【小説 パパはゲームプログラマー】第三十四話 最後の商才1
僕とジェニ姫の復讐により、黒幕のマリクは消滅した。
王国に本当の平和が訪れた。
一年後。
ディオ王が王の座に戻り、国を治めることになった。
王国はグランの圧政でボロボロだった。
だが、ディオ王はその卓越した政治的手腕を振い、王国を復興させつつあった。
僕はというと......
『ケンタ株式会社』
僕の会社である二階建ての建物の看板には、そう書いてある。
二階にある執務室で僕は仕事をしている。
「船長、『荒い熊の毛皮』は、メルル王国からどれくらい輸入出来そうですか?」
左目に眼帯を当てた髭面のイカツイ船長はこう答えた。
「100枚は行けると思う」
僕は考えた。
荒い熊の毛皮は、コートや毛布の素材になる。
今のうちに買い付けておくに越したことはない。
「もう少し、増やせませんか? 寒くなる季節に向けて需要があると思うので」
「分かった。交渉してみる」
船長は頷いた。
彼は僕がタケルの国でタピオカミルクティー屋をひらいた時、出資してくれた恩人だ。
今は、僕の会社の幹部として働いてくれている。
「ケンタ、今いい?」
「何ですか? サチエさん」
このキリッとしたお姉さんもまた、タピオカミルクティー屋に出資してくれた恩人だ。
彼女も僕の会社の幹部だ。
「南イタヲ山に住む、十角《じゅっかく》ドラゴンの討伐案件、いくらで募集する?」
十角《じゅっかく》ドラゴンはその名の通り、頭に十本の角を持った凶暴なドラゴンだ。
最近、村を襲うことで有名だ。
魔王がいようがいまいが、怪物との戦いは定期的に続くのだった。
「う~ん。1000万エンで」
「分かった」
サチエは頷くと、足早に一階のギルドへ向かった。
僕の会社はギルドも運営している。
ありがたいことにディオ王から直々に仕事の発注が来る。
そのお陰で、金銭的に困ったことは無い。
サチエには、ギルドマスターをしてもらっていた。
彼女のお陰で、ギルド運営は心配無かった。
「そうだ」
十角《じゅっかく》ドラゴン案件は、難易度が高そうだから成功したパーティには特別ボーナスを出そう。
「さてと」
一通り皆に指示を出し終わった僕は席を立った。
「しっかりやってるみたいだな」
街の真ん中にある魔法学校。
魔法剣士のカズシが、生徒達に魔法武器の使い方を教えている。
僕がチナツの国で作った魔法学校は評判を呼び、王国の様々な街で開校している。
街には僕が関わった商売が沢山活動していた。
正確にはケンタ株式会社が関わったものだが。
僕の会社は社員数一万人の大企業になっていた。(ちなみに、株式会社という概念を持ち込んだのは僕が初めてだ。それを参考にして、王国には数々の会社が興った)
工場に倉庫、飲食店に、遊園地。
直接関わったものも、間接的に関わったものも、気になるので毎日様子を見て歩く。
そして、僕はある場所まで行くと歩を止めた。
「あっ、ケンタさんお疲れ様です」
栗色の髪が揺れる。
顔上げると猫の様に大きな目が輝いていた。
治癒魔法使いのシヲリだ。
彼女はコブチャの国で色々と世話になった。
今は僕の作ったこの病院で、女医を務めてくれている。
「ジェニ姫の容体はどうですか?」
「......いつも通りです」
僕とシヲリが毎日交わす、変わらぬやり取りだった。
「でも、今日はちょっと右手が動いたんです」
「え?」
「は、はい。微かにですけど」
僕の大きな反応に、シヲリが気圧されている。
彼女が僕に気を使っているのが良く分かる。
ジェニ姫は僕が知っている限り、あの日からピクリとも動かなくなった。
「ジェニ姫......」
西日が差す病室。
全てがオレンジに染まっている。
瞼を閉じたままベッドに横たわるジェニ姫。
僕は彼女の手を握った。
ジェニ姫の意識は一年前から失われたままだった。
「いくらマリクが悪い奴でも、ズルをして倒したからバチが当たったのかね」
僕は冗談ぽく、ジェニ姫に語り掛ける。
だけど、彼女の瞼は閉じたままだ。
