声にならない声を出す
わたしがその典型ですが、技術者を名乗っているにもかかわらず、技術的な話題を書かないタイプの人が世の中にはいます。もちろん、「書け」といわれれば少しは書くことができるでしょうが、「技術的な話題なら他にも前線でバリバリに情報発信されている方々がいらっしゃるしなぁ」と、どこか尻込みしてしまうのが本音です。
わたしの場合、主に追い掛ける技術がどちらかというとマイナー路線というのもあり、なかなかエンジニアライフのようにパブリックな場所で書くというのも何だかなぁ、と感じてしまいます。
実際にその技術がマイナーか? と言われれば、実際はそうでもないのかもしれません。自分が目にする範囲ではあまり扱われていない話題で、実はもっと多くの方々が扱っている技術なのかも知れません。
このように感じてしまっている自分の状態は、ひょっとすると社内などにおいて情報を発信しない方々と同じ状態なのではないか、視点を変えてみると、同じように当て嵌まる事柄は多いように思えます。
情報をまったく持っていない、そのような状態は実はかなり稀です。多くの場合は、自分が持っている情報の価値に気付いていないことが多いのだと思います。ではなぜ、情報を持っているにも関わらず発信しようとしないのか。ここには何点か考えられることがあります。
1つは、自分が持っている話題が世間的に見てどの程度のレベルなのか判別できないため、この程度の話しかできないのか、と思われたくないという気持ちが強く感じてしまっていることがあるかと思います。冒頭でわたしが技術ネタに躊躇してしまっているのは、このパターンです。
もう1つは、あまり興味をひけない話題かもしれないので、声を発したはいいが、無反応で終わるのではないか、というある種の恐怖感です。反応がないというのは、発信側にとって最も避けたい状態です。反応が起きなさそうと思われる内容は、できるだけ避けたいという気持ちが働きます。その気持ちが強く働きすぎてしまい、何かを発信させることを躊躇わせてしまうのです。
実際、大したことのない内容かもしれません。あまり他の方に関わりの見えない話題かもしれません。ですが、今こうしてコラムという形で自分の意見を発するようになり、そこを考えることにあまり意味がないということに気づくことができました。大したことがあるかどうかは書いた本人が決めるものではなく、読まれた方が決めるものだからです。
書いた側としてはすごく力を入れて書いた内容であろうと、読まれた方が「大した話題じゃないな」とスルーされることは多々ありますし、その反対に気楽に書いた内容ですが、予想以上の反響が来ることも同じくらいあり得ます。
わたしのように別段文章もうまいわけでもなく、大した内容を扱っている訳でもないのですが、それでも何かしらの反応があがる時があります。レスを返してくれる皆様には本当に感謝でいっぱいです。またTwitterなどで、「コラム読ませてもらいました」と言われると、小市民なわたしですから、それはもう有頂天で諸手をあげてガッツポーズものです。
もし、何か話したいことを抱えているのであれば、どのような場所でもかまわないのでそれを文書や言葉で発してみてください。そうすると違う意見を聞くことができたり、賛同を得る機会が確実に増えます。機会が増えることにより、今まで接点のなかった他の方々と交流を持つことも十分あります。
また個人的に感じたのが、「社内に向けて発信することよりも社外に向けて発信することの方が楽だ」という点です。企業規模にかかわらず、社内に向けての情報発信というのは意外にも難しい、と感じています。わたしが勤めるのは小規模企業ですが、たかだか数十人という世界にも関わらず、発信した情報に対するレスポンスというのはなかなかありません。この状態は目に見えるだけに厳しいところです。
ですが、ここエンジニアライフやTwitterといった、広大な外部の世界に通じる場の方がレスポンスが帰ってくる割合は高いように思えます。それが単純に母体数が理由なのか、性質上関心が高い方が目を通すからなのかは分かりません。ですが、実際に反応は起きやすいのではないか、と感じています。
もし社内へ向けて何かを発信しようとしたが躊躇されている様な方がおりましたら、一度外部へ向けてその情報を発信してみることをお勧めします。それにより
「まずは声を出してみなければ何も始まらない」
という点に気付くことができるのではないでしょうか。
……ちなみに副次的な効果としては「発表する内容の取捨選択する技術が磨かれる」というのもありますね。脊髄反射的なものを減らすことはできるのではないか、と1人勝手に思っています。
コメント
なんだか
Ahfさん
いつも読ませてもらっています。
今回のコラムは、いつも私が心がけている事なので、
つい反応してしまいました。
これは「話題」という話にとどまらず、仕事をする上で非常に大切な
