【小説 パパはゲームプログラマー】第十八話 魔法使いの国5
僕らはルビーの城に向かった。
「こうなったら出たとこ勝負よ」
「そうですね! 私、本番には強いんです!」
ジェニ姫とサオリのやり取りを、僕は一歩下がったところで見ていた。
胸の数字が『1』から『24h』に変化していた。
一時間ごとに23h、22hと減って行くので、恐らく時間だろう。
あと、22時間の命だ。
このまま何もしなければ、僕は死んでしまう。
サオリの召喚魔法は完ぺきではないが、やるしかない。
禍々しく赤く染まった城。
門番の兵士に要件を伝えると、中に通してくれた。
「そいつが召喚魔法使いか。中々やり手の様だな」
玉座に座るルビーは、白装束をまといフードで顔を隠したサオリを指差した。
尖った爪は真っ赤に染まっている。
「お望みの人を召喚して見せましょう」
僕はそう宣言する。
「ふむ。この男だ」
ルビーの執事(確かトールスって名前だったな)が、僕らの方に歩み寄る。
彼は一枚の紙を見せた。
そこには、ルビーが召喚して欲しい男の姿が描かれていた。
黒髪短髪のツンツン尖った髪型。
逆三角形の輪郭をした顔。
ヤンチャそうな細い眉。
三白眼のつり目で、悪系のイケメン。
全身黒ずくめの服装で、首の辺りを守るためか襟の部分が立っている。
胸の中央から腰の辺りまで、縦に並ぶ5つの金ボタンが印象的だ。
「慶太君!」
突然、叫びだすサオリを、皆が一斉に見る。
「なぜ、この男の名前を知っておる......」
ルビーが眉根を寄せる。
「だって、この人、私の彼氏だもんっ!」
僕は周囲の空気が硬くなるのを感じた。
ルビーがスックと玉座から立ち上がり、ツカツカとサオリの元へ真っすぐ歩いて行く。
「きゃっ!」
真っ赤な5つの爪でフードを掴み、引き上げる。
栗色の髪が舞い、サオリの白い面《おもて》が露わになる。
「お前はっ......!」
ルビーはそう叫んだまま、次の言葉が出ないみたいだ。
部屋の中が徐々に熱くなっていく。
元々赤いルビーの髪がさらに赤く、血で染まった様になる。
僕は、この二人に何か言い知れない因縁めいたものを感じた。
その予感が確かだったことを、数秒後に知る訳だけど......。
サオリはじっと、ルビーの顔を見た。
そして、何か思い出したかのように、叫んだ。
「千夏!」
チナツ?
誰だ?
「あなた、死んだはずじゃあ......」
サオリがルビーを指差したまま、後ずさる。
「ええ。あなたに殺されたわよ。横断歩道で突き飛ばされてね」
ルビーは息継ぎして、続ける。
「今、慶太君と付き合ってるってことは......あなた、あんな大胆なことして、警察に見つからなかったのね。ほんと、悪運の強い女」
「千夏......」
ルビー、否、チナツと呼ぶべきか。
僕は彼女をチナツと呼ぶことにした。
チナツがしゃべる度に、開いた口から熱風が噴き出す。
そのせいで、僕らの肌はメチャクチャ乾燥した。
火の粉が飛んで来て、服に着く。
服に穴が開く。
まるで巨大な焚火の前にずっと立たされてるみたいだ。
「冷水器《ヒーリング・ウオーター》」
僕の横に立つジェニ姫が、そっと詠唱した。
ジェニ姫と僕、そしてサオリの肌を水の薄い膜が覆う。
良かった。
これで、少しだけ灼熱地獄から救われる。
「千夏。私はあなたが嫌いだった。いっつも慶太君と仲良くしてたから。そして、慶太君は私の告白を断って、あなたのことが好きだって言った。すごく悔しかった」
どうやら、この二人は転生前の世界でケイタを取り合っていたらしい。
「だからって、私を殺すことないじゃない! そのせいで私は、今......」
「あら、ここって楽しい世界じゃない。私に感謝しなさい」
状況を呑み込めないでいるチナツの部下達が困惑顔だ。
「慶太も慶太よ。よりによって、こんな女と......」
チナツの赤い瞳が潤み、涙があふれだす。
「ルビー様」
イケメン執事のトールスが駆け寄る。
チナツの肩を支えた。
僕はチナツがどう思ってるか知らないけど、彼女はトールスとお似合いな気がする。
とか、場違いなことを思ってしまった。
「慶太は私と付き合えて喜んでるわ」
「言わないでっ!」
チナツが耳を塞いで、首を振る。
「私、いっつも言ってたじゃない。欲しいものは絶対手に入れる主義だって」
サオリが胸を張り、親指でトンとその胸をついた。
勝ち誇った様な態度に、チナツは怒り心頭したのか、
「殺す!」
あっ!
