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【小説 パパはゲームプログラマー】第三十一話 賢者の人生2

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 ジェス姫は私の教えを、真綿が水を吸う様にその頭と身体に染み込ませて行った。
 彼女の成長に比例して、私の彼女への思いも膨らんで行った。
 その頃の私は、ゲームもせず、人生に退屈も感じていなかった。
 いかにして、彼女と一緒に居られるか、そればかり考える様になっていた。

「演習じゃ。コヒード山の頂上にいるグリーンドラゴンを倒して来い」

 ディオ王がある日、私達に命じた。
 グリーンドラゴンは村を襲い国民を連れ去ることで恐れられている怪物だ。
 ディオ王は、私とジェス姫の魔法の上達具合を判断するために、この怪物の討伐を命じたのだ。
 パーティ戦に慣れさせるという目的もあったため、私達には兵士の中から、肉弾戦が得意な戦士タイプと魔法も剣技も万能な勇者タイプのメンバーが付けられた。

 4人パーティでコヒード山を目指す。
 山に近づくにつれ、風が強くなる。
 まるでこちらが近づくのを拒んでいるかの様だ。
 重量のある戦士を風よけのため、先頭にする。
 皆、身体を前傾にし足を踏ん張って、飛ばされない様にして頂上を目指す。

 突如、突風の中から、鋭い風圧が生まれた。
 風が刃物の様に、戦士の身体を真一文字に切り裂いた。
 鋼鉄の鎧がパックリと割れる程の鋭さと威力だった。

「うわぁああ!」

 恐れをなした勇者がつまずきながら逃げ出そうとする。
 その無防備な背中に、再度、風の刃物が襲い掛かる。

「グリーンドラゴンか」

 まだ姿が見えない。
 どこから来る?
 私は身構えた。
 ジェス姫が倒れた二人に治癒魔法をかけている。

「姫、ここは私に任せてお逃げください。あなたも餌食になります」

 だが、ジェス姫はキッと私を睨みつけた。
 それは、今まで見せたことも無い憎しみを込めた視線だった。

「この者達から『生きたい』という意思を感じます! それを見捨てて逃げるなど治癒魔法使いの恥です!」

 その目に涙が浮かんでいた。
 私は、彼女の慈愛に触れたことで、彼女のことがますます好きになった。
 風が強くなる。
 ビリジアン色の羽を広げたグリーンドラゴンが、咆哮と共に姿を現した。
 目指すはジェス姫か。
 グリーンドラゴンの攻撃アルゴリズムは、パーティ内で攻撃の術を持たない者を狙う様に設定されているのだろう。
 風を操る怪物に対抗するには......
 火は突風で消されるし、水も突風で吹き飛ばされる。
 更に強い風で対抗すべき、そう判断した私は、グリーンドラゴンが次の攻撃を発動するまでの時間と、私の詠唱が終わり魔法が発動されるまでの時間を比較した。
 『風力《ウインド》』で行く。
 そう決めた私は詠唱を始めた。
 だが、そんな私を嘲笑うかの様にグリーンドラゴンは急に角度を変えた。

「こっちに来る!」

 突風の刃物が私の魔法の発動よりもコンマ数秒単位、早かった。
 私は、自分が死んだと思った。
 目の前で『超風力《エルウインド》』を喰らったグリーンドラゴンが真っ赤な内臓をまき散らし粉々になっている。
 ジェス姫を守れて良かった。
 そう思い、安心して死ねると思った。
 だが、私は生きていた。
 HPは1といったところか......。

「間に合った」

 鈴の音の様な声が聞こえる。
 声の主はこちらに右手の平を広げ、直立していた。

「ジェス姫......」
「マリク......」

 私がグリーンドラゴンの攻撃を受けた瞬間に、ジェス姫が治癒魔法をかけてくれた。
 彼女は私の命の恩人だ。

「風のオーブだ」

 元気になった勇者と戦士が、グリーンドラゴンがドロップしたアイテムを手にして喜んでいた。

 城に戻ると、別の戦いで傷ついた兵士達で溢れかえっていた。
 治癒魔法使いが足りないらしく、普段見ない顔の魔法使いも多い。

「手伝って来ます」

 ジェス姫は休むことも無く、治療所へ向かった。
 私はディオ王への報告のため、彼女を見送った。
 今、思えばそれが間違い(私にとっての)の始まりだった。

 生まれて初めての恋に私はどうしていいか分からなかった。
 否、どうすればいいかは分かっている。
 ただ単に、思いを告げて、それを拒否されるのが怖くて仕方が無いだけだ。
 苦悩の日々。
 私は退屈な人生とおさらばし、喜怒哀楽に満ちた人生を歩んでいた。
 それは充実した人生だった。