唯一の救いは、彼女が美しいままだということだ。
ジェニ姫の枕元に置いてある物体。
僕は視線を、それに向けた。
その物体は、黒い横長の四角形で真ん中に数字が表示されている。
『521/9999』
僕が眺めている間にも、520、519、518と不規則な時間間隔で数字が減っている。
「ケンタさん。ポーションの時間です」
注射器を持ったシヲリが入って来た。
シヲリは寝間着姿のジェニ姫の腕を取り、袖を肘までまくり上げた。
針を腕に当てる。
血管を通して、ジェニ姫の身体中にポーションが行き渡る。
黒い横長の四角形の物体、つまり『HP測定器』に表示された数字が徐々に上がって行く。
ものの数秒で9999にまで達した。
「これでまた、24時間持ちますよ」
シヲリがジェニ姫の腕を消毒しながら言う。
彼女の身体は勝手にHPが減って行く。
意識を失ってからずっとそんな状態だ。
それはつまり、放っておくと死ぬということを意味していた。
「ハッキリしたことは言えませんが......チートして強化した身体には相当な無理が掛かっているのではないでしょうか。だから、生命を維持するだけでHPが減って行くのかなと......」
この現象に対してシヲリは彼女なりに考えた説を、僕に教えてくれた。
「ケンタさん。大変ですね」
「いえ、そんなことありません。僕は幸せです」
定期的にポーションをジェニ姫に投与する生活。
それは僕にとって大変なことだった。
ポーションは『スライムの欠片』から作られる回復アイテムだ。
ジェニ姫のポーションは『スライムの欠片』を大量に使い、濃縮させた特注品だった。
ジェニ姫のHPはその特殊なポーションでしか回復しないのだ。
特注なだけに、当然、素材の値段も、作る金も掛かる。
それらの費用は僕の会社の儲けをほとんど食いつぶしていた。
だから、僕は会社が発展して莫大な利益を得ても、未だに掘立小屋に寝泊まりしていた。
食事も、卵掛けご飯だけの質素なものだ。
だけど、僕は本望だった。
全てはジェニ姫のためだ。
彼女は僕の生き甲斐だった。
◇
一年前。
「よくぞ、グランとマリクを倒してくれた。礼を言うぞケンタ」
玉座に座ったディオ王は、僕の労をねぎらった。
「お主を公爵にしよう」
「はい」
僕は平民から一気に貴族になった。
「ところで、ディオ王様」
「なんじゃ?」
「ジェニ姫の様子はいかがですか?」
僕の質問に、ディオ王は困ったようにあご髭を撫でる。
「それがの......、まだ意識が戻らんのだ」
「そうですか......」
彼女は復讐を遂げた日から、ずっと植物状態だった。
僕はいまだに信じられなかった。
あれほど喜怒哀楽の豊かなジェニ姫が......何故?
治癒魔法使いや医者達は口々にこう言った。
腐ったチートの実を食べたせいだ、と。
だが、誰も本当の原因ははっきりとは分からない。
「お見舞いに行ってきます」
ジェニ姫の自室。
彼女は天蓋に覆われた大きなベッドに横たわっていた。
白い絹の寝間着に包まれている。
「ジェニ姫......」
白い面《おもて》に呼び掛ける。
あの時、伝えたかった言葉を、目が覚めたら伝えたい。
それから一ヶ月後。
「ケンタよ」
「何ですか? ディオ王様」
ディオ王は白いひげを、いつもより沢山撫でている。
今日の彼はやけに落ち着きが無い。
「ジェニのことじゃ......」
「は、はい」
僕は嫌な予感がした。
「あいつのことは諦めようと思う」
僕はズーンと力が抜け、この場に立っていられない気分になった。
ディオ王の目には沈んだ色が浮かんでいた。
「見殺しにすると言うのですか!?」
「仕方のないこと......なのじゃ」
ジェニ姫の生命を維持するためには、特殊なポーションが必要だった。
その費用は王国の財政を圧迫するほどだった。
「我が娘のために、国民の血税を使い続ける訳には行かんのじゃ」
ディオ王はずっと苦悶の表情を浮かべていた。
彼にとって苦渋の決断を下したことが、僕にも伝わった。
だけど......