ことだと思います。
自己判断を正として、周囲の判断(評価)を仰がないのは
誤りにも気づかないですし、悩みも解決しない事が結構あるんですよね。
「もっと早く言ってよ」って周りが思うことがあるってことは、
プロジェクトにとって致命的になりかねない事だと思いますし。
企業が「風通しのいい会社です」って言う言葉を売り文句にするくらい、
上にいる人たちは、下の人たちから発信してほしがっているのですけどね。
周りに「くだらない事は発信するな。そのくらい自己判断しろ」という
風潮がある会社が多いのかもしれませんが。。。
後は「駄目だし」を謙虚に受け取る気持ちを持って発信すれば、
それで良いと思うのですが、この謙虚さが実は難しいんでしょうねぇ
インドリ
Ahfさんこんばんは。
>「まずは声を出してみなければ何も始まらない」
同感です。
私が情報発信をし始めたのはここ2・3年前からで、それまでは私生活でネットを使うという発想がありませんでした。
ネットは仕事の道具や対象であり、ブログって何?掲示板って何?って感じでした。
毎日仕事と研究で忙しくて、遊ぶという感覚がなくなっていたのです。
だけど、実際やってみると案外楽しいですね。
変な人に絡まれたりと色々大変なこともありますが、普通の技術者との交流が持てる事が非常に楽しい面も多々あります。
職業がら普段は訊かれるばかりで、私が聞ける相手が居なかったのですが、ネットでは教えてもらったりできます。
しかしながら、Ahfさんが言った理由のほかに、風紀の問題があるかと思います。
思いのほかネットは風紀が悪いので、如何にそれに対応するかが課題ですね。
風紀が良くなれば、もっと気楽に発言する人が増えると思います。
今のままだと、面倒なことまでして、達の悪い人たちに絡まれるだけという事にもなりかねません。
この状態では、多くの人は面倒で何も言えないでしょう。
情報発信よりも情報を潰す方が簡単ですからそこが問題です。
ここは、我々技術者がよくしていくべきですよね。
Soda
>無反応で終わるのではないか
反応が無いと寂しいですよねぇ。
自分の意見に共感をもってもらえているのかどうかとかー
技術的なことなら、間違ったこと言ってるのかどうかとかー
多くの場合、寄せられる言葉には参考になることありますよねぇ。
私がコメントを付けたいと思う場合を考えると・・・自分の意見と差分があるときですね。
補足だったり、違うと思うことだったり。
差分とは異なりますが、純粋にわからないことを質問する場合もありますね。
良いコラムで共感できたとしても、差分がないとコメントはしにくいですね。
コメントを受け付けない場所ってのは、それだけで損している部分があると思うんですが・・・
双方向のメディアで片側通行ってのは勿体無いなと(^^;
>社内に向けての情報発信というのは意外にも難しい
そうなんですよねぇ。
固定概念というか、ある程度、土台ができてしまっている場所で、新しいことを発信するのは難しい。
それなりの信念が必要なんですよねぇ、あと自信もかな?
ネットでの発信の良いところは、立場の差が少ないことですね。
先入観がない状態で発言などを判断してもらいやすいです。
多くの場合、本音の意見が聞けますね。
肩書きがあると言いたくても言えない場合も多いですし(^^;
まぁ、私には肩書きないから関係ありませんがw
また、社内とは比べ物にならないぐらいに大勢の目があるのも良いことですね。
恥をかきたくないと思うことで、書いた文章の確認を多くしたりしますw
一度発信したものを取り消すのは困難ですし・・・無かったことにはできないですよねぇ。
大勢の色々な意見が自分の発信を評価してくれるんですよねぇ。
こんなに公平に評価が受けられる状態はなかなかないんじゃないかなぁ。
だから、間違ったこと、賛同を得られないことを強引に通すこともできませんしね。
こういう場所で経験を積めば、社内での発信にも役に立てそうですね。
こんばんは。ちょりぽんと申します。
技術=テクニカルスキルと解釈してコメントします。
私も技術的なことを書かない人に分類されますが、その理由は以下の通りです。
自分が今さら何を書いても、それはどこか(日本語圏外)で啓示された情報の転載でしかないというのが最たる理由ですね。ここの造りがそもそも向いていないというもの理由でしょうか(私は英語サイトから情報収集してるクチです)。
加えて、技術の前に大切なことがあるだろう、というのが技術に触れない一番の理由です。私はそれをコラムで伝えたいと思っております(他の特化したサイトで幾らでも学べるので)。
今後、技術面で執筆する場合は、きっと”ベテランの脳内思考”をHow Toで書くと思います。これこそ後進と共有するべき情報だと思います。例えば200行ある表結合を絡めたSELECT文を修正する際、どのようなロジックを脳内で走らせているとか、ですね。
Ex.