 私はゲームにジェス姫への思いを込めた。
 クリアすれば、私の思いがエンディングにのせてスクロールされる様にした。
 それをディオ王の玉座の下にそっと置いておいた。
 ディオ王の間を掃除するのは、ジェス姫の役割だった。
 だから、彼女が見つけてくれることを期待した。

 だが、ゲームはお転婆なジェニ姫が、王の間を荒らし回ったことで彼女の手に渡る。
 ゲームは彼女の遊び道具になった。

 どうしようも無い思いを抱えて苦しむくらいなら、告白していっそのこと楽になりたい。
 私はジェス姫を呼び出した。
 だが、結果は......

「ごめんなさい」

 生まれて初めての挫折と、虚脱感、そして彼女を失った喪失感が同時に胸を襲った。
 それでも、私は彼女の言ったことが信じられなかった。
 否、信じたくなかったのだ。
 彼女を失うということは、元のつまらない空虚な生活に戻ることを意味していたからだ。
 私は四六時中彼女の側について回った。(もちろん見つからない様に)
 時は流れ、予言通り魔王ハーデンが大地に降り立ち、王国は混乱に包まれた。
 私はディオ王の勅命を受け、ジェス姫とパーティを組んで出撃することを心待ちにしていた。
 戦いでいいところを見せれば、彼女の気持ちを変えることが出来る。
 そう思っていた。
 この期に及んでもまだ、私は彼女のことを信じていた。
 
 ある日、ジェス姫は姿を消した。
 数日後、彼女が平民と駆け落ちしたことを知った。

 私はもう、こんな世界に生きていても意味が無いと思い、自殺した。

 だが、私は死んでいなかった。

 正確に言うと生まれ落ちた瞬間、つまり赤ん坊として生まれ変わっていた。
 赤ん坊なのに、自殺前の記憶(前世)はしっかりある。
 これはきっと生前、何かのスキルに目覚めていたのだろう。
 ゲームに慣れ親しんでいた私は、これがきっと死に戻りなのだろうということに当たりを付けた。
 数年経って、ある程度物心がついた時、魔法で自分のスキルやステータスを確認した。
 思った通りだ。

 『死に戻りの無限ループ(自殺した場合のみ) セーブポイント付き』

 こんなスキルが身についていた。
 セーブポイントというのは恐らく、ループの開始ポイントを設定出来るということか?
 私は自殺する前にセーブポイントを設定しなかった。
 そのせいで、生まれた時に戻ったのか。
 どちらにしても、ジェス姫に何度もアタック出来るチャンスがこれで出来たわけだ。

 だけどダメだった。
 彼女は何度も私の思いを拒否した。
 その度に、私は自殺して、最初からやり直した。
 その度に、私はなるべく同じ生き方をしない様に心掛けた。
 些細な会話の内容や、覚える魔法の順番を変えてみたり、知り合う人間を変えてみたりした。
 私の行動で未来が変わると思っていたからだ。
 だけど、結果はいつも同じだった。

 10ループ目から私は惚れ薬の開発に取り組んだ。
 魔法の力を使ってジェス姫をものにしようとした。
 開発は難航した。
 何で、魔法が得意な私でも作れないのか。
 出来上がる前に、ジェス姫がいつも駆け落ちする。
 27ループ目。
 やっと惚れ薬、完成。
 ジェス姫の水筒の水に、そっと混入させてその体内に送り込む。

 彼女の瞳孔が一瞬、開き掛けたが、すぐに正常に戻った。
 薬が効かない。

 
 私は駆け落ちする彼女を強引に奪うことにした。
 ある夜、ジェス姫が城を出る。
 その後をつける。
 城の森の中で、彼女と手を取り合っていたのは、白装束に黒髪のあの治癒魔法使いだった。
 女同士、彼女たちは手を取り合って森の中に消えて行った。

 私は薬が効かない理由が分かったと同時に、自分の努力が徒労に終わったことを感じた。

 私はセーブポイントを設定することにした。

「静止点《スナップショット》」

 ジェス姫が私から去った日がセーブポイントになった。
 
 虚無感に満ちたつまらない人生が再び始まるのだけは避けたかった。
 だから、私は魔王ハーデンに期待した。
 これまで何度もループして、人の何倍もの経験を積んでいる私を倒せるのは魔王だけだ。
 だが、魔王ハーデンは弱過ぎた。
 私以外のパーティの仲間達は、苦戦していたようだが......
 とにかく、余りの弱さに私は失望した。
 平和が訪れた。
 私はつまらない人生にため息が出た。
 私は自殺した。

