【小説 パパはゲームプログラマー】第三十話 賢者の人生1
高いところが好きな私は、尖塔の天辺まで登り地上を見下ろしてみる。
先程まで勝負していた(勝負といっても一方的な私の勝利なのだが)ジェニ姫が倒れている。
その横に、元雑用係のケンタ。
二人の死体の周りには、黒い軍服の親衛隊の死体の山。
「今回はまた、違った感じの戦いだった......」
いつもの彼らなら、グランの間で戦い、グランに殺されるのがオチだった。
今回は中庭での死闘から、グランを一気に飛び越して私と一戦交えることになるとは。
それにしても、ループするごとにジェニ姫とケンタの関係が変化している。
今回のループでは、一方的だったジェニ姫の思いをケンタが受け入れる様になっていた。
「まさか......」
私は地上に降り立つべく、尖塔から飛び降りた。
身にまとうローブを膨らませ、落下傘の様に緩やかに地上を目指す。
丁度、ジェニ姫の横に足が着いた。
安らかな死に顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
その顔には、私が愛したただ一人の女性、ジェスの面影があった。
私は、ジェスが彼女の恋人と駆け落ちしたのを知ったその日、自殺した。(でも、こうして今も生きているのは、私のあるスキルのせいだ)
私はジェニ姫の死に顔に見とれていた。
何とか我を取り戻し、首を横に振る。
過去の思い出を振り払った。
魔法発動機械を取り出し、ボタンを押す。
「能力監視《キャパシティーモニター》」
画面にそう表示されると、ジェニ姫から50cmほど上方に文字が浮かび上がる。
彼女のステータスだ。
Lv.5999
スキル :水属性の魔法(最上級)、召喚魔法(下級)、生前の記憶
攻撃力 :5104
防御力 :2567
HP :0
MP :1024
素早さ :5910
知力 :6213
運 :3501
「生前の記憶......」
そうか。
ジェニ姫は私の血を大量に浴びたことで、私のスキルの一部を受け継いだのだ。
ループするたびに、彼女達の戦い方が変化して行ったことにも説明がつく。
「可哀そうに......」
私は彼女の白銀の髪を優しく撫でた。
今頃、彼女は暗闇の中をさまよっていることだろう。
いつ、ループ出来るのかと......。
「ジェニ姫、残念だがあなたが死んでもこの世界はループしません。あなたは勘違いをされています。あなたの死が世界をループさせているのではなく、私の自殺がこの世界をループさせているのです」
無駄と分かっていても、死体に向かって噛んで含める様に教えてあげた。
私は魔法発動機械を手にした。
ターゲットを自分に設定する。(通常は向かってくる敵にターゲットを設定するので、これは異常な設定である。だから、魔法発動機械が警告音を上げているが、私は一向に構わない)
選択した魔法はジェニ姫を葬った「雷撃《ライトニング》」。
自ら死刑執行人となり、刑発動のボタンを押下する。
魔法発動機械から発せられる雷撃は私を一撃のもとに葬った。
私のスキルが発動する。
『死に戻りの無限ループ(自殺した場合のみ) セーブポイント付き』
ランダムな長さの暗闇の時間を経て、世界は私が設定したセーブポイントまで巻き戻る。
今度こそ、私を倒してください。
◇
私の意識は暗闇の中を漂っていた。
この暗闇で過ごす時間は、毎回長さが異なる。
これは、私の考えだが......
私が暗闇で過ごす間、世界の再構築が行われているのだろう。
私が設定したセーブポイント。
その時点を目指して世界の再構築が行われているのだ。
従って、ループ前の世界(私が自殺するまでいた世界)の変化の仕方(何人の人が死んだとか、建物の破損状況とか)で、再構築の時間が変わるのだと思われる。
まあ、この暗闇の時間は、ゲームでいうところのロード時間みたいなものだ。
その時、その時で、データ量(世界の変化の仕方)が異なれば、ロード時間も変化するということか。
私がこういう風に、何でもゲームに置き換えて考える癖がついたのは、父親のお陰だ。
私はこの時間、自らを振り返ることを常としている。
私の父はゲームプログラマという職業だったらしい。
らしいと付けたのは、父が仕事しているのを見たことが無いからである。
どちらにしても、この世界には存在しない職業だ。
父は自分の仕事に誇りを持っていた。
だから、仕事の素晴らしさを伝えるために父は私にある物を作り、遊ばせた。
それが『ゲーム』だった。
長方形の箱の真ん中に透明なガラスが張られている。
STARTボタンを押した。
ガラスにドットというブロックで描かれたキャラクターが表示された。
その瞬間から、私の感動は約束されていた。
私の意のままに、ピコピコと音を立てて動くキャラクター。
強い敵に何度もチャレンジし、創意工夫の挙句に倒した時の達成感。
作り手の思惑の裏をかいて、理不尽な謎を解き明かした時の爽快感。
世の中にこんなに面白いものがあるとは。
しかし、父はどうやってこれを作ったのだろうか?