Q『なんか意図しない行が増えてるんですよ~』
A『それは結合条件が甘いからですね。』
私は技術で飯を食っているので『大したこと言ってないと思われるんじゃないか』と言った謙遜はできないのです。矜持に関わるので(笑)むしろ、絶対的基準を計る目的でコラムを利用しているくらいです。
みりゅ
書いても反応が無いのは寂しいかと思います。ただ、マイナーは分野というのは、それだけに求めている人にはありがたいように思えます。
ネットにあるものなら、googleなどでは、ページランクでリンクの多いものほど検索結果ページの先頭にきます。参考にしてもらっていること、ページランクがあがることが励みなるかも知れません。
(会社だと、分業するための部署を分けですので、利用する人は限られますよね)
まぁ、そこまで気を張らなくても、自分のためにメモしたり、読み返す際に分かりやすく書いておけば役に立つかとおもいます。
ひとりのgoogle好きの意見でした。
Ahf
なんだかさんコメントありがとうございます。
>後は「駄目だし」を謙虚に受け取る気持ちを持って発信すれば、
>それで良いと思うのですが、この謙虚さが実は難しいんでしょうねぇ
その通りだと思います。意見を発する事を続けていくためにも他からの意見というのは非常に大切だと感じています。自分と異なる考え方を謙虚に受け止める事は大変ですよね。
ですがその異なる意見を伝えてくれる方がいる事のありがたさ、は物凄くありがたく感謝すべきことだと思います。これは実社会でもそうですよね。
>いつも読ませてもらっています。
諸手をあげてガッツポーズです(笑)
Ahf
インドリさんコメントありがとうございます。
>この状態では、多くの人は面倒で何も言えないでしょう。
>情報発信よりも情報を潰す方が簡単ですからそこが問題です。
そのように受け取れる場所が多い事は度々見かけています。
最初から議論にならないような場合は論外ですが、実際にはもう少しで実の伴う議論となりそうな場面というのもありますね。非常に勿体ないと言いますか。
私は技術者として、というよりも一個人としてそうならないように心がけていきたいと思います。
議論、というのは非常に難しいので私はまだまだどころかヒヨッ子みたいな位置ですが。
Ahf
Sodaさんコメントありがとうございます。
>コメントを受け付けない場所ってのは、それだけで損している部分があると
>思うんですが・・・
>双方向のメディアで片側通行ってのは勿体無いなと(^^;
そうですよね。私は原則コメント欄は開放し余程の事が無い限りは削除も行わないポリシーで続けています。実際に物凄い数のコメントが寄せられ消してしまいたいと思える事はあるかもしれませんが、後で振り返ることができなくなるのはお互いにとって勿体ない事だと考えています。
>ネットでの発信の良いところは、立場の差が少ないことですね。
>先入観がない状態で発言などを判断してもらいやすいです。
>多くの場合、本音の意見が聞けますね。
そうですよね。非常に大切な点だと思います。実世界よりも本音で語り合うことが可能なのではないかな、とも思えます。そのような場面で慣れることにより、ある意味ハードルの高い「社内」というステージでも発せられるようになると、とても素晴らしいですよね。
ちなみに私は「肩書」「年齢」「キャリア」は気にしないタイプです。
内容が大切であってそれ以外は意見を言うのに殆ど重要視してません。
これを勤務先でもやっているので色々と問題があったりなかったりなのですが。
Ahf
ちょりぽんさんコメントありがとうございます。
>加えて、技術の前に大切なことがあるだろう、というのが技術に触れない
>一番の理由です。私はそれをコラムで伝えたいと思っております。
これはすごく読ませてもらいたいです!首を長くして待たせてもらいます!
>自分が今さら何を書いても、それはどこか(日本語圏外)で啓示された情報の
>転載でしかないというのが最たる理由ですね。ここの造りがそもそも向いてい
>ないというもの理由でしょうか。
これはわかります。仮に書こうと思った内容であっても、大体は既にどこかでかかれた内容だというのは非常に多い、というか殆どかと思います。私の場合、別のBlogにて技術ネタを扱うこともありますが、やはり同じ状態になっています。
ですがそのような場合でも、「自分の中で整理し形に残す」事を目的に考えて続けていたりします。このようなやり方もアリではないでしょうかね?
Ahf
みりゅさんコメントありがとうございます。
>ネットにあるものなら、googleなどでは、ページランクでリンクの多いもの
>ほど検索結果ページの先頭にきます。参考にしてもらっていること、
>ページランクがあがることが励みなるかも知れません。
そうですね。たまに特定のキーワードで検索した際に自分のサイトやエンジニアライフでのコラムが最初のページに現れていたりすると、書いた側としてはにんまりとしてしまいます。
>まぁ、そこまで気を張らなくても、自分のためにメモしたり、
>読み返す際に分かりやすく書いておけば役に立つかとおもいます。
自分のためのメモという考えは大変アリだと私も思います。
読み返す際にわかりやすく・・・というのはまだまだ精進が足りない身ですので、読み返す度に書き直したくなる点が大量に見つかるのも、役に立っていますね(笑)
Jitta
CodeZineやBuilderの記事、私自身のブログについたコメントを見ていると、正しい情報についてはよほどのことがない限り、コメントがつきません。しかし、間違いを含んだ情報には、指摘するコメントがつきます。これは逆に、ありがたいことだと思います。
間違いを認められない人にとっては、苦痛でしょうけれどもね。
Ahf
Jittaさん、遅くなりましたがコメントありがとうございます。
全くその通りだと思います。間違いを指摘して貰える事というのはとてもありがたい事だと私も思います。これはネット上だけに限らないですよね。
間違いを間違いと言ってくれる人がいる、それはとても嬉しいですよね。