やばい!
「この世の全ての火の精霊よ、私にその力を。紅蓮の炎で目の前の女を焼き払うために。火炎大車輪《ラージ・フレームホイール》!」
チナツの手から炎の輪が飛び出す。
車輪のごとく、中央には巨大な火の玉。
そこから放射線状に火の柱が8本出ていて、炎の外輪を支えている。
紅蓮の火の輪が転がりながらサオリに向かってくる。
「下がって!」
間一髪。
ジェニ姫がサオリの前に立ち塞がる。
「強水鉄砲《ストロング・ウオーターガン》」
開いた彼女の手から滝の様に水が大量に噴出した。
炎の車輪の動きを止める。
炎と水がせめぎ合う。
水が蒸発し水蒸気が上がる。
水が尽きるのと炎が尽きたのはほぼ同時だった。
「私の炎の魔法が......」
チナツは信じられないといった態で、自分の手を見る。
「ルビー、忘れたの? 私のこと?」
「お、お前は......、いや、あなたはジェニ姫」
「チナツって呼んだ方がいい? チナツ、私と魔法で勝負する?」
チナツとジェニ姫は睨み合った。
僕は二人の間に割って入り、こう言った。
「あの~、チナツさん。このままサオリさんを殺しちゃうと、その、ケイタさんをここに呼べないと思うんですよ。サオリさんを殺せばスッキリするかもしれないけど、それって、絶対後悔しますよ」
チナツが僕の方を向く。
僕は続ける。
「一旦ここは、ケイタさんを召喚しましょう。そして、彼が、あなたとサオリさんどちらを選ぶか選択してもらうんです」
チナツは目を閉じ腕を組んだ。
僕の提案を受け止め、どうするか考えている様だ。
やがて、組んだ腕を解き、意を決する様に頷いた。
サオリは唱和した。
「降臨《サモン》」
魔法陣から光の柱が立ち昇る。
光の中から、似顔絵ソックリの一人の男が現れた。
「慶太君!」
チナツとサオリが揃って歓声を上げる。
「ほら、見てよ! 私って本番には強いんだから!」
サオリが胸を張る。
「おお? ここはどこだ? 俺、確か学校で......」
召喚されたケイタは、不思議そうに辺りを見渡してる。
「慶太君! 私よ! 千夏よ!」
チナツが満面の笑みで走り寄る。
「慶太、ここは異世界よ! 私がよく行きたいって言ってた!」
サオリがチナツを押しのける。
女にもてて羨ましいなあ。
僕はそう思った。
女二人に囲まれたケイタは困惑していたが、だんだん状況を把握出来たのか目の焦点が合って来た。
「沙織はいいとして、千夏......お前、死んだんじゃないの?」
「ええ。そこにいる女に突き飛ばされてトラックに引き潰されて死んだわ。だけど、この世界に転生したの。赤ん坊からスタートして今日までずっと、あなたのためにここで生きて来たわ」
「重いな......」
ケイタは顔をしかめた。
「千夏、よく聞きなさい。慶太は私と結婚するのよ。そして、私のお父様の会社を継ぐの。ねっ」
サオリはケイタの顔を覗き込んだ。
ケイタ、ここはよぉく考えて答えるんだ。
だけど、ケイタは悪びれも無くこう言った。
「ゴメン。千夏。俺、沙織のことが好きだから」
チナツは負けた。
悔しいのか、拳を握り締めたまま立ち尽くしている。
「ルビー様」
執事のトールスがルビーことチナツのことを心配している。
