【小説 副業地獄】第二話 ナイト気取りの孫請けエンジニアは、ヒロインのためにシステム障害に首を突っ込む
「有馬君、来てくれたんだね! ありがとう!」
最上風花は満面の笑顔でそう言った。
「そ、そりゃ......ふうちゃんにお願いされたら行くっきゃないっしょ!」
「え~、電話の向こうじゃ嫌そうな声してたじゃん......」
照れながら応える雄一の顔を、風花はからかう様に下から覗き込む。
その仕草と上目づかいが可愛くて、雄一は胸が高鳴った。
一気に高校の頃に気持ちが戻って行く。
それにしても仕事中に突然、風花からスマホに電話が来た時はびっくりした。
知らない番号だったので出るのをためらったが、仕事関係だとマズいと思い出た。
その時のやり取りは、こんな感じだった。
◇
<あっ、有馬君? 元気?>
心地良いソプラノが耳に響いた。
喋り方と声だけですぐに彼女だと分かった。
だが、ずっとご無沙汰だった相手からの突然の電話。
雄一は本能的に警戒した。
<突然呼び出してデートした後、絵とか売りつけたりしないよぉ>
スマホの向こうで朗らかに笑ってる様子が脳裏に浮かんだ。
「そう? よくあるじゃんデート商法とか」
<仮にやってたとしても、同級生にそんなことしないって>
「そっか。それにしても何の用?」
<今ね、同窓会企画してて>
何でも彼女は幹事らしい。
そう言えば卒業式の前に誰が幹事をやるか決めていたのを思い出した。
誰もが忘れていたその行事。
彼女は今になって、律義にその任務を遂行しようというのか。
<来てくれるよね?>
◇
勝ち組が列席するであろう同窓会に参加する。
そのことに対して、若干ためらいもあった。
それでも、好きだった同級生に誘われては断る理由は無い。
何よりこれを機会に、彼女に近づくことが出来れば今後の人生が華やかなること間違い無しだ。
「幹事の仕事が忙しくてさ。ほっといててゴメンね」
「大丈夫だよ」
「兎に角、来てくれて嬉しいよ。私としては」
「おっ、おう......」
二人してグラスをカチンとぶつけ合う。
雄一はこの会に参加して初めて良かったと思った。
もっと会話をして仲を深めたい。
そう思った矢先、
「風花!」
「あ、ノリ、ご無沙汰」
女友達に声を掛けられた風花は雄一に一礼すると、それに着いて行った。
その先はリア充団の輪の中だった。
「あ! 俺らのアイドル登場!」
「ふうちゃん、ますます可愛くなったね」
風花は取り囲まれた男どもに称えられていた。
彼女はクラス、否、学校一の美少女だったため雄一以外のファンも多かった。
今もその様子は変わらない。
「どう? この後さ、二次会でも」
その言葉に雄一の耳がピクリと動いた。
先程、雄一に嫌みを言って来た商社殿が彼女にこなをかけ始めた。
「う~ん、ごめん。八木山君、私この後......仕事があるんだ」
「仕事? 何やってるの?」
「小さな会社で、情シスっていうの? コンピュータの仕事してる」
「へ、へぇ」
一瞬、空気が冷えるのを感じた。
雄一がステイヤーシステムと答えた時と同じ空気だ。
それにしても、情シスという言葉を発した風花に雄一は親近感を覚えた。
「情シスかあ。うちの会社も出来ないSIer相手に苦労してるよ」
雄一の耳が会話に引き寄せられる。
「要件をしっかり決めてもらわないとシステムを作れないとか言うんだよ。こっちは忙しくてそんなのまとめてる暇ないってのに。あんたらプロなんだから俺らの業務見て、逆に提案してくれよって言ってやったら、出来上がったのはバグだらけのシステム」
雄一は震えを抑えるため、拳を握り締めた。
「ふうちゃんなら、うちの会社に推薦してあげるよ。一緒にそういうの良くしていこうぜ」
商社殿こと八木山がカッコつけて出来もしないことを言い出した。
「ふうちゃんなら頭いいし綺麗だから。絶対採用されるよ。詳しく話すからこの後一緒に飲もうよ」
結局、こいつは風花とねんごろになりたいだけか。
雄一は自分が奴と同じだと思うと、気が滅入った。
「ゴメン......私、今の仕事、気に入ってるから」
「うちの会社なら大きいシステム持ってるからさ、ふうちゃんのスキルアップにもなるし」
嫌がる風花に八木山がなおも食い下がる。
見ていられなくなった雄一は飛び出した。
八木山の肩に手を掛ける。
「やめろよ。嫌がってるだろ?」