 セーブポイントに戻った。
 その証拠に、ジェス姫とその想い人が手を取り合って森の中へと消えて行く。
 私はそれを見送ると、今後、どうするか考えた。
 そうだ、私を楽しませてくれる者を育てればいい。
 そう考えた私は、パーティメンバーを自ら探すことにした。

 ギルドで勇者気取りのグランに声を掛けた。
 こいつは口先ばかりで、大して強くもない。
 だが、野心があるから育て方次第で私を楽しませてくれるかもしれない。

「グラン、お前の好きな女のタイプを教えてくれ」
「そんなの訊いてどうするんだ?」
「見つけといてやるよ」
「ありがたいけど......何で?」
「魔王討伐パーティのメンバーのモチベーションが上がるなら、私は何だってするよ」

 表向きグランをリーダーという形にして、私はメンバー集めを始めた。
 イケメンのグランが爽やかな挨拶と共に声を掛ける。
 皆、好印象を抱きパーティに加わってくれた。

「次はあいつだ」

 そして私が最後に選んだのがケンタだった。
 彼は街の片隅で、背中にたくさんの荷物を背負い行商みたいなことをしていた。

「あんな弱そうな奴を?」
「うむ」

 グランは不承不承と言った感じで、ケンタに声を掛けに行く。
 あんな雑魚、私だってある理由が無ければパーティに入れる気はなかった。
 グランが戻って来て、こう言う。

「断られたよ」
「分かった。ディオ王から勅命を出してもらおう」

 私は勅書を携えて、教会に向かった。
 教会は所々にゴミの山が点在するスラム街の、ど真ん中にあった。
 孤児院が併設された教会は薄汚くて、すえた匂いがする。
 私は思わず顔をしかめた。

「ケンタが......ですか?」

 シスターマリナは目を丸くしていた。
 彼女を見るのはこれで二度目だった。
 一度目は街で見掛けた。
 その時は、ケンタと孤児を連れて買い物しているところだった。
 グラン好みの女が見つかった。
 私はそう思うと、今後のストーリー展開にこの女を組み込めば、面白いことになると思った。

「ケンタ君は真面目なので、是非、我がパーティで働いてもらいたい」
「ありがたいお話ですが......、うちのケンタは、力にならないと思いますよ」
「勲章を与えられ、ディオ王に召し抱えられるチャンスでもあります」
「名誉の問題ではなく......」

 私は言葉の端々からケンタに対するマリナの愛情を感じ取った。
 彼女は彼の名誉よりも彼の命の方が大切なのだ。
 これはますます面白くなりそうだ。

「見れば、この教会、ボロボロじゃないですか。ところどころ虫が湧いてて衛生的じゃない。雨漏りも酷い。大切な子供たちが病気になってしまいますよ」

 私は教会の壁をペシペシ叩いた。

「報酬の半分を前渡ししますよ」

 マリナはそれでも断った。
 だが、それを聞きつけたケンタが割り込んで来た。
 もうかなり前から、壁の向こうで気配は感じていた。
 私はケンタに語り掛けていたのだ。

「マリナさん。僕、行ってきます!」
「ケンタ、でも......」
「だって、お金があれば皆、好きなものが食べられて、穴のあいていない服が着れて、綺麗な教会に住めるでしょ?」

 マリナは眉根を寄せ困惑した表情だ。
 ケンタは純粋なのだろう。
 マリナの役に立ちたい一心なのか、鼻息荒くこう言う。

「孤児だった僕をここまで立派に育ててくれた牧師様や皆、そしてマリナさんに恩返しがしたいんです!」

 マリナは目に涙を浮かべていた。
 それは、嬉しさと悲しさがない混ぜになったものだろう。
 私はそう思った。

 こうしてケンタの魔王討伐パーティ入りが決まった。

 私はケンタを育てることにした。
 グランは彼にとっての良い敵役になってもらう。
 全ての黒幕は私で、それに気付いたケンタが私を倒してくれるはず。

 パーティメンバーにとっては初めての魔王討伐だったが、私にとっては3度目だった。
 魔王の居城があるコールドマウンテンまで道のりは二つある。
 平坦で怪物がほとんど現れないルート。(そのため道中に街が多い)
 険しく怪物が沢山現れるルート。(そのため道中に街が少ない)
 前者は一回目に旅したルートで、怪物がほとんど現れなかったためメンバーが育たなかった。
 必然的にメンバーは低レベルなまま旅は進む。
 そのため、途中で現れる中ボス(ボスキャラはどちらのルートを選んでも必ず現れた)に私以外のメンバーは殺されてしまった。
 私が望む人間関係が構築される前に、メンバーが死んでしまっては面白くない。
 後者は二回目に旅したルートで、怪物が次々と現れる。
 その多さについていけないメンバーは死んだり脱落したりした。