「ジェニ姫はこの国を救った恩人でもあるのですよ。そんな人を......」
僕の声は自分でも分かるほど震えていて、目からは涙が零れそうだった。
「分かっておる。だがな、ケンタよ。このままでは王国は財政難に陥り、国民に苦労を強いることになる」
「ですが......」
「良く聞け、ケンタよ。99人を救うために、1人に犠牲になってもらう。国を治めるとはな、そう言うことなのじゃ」
僕は非情な運命に涙が止まらなかった。
「話は変わるが、ケンタよ」
「......はい」
「お主、わしの後を継いで国王にならんか」
ディオ王には息子はいない。
ジェス姫は死んだし、ジェニ姫はあの状態だ。
「お主なら、わしは安心してこの国を任せることが出来る。妃はメルル王国のアリン姫を......」
「お断りします」
僕の心は決まっていた。
ディオ王は目を見開いたまま、黙り込んでしまった。
「ディオ王様。僕を平民に戻して下さい。そして、ジェニ姫を僕に下さい!」
平民になれば自由に商売が出来る。
僕の願いをディオ王は受け入れてくれた。
そして、優しい声でこう言った。
「こうなった以上、お主がそう言うのは分かっておったわい。ジェニをお前に授けよう」
「ありがとうございます」
そして、僕は平民になり城を後にした。
ディオ王様は沢山の餞別という名の退職金をくれた。
その金で、当面、ジェニ姫を延命させるだけのポーションを手に入れることが出来た。
僕はその間に、会社を興し商売を始めた。
商売が発展するにつれ、昔の仲間達(船長、サチエ、カズシ、シヲリ、etc......)が集まって来てくれた。
「ケンタは俺達の恩人だからな!」
「そのケンタが愛する人も、私達の恩人よ!」
皆、そう言ってくれた。
◇
そして、現在。
「きっと、君を目覚めさせる」
僕はジェニ姫の手を握り、改めてそう誓った。
僕はジェニ姫を目覚めさせるために、人々にこう呼び掛けた。
「目覚めさせた人には、僕の全財産をあげる」
この呼び掛けに、沢山の人が押し寄せて来た。
「面白いコントを披露します。笑いで自然と目が覚めるでしょう」
そう言いながら現れた村人3人組のコントは、僕から観てもちっとも面白くなかった。
もちろん、ジェニ姫だってクスリとも笑わない。
「我が氣で、目覚めさせてしんぜよう」
白装束に長髪の祈祷師はジェニ姫の身体に手をかざしたが、わずかに埃が舞うだけだった。
僕は毎日、期待と落胆の狭間で見悶えていた。
そんなある日--
僕の半分くらいの背丈しかない老人が現れた。
編み笠に袈裟といういで立ちの老人は、小袋を僕の目の前に差し出した。
そして、こう言った。
「これを飲めば、目が覚める」
そう言った。
袋の中には小豆くらいの小さな黒い粒が入っていた。
「これで......ですか?」
「そうじゃ。だけど、一粒しかやらんからな。お試しだからな」
老人は僕に黒い粒を僕に手渡した。
僕は果たして、これをジェニ姫の口に入れていいものかどうか迷った。
「もしかして毒かも、とか思っておるのか? ならば今すぐその場で、窓の外に捨てよ」
老人の言葉が余りに自信に満ちていたので、僕は捨てることが出来なかった。
ジェニ姫の桜色の唇に黒い粒を当てる。
吸い込まれるようにして、黒い粒は彼女の口の中に入って行った。
「あ......」
緑色の静脈が浮かぶほど白いジェニ姫の手が、ピクリと動いた。
「姫! ジェニ姫!」
僕は彼女の手を取り、呼び掛ける。
やっと、その目が開く。
僕は期待と嬉しさで胸がいっぱいになった。
だけど、それは一瞬の出来事だった。
彼女はまた元の通り、意識を失った。
「お爺さん!」
自分でも大きな声を上げながら振り返った。
開け放たれたドア。
廊下に出ても、もう老人の姿は無かった。
またあの老人が現れるのではないか、僕は日々そう思いながら過ごしていた。
「あの老人は、『お試し』だと言っていた。ならば、ちゃんとした物を手に入れれば、ジェニ姫を目覚めさせることが出来るのだろうか」
僕はその老人を、商売のネットワークを使って探した。
老人はメルル王国の片隅で暮らしていた。
「よく来たな」
「あの黒い粒、あれを譲っていただけませんか?」
最後の商才編 おわり
コメント
桜子さんが一番
なるほど、いい展開です。
VBA使い
顔「を」上げると
彼女「に」はコブチャの国で
ジェニ姫に「投与する」生活。
→摂取だと、口から摂るイメージがあります
ちっと「も」面白くなかった。
→そういえば、たまたま昨日、M-1でしたね
「これを煎じて飲めば、目が覚める」
桜色の唇に黒い粒を当てる。
→飲ませ方が違うような?お試しだから?
湯二
桜子さんが一番さん。
さて、いよいよこれで終わりです。
湯二
VBA使いさん。
校正、コメントありがとうございます。
修正しました。
M-1も途中まで見たけど、飽きて、早めに寝ました。