地方エンジニアが感じる地方・中小企業での悩み

他人の考えを参考にしたい

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 こちらではようやく桜が咲き始め、春の訪れを感じるようになりました。私の勤める部門では、今年は新人の配属がありませんでしたが、例年であればこの時期は新人がくるころです。今の新人世代では、生まれたころに Windows2000 や Office2000 が存在していたとか、時の流れを感じさせてくれます。

 そのような若い世代の人たちは私の世代とは大きく異なり、GUI で構成されたアプリケーションが当然のように浸透している世代です。UI に対する考え方もかなり異なっている可能性が高いです。私たちが当然と考えていることが、当然ではないことも出てくると考えられます。

 私は画面設計については業務アプリについてしか知識がないのですが、その分野においても私が作成する画面と、若い人が作成する画面では大きく異なる結果になるでしょう。もちろんここまでの経験による違いもあるでしょうが、私世代が思う使いやすさと若い人たちが思う使いやすさが大きく異なることも要因の一つと思えます。

 ある種のセオリーが画面設計においては存在しています。ですがこのセオリーも、時がたつにつれて内容はどんどんと変化していきます。今のセオリーに則り作成されたものが、数年後には過去の例として扱われてしまうことも十分にありえます。私たちが作成しなくてはならないものは、ユーザーが利用しやすいものです。過去のセオリーに囚われ、今となっては使いにくいものを提供することは利用者にとって不利益となります。それは避けなければなりません。

 そのように考えると、最もユーザーに影響の大きい画面設計では、できるだけいろいろな世代の考え方を取り入れる必要がありそうです。旧態依然としてアプリでは、利用者不在となってしまうことが多くなります。使いにくいアプリはそのうち利用されなくなり、負の遺産として残り続ける場面も多いです。システムのリプレースなどで、この機能は利用していない、とはじめて判明することもあるのではないでしょうか。

 それを避けるためには定期的に更新していくことが考えられますが、それもそれで利用者が慣れたものを変更していく難しさがついてまわります。一度に大きく変更してしまうと、それもまた利用者が離れてしまう原因を作り出してしまいます。そのため、少しずつ変化していくことが重要になっていくのではないでしょうか。

 私個人の感覚として、今世の中にあるアプリやシステムでも、使いにくいと感じるものは多々あります。ですがそれでも利用者数が多いアプリやシステムも多いです。そのようなものに出会う度に、自分の感覚が時代から遅れていると感じます。かといって、自分が使いにくいと感じる画面設計を行えるか、と言われるとそれもまた難しいです。そこにはどうしても他人の視点が必要になります。

 これからの画面設計では、そこまでの経験だけではなくいろいろな世代の考え方が重要になるのではないか、と私の中では感じています。それまでの育ち方が大きく影響する感性の部分は、知識と経験でカバーできない分野ではないかとすら思えます。しっかりと勉強すればそう感じることもないのかもしれませんが、なかなか時間を割くのも難しいです。

 そんな私が採れる対応は、ほかの世代の意見を取り入れることしかありません。自分の知識と経験にとらわれず、より良いものを作り出すために多くの違う視点を取り入れていけるようにしていきたいものです。こういうことを考え出すと、自分も年を取ったなぁと思うのですが、それ以前に体に年齢が表れてきているのを先にどうにかしたいところです。

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