「あ?」
三白眼が雄一を睨みつける。
「お前さ、ふうちゃんの話聞いてなかったのか? 彼女はこれから仕事があるんだ。お前と飲んでる暇なんて無いんだよ」
八木山の顔が引きつった。
そして吐き捨てる様にこう言った。
「バンド崩れの三流が」
周囲の空気が硬直した。
一触即発の雰囲気に皆、息をのむ。
「お前みたいな中途半端なエンジニアのせいでうちのシステムはバグだらけなんだよ」
「どういう意味だ?」
「俺はお前みたいに努力もせずに好きなことばっかりやって来て、挙句の果てに零細SIerに入った孫請け野郎が大っ嫌いなんだよ。あいつら言われたことしかしねえ」
(こいつ、自分の事、棚に上げやがって)
雄一はゆっくり睨み返すと、ドスを効かせた。
「おい、お前。全ての孫請けSIerに謝れよ」
「あ?」
「さっきから聞いてりゃ勝手なことばかり言いやがって。SIerが一番困るのはな、お前らみたいに業務が忙しいとか言っていつまでも仕様を決めない客なんだよ。そのくせ納期だけはしっかり守れって言いやがる。おい、そのシステムは何秒以内に応答すればいいんだ? 使う人間は最大何人だ? データ保持期間は? コード体系は? それくらい答えられる様になってから、システム発注しやがれってんだ!」
「くっ......」
言い返す間を与えないために、言葉をぶつけ続ける。
「いいか? システムってのはな顧客と業者が協力し合って作るもんなんだよ。帰って上司に伝えとけ。バグってのはな、お前らみたいにおごり高ぶった奴が原因で作られてるってことをな!」
雄一は言ってやったぞとばかりに、興奮で胸をドキつかせた。
パリン!
グラスが割れる音がした。
女子の悲鳴がフロア内に響いた。
「てっ......てめぇ」
「ふん、一人じゃ何も出来ないコバンザメ野郎が! せいぜい先輩の尻にくっついて仕事やった気にでもなるんだな」
千鳥足でつかみ掛かって来る八木山をひらりと雄一は避けた。
酔っ払いを避けるくらい造作も無い。
鬼の様な形相で振り返った彼に、ダメ押しでこう言ってやった。
「零細だろうが孫請けだろうが、俺はこの仕事に誇りをもってやっているし幾つものプロジェクトを責任もって完了させて来たぜ。もちろん管理者としてもプレイヤーとしてもだ。ま、お前の権限じゃ無理かもしれんがステイヤーシステムに仕事の発注をしてくれよ。お前が望むバグのない綺麗なシステムを作ってやるよ。その時はさっきの質問に答えられるようにしておくんだな」
ピンッとデコピンの要領で名刺を投げつけてやる。
留飲を下げ良い気分の雄一。
「有馬君......」
風花の熱い視線を感じて、更に気分が良くなる。
「ほれほれ、仲良く! せっかくの晴れの舞台なんだから」
しゃがれた老人の声が聞こえた。
皆、一斉に振り向く。
見ると壇上には空気のように立つ男が一人。
誰からも相手にされず寂しそうな顔をしている恩師がそこにいた。
◇
18時半。
同窓会会場の近くにある公園。
風花と雄一は二人してベンチに座っていた。
風が吹くたびに、彼女の白ワンピのスカートが揺らめき、ポニーテールから漂う甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「ほんっと、カッコ良かったよ有馬君。ノリもそう言ってたよ」
赤く腫れた雄一の左頬に冷えた缶ビールがあてがわれる。
「ありがと」
風花は雄一にその缶ビールを手渡した。
二人してプシュッとプルタブを空ける。
そして、コツンと缶をぶつけ合う。
「それにしても、大丈夫?」
雄一の目をじっと見ながら、風花が心配そうに問い掛ける。
「はは、こんなの平気だよ」
先程、八木山に殴られた個所をさすりながら笑って見せる。
同窓会が終わりロビーに出たところで、不意の一撃を喰らった。
雄一としてはそれで彼の怒りが収まればそれで良かった。
時間が経ってみると、良く考えれば言い過ぎたなと思ったこともあった。
かっこつけて自分の実績を盛り過ぎたところに中二的な恥ずかしさも感じていた。
それに、狭いこの業界。
いつどこかで八木山の仕事をすることになったらそれはそれで、このままでは困る。
だから殴り返さなかった。
そのことが周囲には大人の対応に見えたらしく、手を出した八木山が負けと言った雰囲気が漂った。