「......ってか、ここ熱くね。早く学校に戻りたいんだけど」
「大丈夫。私、召喚魔法使えるから、逆のことをすれば......。でも、私、慶太とならここでずっと一緒に住んでてもいいかな」
「こいつぅ!」
空気を読まない(否、読めない)バカップルがイチャつき出した。
今度ばかりは、さすがの僕も復讐する相手(この場合はチナツ)に同情した。
彼女は元々、この世界の住人ではない。
ここに転生しなければ、魔王討伐パーティにも入ることなく、僕に嫌がらせすることもなく、元の世界で幸せに暮らしていたんだ。
その幸せを壊したのは、この自分勝手女サオリじゃないか!
こいつこそが......
「金剛石飛翔《ダイヤモンド・スプラッシュ》!」
ジェニ姫!?
彼女の手から氷のつぶてが無数に放出される。
それがサオリとケイタに一直線で向かって行く。
「危なっ! 何すんのよ!」
間一髪、サオリとケイタは鋭い飛翔物を避けた。
よかった......。
でも、なぜジェニ姫が!?
そうか、彼女はグランから婚約破棄された身。
同じく、彼氏を寝取られたチナツにシンパシーを感じて、こんな行動を......?(いや、この場合はちょっと違うか......)
「ちょっと! ストップ!」
僕は声を荒げた。
サオリに死なれると困る。
僕は、彼女にこの後、試して欲しいことがあるんだ!
だけど、そんな思いも虚しく、サオリとケイタを氷のつぶてが襲う。
「グゥオゴオオオオ!」
突如ゴーレムが現れ、氷のつぶてを一身に受ける。
まるで、バカップルの盾になるかのように。
その後、続けざまに魔法陣から、モンスターが飛び出す。
子ケルベロスにゴーレム、キメラにミノタウロス。
トロルにドラゴン......
全て、サオリが手なずけた者達だ。
「さぁ、お前達、私とケイタに危害を加える者達を、全て殺ってしまいなさい!」
使役されたモンスター達は従順だった。
僕らに襲い掛かる。
つづく
コメント
ちゃとらん
なんか、ぜんぜん違う方向に向かってる気がしますが、がぜん面白くなってきました。
この先の展開が、まったく読めません!
VBA使い
部屋の中が徐々に「暑」くなっていく。
→と言いたいところですが、この場合「熱」の方が雰囲気に合ってますね
僕の横に立つジェニ姫が、そっと「唱和」した。
サオリは「唱和」した。
→「詠唱」かな?「唱和」は、唱えた人の後に他の人が続いて唱える意味になります
僕に嫌がらせすること「も」なく、
はっ、もしかして、この世界で名前一字違いでケイタとマリナが結ばれる結末!?(なわきゃねーかw)
桜子さんが一番
スゲーwハチャメチャだw
湯二
ちゃとらんさん。
コメントありがとうございます。
>ぜんぜん違う方向
商才はどこに行ったんだという展開です。
思うが儘にやってます。
湯二
VBA使いさん。
校正、コメントありがとうございます。
言葉の説明勉強になります。
>この世界で名前一字違いでケイタとマリナが結ばれる結末!?(なわきゃねーかw)
同じ名前の全然別人です。
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>ハチャメチャ
書いてる時は、中学生くらいに戻ってます。