の仕事は、谷村さんに合わないと感じている
・上司からは他の部門に回り経験を積むことを勧められているが、谷村さんは情報システム部門に居続けることが一番だと考えているので、必要性を感じていない
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・谷村さんの考え方がキャリア形成を行う上で有効か否かを判断してほしい
谷村さん 「そうですね。私の考え方がキャリアの専門家から見てどのように映るのかを教えていただきたいです」
キャリアとは、自分がどうありたいか? を考え、実現させていくことにあります。確かに上司の方の言われるとおり、いろいろな部署を経験することは谷村さんにとってプラスになる可能性もありますが、谷村さんの場合、現状の仕事に満足しています。
それであれば、あえて今の段階で何かをする必要はないと考えます。将来、谷村さんにとって何かしら人生の節目があり、そこでキャリアを考え直したいと思われる時が来るまで、現状の流れに身を任せるように仕事をしてみても良いと思います。これをキャリア・ドリフト※と呼びます。
※キャリア・ドリフト:日本におけるキャリア研究の第一人者である金井壽宏先生が提唱したキャリア・トランジション論に基づく考え方。キャリアはその節目さえデザインしていれば、それ以外はドリフト("流される"という意味です)させて良いという考え方です。興味のある方は『働くひとのためのキャリアデザイン』も併せてお読みください。また、金井先生やキャリア・ドリフトについてはこちらに素晴らしい記事が掲載されていますので、ぜひご参照ください。
この考え方は一見キャリア形成を放置しているようにも見えますが、実際にはある程度のキャリアの方向性を定めた上で流れに身を任せているので、キャリア形成の流れが大きくずれることはありません。
また、流れに身を任せることで自分が意識しないところで偶然の出会いや発見などを引き起こすこともあり、それがキャリア形成に繋がることもあります。
従って、キャリアをドリフトさせるということは決して後ろ向きの考え方ではないのです。ただ、この考え方は将来何かしらの節目が来た時にキャリアを選択するので、そのときにより多くの選択肢を持っていたが、自分自身の望むキャリアに近づける可能性が高くなります。そこで、キャリアをドリフトさせる時期であっても、以下のようなことを心掛けてみるのも有効な手段ではないかと思います。
《キャリアをドリフトさせる時期に有効な考え方》
- 現在の仕事の上位職について勉強してみる
- 自分の周りにあるいろいろな仕事について知ってみる
- 偶然の出会い、発見を敏感に感じ取ってみる
谷村さん 「キャリアをドリフトさせる考え方は面白いですね。私は今の仕事がベストだと考えていますので、今はキャリアをドリフトさせる時期と考えたいです。しかし、ずっと将来このままで居続けられるのかという漠然とした不安もあります。そういった先々のことを考えると、キャリアをドリフトさせている今の時期に、次に繋がることをやっておくというのは自分自身の安心にも繋がると思います。
私自身、まだまだ運用保守業務のレベルが低いと思っているので、もっと勉強してシステム開発における運用要件を考えたり、システムの改善提案ができるようになりたいです。また、私の周りにいる他の人の仕事内容を知っておくことで、運用保守業務の全体像を掴むことに繋がると思います。こういったことを続けながら、偶然の出会い、発見を普段から意識しておくことが私にとっての次のキャリアに繋がっていくのですね。早速、今日から始めてみたいと思います! 」
それでは、また次回お会いしましょう!