腫れた顔のせいで居酒屋には入りづらく、こうして外飲みの態となったが。
「それにしても、有馬君が私と同じIT関連の仕事だったなんてびっくりだなあ」
「俺もだよ。ふうちゃん女子アナになってプロ野球選手と結婚するって言ってたよね」
「あはは。恥ずかしいなあ」
「いや、ふうちゃんなら本気出せばなれてたよ。俺としては同じIT関連で嬉しいけどね」
雄一はグイッとビールをあおった。
「私も一緒で嬉しい。でもさ、ほんっとシステム作ったり管理したりするのって大変だね。八木山君もバグが多くて大変だって言ってたけどホントそうだよ。障害が出れば呼び出されるし」
眉根を寄せた風花はちょっとだけ缶ビールを口に付け、ホウ、とため息をついた。
「ふうちゃんって、どんな会社に勤めてるの?」
「健康食品の通販の会社。まだ設立2年目だけどね。『天然素材の麦茶石鹸』とか知ってる?」
「ああ! 知ってるよ。俺の姉ちゃんが使ってる」
「ありがと。私はそこの社内システムと通販システムのお守り。......って言うか、何でも屋さんです。一人情シスなもんで」
風花は悪戯っぽい顔で、ペロリと舌を出した。
「凄いね。一人で。俺なんか皆に助けてもらってばっかり」
「私から見たら有馬君の方が凄いよ。色んなシステムを色んな立場で経験して来たんでしょ?」
「まあ、そうだけど......」
「私、思ったんだ。有馬君が八木山君に向かって啖呵切ってた時。この人は仕事に誇りを持ってるって。この人だったらうちのシステムを任せられそうだって」
風花の瞳に真っ赤になった雄一の顔が映り込んでいる。
そして、肩が触れ合うくらいの近さ。
「有馬君、時間大丈夫?」
「うん。あと30分なら。ふうちゃんも時間大丈夫?」
「私もあと30分なら」
この後の予定は、風花は仕事、雄一はバンド練習。
アプローチするなら今しかない。
「有馬君、まだバンドやってたんだね」
「うん」
「文化祭での君のギター、カッコ良かったよ」
覚えてくれてたことに感動した。
と同時に、あのへたくそな演奏は消し去りたい黒歴史ではあったが。
「今はドラムだけどね」
「え? ギターやめたの?」
「うん。大学の時、RUSHのニールパート、ドリームシアターのマイク・ポートノイのプレイをDVDで観て感動したからドラムに転向した」
顎に手を当て冷静な感じでそう言った。
本当は音楽サークルで自分よりレベルの高いギタリストを目の当たりにして自信を無くした。
そこで、人口の少ないドラマーに逃げただけの話である。
「へぇ~何だか、すごいね」
風花の目が輝いていた。
男はもてたいために生きている。
雄一はそう思っている。
「え!? セクレタリアトのスズカともバンド組んでたの!? この前、ミュージックステーショナリーで観たよ! イレズミがドタキャンした時だよね。カッコ良かった!」
そのためには昔の仲間もダシに使うという貪欲ぶりだった。
「......ところでさ」
風花はワンピからのぞくひっつけた膝小僧に両手を乗せ、居住まいを正した。
頬を朱に染めこう訊く。
「有馬君って今付き合ってる人とかいるんですか?」
こちらからアプローチする前に、向こうから来たっ!
雄一は心の中でガッツポーズをとった。
(おお! これはもしかしたら)
数々のヒロイン達の横顔が脳裏を過る。
妄想の中でそれらと付き合ってはいた。
最後に、桜子の顔がチラリと現れそうになったところで、首を横に振る。
「いないよ」
「良かったぁ!」
風花が大きく手を叩く。
「ふうちゃんは?」
「う~ん、私はね......」
その時、彼女のバックの中でスマホが鳴り出した。
ディスプレイを見るや彼女は素早く応答ボタンを押す。
「えっ!? あ、はい! 分かりました!」
スマホを仕舞い立ち上がる。
「ごめん、有馬君。障害発生。戻らなきゃ」
つづく
コメント
VBA使い
システムってのはな「、」顧客と業者が協力し合って作るもんなんだよ。
→「、」があった方がしっくり来ます
いつ「か」どこかで八木山の仕事をすることになったら
彼女のバッ「グ」の中で
18時半。
→終わるの早くない?
まあそれはいいとして、ふうちゃん、飲んだあとに仕事ですか。(ノンアル?)
雄一君、姉ちゃんいたんや。。。
父親はどうなったのか、いつか語られるんかな?
由紀乃みたいに、利用されるだけになりそうな予感(°Д°;)