 これらの経験を踏まえ、私はあえて後者のルートを選択した。
 途中にある村や街を拠点にしつつ、メンバーをじっくり育てながら、ゆっくり時間を掛けて進むことにした。

 グランを中心に戦闘を重ねさせた。
 後衛で私は治癒魔法と補助魔法(防御力の強化や、素早さの向上など)を使い、メンバーの援護に努めた。
 最初は大して強くもないメンバーだったが、私の指導と援護のお陰でみるみる成長して行った。
 ただ一人、ケンタを除いては。
 彼は戦闘に参加させず雑用ばかりさせた。
 メンバーからの理不尽な要求を彼に与え続けた。
 ケンタのフラストレーション、つまりメンバーへの復讐心を育てるのが狙いだった。
 ステータスが上昇し、どんなに強い魔法や武器を使いこなせたとしても、私を倒せないだろう。
 相手を憎み倒してやろうという気持ち、それこそが、彼の存在証明となり、人智を超えた限界突破に繋がるだろう。

 だが、ケンタは

「はい」

 と、文句も言わずメンバーからの無理難題をこなしていった。
 たった一人でゴブリンの群れに飛び込ませた。
 彼が倒した怪物がドロップした素材を、全て奪った。
 大量の荷物をその小さな背中に背負わせた。
 だが、

「はい」

 彼は、笑顔でこなしていた。
 それが、マリナのためと言わんばかりに。

 遂に魔王ハーデンを討伐した。
 グランは王となった。
 私は彼にケンタを平民にすることを奨めた。

「さすがにそれは可哀想だろ」

 グランは難色を示した。

「ケンタは、今までこき使ってきた私達に恨みがあるはず。きっと反乱を起こすだろう。権力を与えないほうがいい」

 私の提案は受け入れられた。

 ケンタには栄誉も報酬も与えられなかった。
 さすがに、怒りに燃えるだろう。
 私はそう思った。
 だが、彼は教会に戻りマリナと一緒に孤児院の仕事をしていた。
 遠くから見る彼の顔は幸せそうだった。

 こうなったら、ケンタの一番大切な者を奪うしかない。
 突然、ジェス姫の顔が思い浮かんだ。
 愛する者を失う辛さを思い出し、心がズキンとした。
 だが、私は心を鬼にした。
 私の人生のために。

 闇の先に光が見えて来た。
 そろそろセーブポイントだ。

賢者の人生編 おわり

★年末の予定

12/17(木) 第三十二話

12/18(金) 第三十三話

12/21(月) 第三十四話

12/22(火) 最終話

12/24(木) あのシリーズの前編

12/25(金) あのシリーズの後編

Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

木曜日からの怒涛のような投稿、期待してますw

VBA使い

国民「を」連れ去ることで恐れられている怪物だ。


攻撃の術を持た「な」い者


『風力《ウインド「ウ」》』で行く。
→@ITだから、どーしてもWindowに思える。ついでに"s"を付けたくなる


グリーンドラゴンは急「に」角度「を」変えた。


真っ赤な内「臓」をまき散らし
→あるあるですね。「内臓ディスク」


この「期」に及んでもまだ、


私はセーブポイントを設定することにした。
→大事なポイントなので、何か描写があるといいと思います。
「静止点《スナップショット》」と詠唱するとかw


メンバーの援護に「努」めた。
→もしくは、メンバーの援護「を」勤めた。


どんなに強い魔法や武器を使「い」こなせたとしても、


最近、仕事で分析報告書を書くことが多いのですが、その校正も、こっちの校正みたいに楽しくできたらいいのになぁ
(マリクみたいですみませんm(_ _)m)

湯二

桜子さんが一番さん。


>怒涛のような投稿
歳末大売り出しか、閉店セールか。
まだ閉店しないけど。

湯二

VBA使いさん。


コメント、校正ありがとうございます。


イヤー、多かったですね。
自分でも何回か通しで読むけど、見つけきれないです。
描いた本人だから脳内で補完するのでしょうか。


「静止点」はいいですね。
そのまま使いました。
バックアップを取得するとき、決めないといけない時ですね。
そう言う意味では、人間は過去に戻れないけど、データは過去に戻れるんですよね。


>仕事で分析報告書を書く
本業に差し支えのないよう、こちらの方もよろしくお願いいたします。

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