「この世界にある素材の性質は、私が昔住んでいた世界にあった素材の性質と非常によく似ている」
だから、作ることが出来たそうだ。
それはそれとして、この世界にこんな高度な機械を作るテクノロジーは存在しないのでは?
「昔住んでいた世界?」
「いい機会だ。マリク、お前に話しておこう」
父はチキュウという星のニホンから来たらしい。
仕事のデスマーチ(過酷な労働のことらしい)中、意識を失い、目を覚ましたらこの世界にいたとのこと。
私はそのことに対して驚きは無かった。
何故なら、その頃の私は既に召喚魔法の初歩を習得していた。
だから、異世界から偶然であれ、必然であれ、何者かが召喚されることは私の中では有り得ることで、常識だった。
父は誰かの気まぐれでここに召喚されたのか、時空の歪みに入り込んでここに迷い込んだのかは分からないが、そんなことはどうでも良かった。
それよりも、父がこの世界には存在しないテクノロジーを用いることでコンピュータなるものを作り上げ、ゲームをプログラミングしたということの方に私は関心をそそられた。
私の母(平民の普通の女だ)と父は街の路地裏で出会った。
異世界から転移した父を、母が介抱してあげたことが、私のルーツになる。
私はどちらの祖先から才能を受け継いだか分からないが、魔法に関しては才能に恵まれていた。
誰もが四苦八苦して習得する魔法を、息を吸うよりも簡単に覚えることが出来た。
私は逆に他の者達が何で出来ないのか不思議でならなかった。
こんなもの、本を読み、教師が実践する通りにやれば出来るではないかと。
人は私のことを『神童』と呼ぶ様になった。
父は魔法の無い世界に生まれたらしいので、私は母方の祖先から何かを受け継いだのかと思った。
だが、母に訊いてもそんな祖先はいないと言う。
ならば、単純に天から与えられた才能なのだろう。
身体の弱さと、やや力が無いことが弱点と言えば弱点だが、それを補って余りあるほどの魔力を私は備えていた。
恵まれていると人は思うだろう。
だが、私にとって見れば、困難の無い人生は退屈で仕方がなかった。
もう少しステータスに難があれば、スリルのある人生が遅れたのにと、ゲームをしながらいつも思っていた。
まもなく、私は学校に視察に来たディオ王に認められ、平民の身でありながら城に召し抱えられた。
ディオ王国は一見平和だが、魔物の脅威と隣り合わせだった。
国民が魔物に襲われたといった事例が、年に数百件はある。
そのため、ディオ王直属の『魔物討伐団』が結成された。
城に召抱えられた私は、まず魔法の教育を受けることになった。
魔物討伐団の一員になるために。
教わる内容は専門的なものだった。
平民の学校で教わる内容が難易度1なら、城の魔法学校で教わる内容は、難易度100はあった。
そのカリキュラムに着いていけるか不安を覚えた程だ。
辺りを見回すと私と同じ様に、才能を見いだされた十代の少年少女がいた。
その聡明な彼ら彼女らの横顔に、私は圧倒された。
自分はこれからどうなって行くのか、不安になった程だ。
それは、今まで退屈と感じていた人生がスリリングなものに変わるのでは無いかという期待の裏返しでもあった。
だけど、その期待は脆くも崩れ去った。
どんな魔法も私にとっては簡単過ぎた。
魔力が強過ぎて、発動される魔法を制御することの方が大変だった。
いつしか私はカリキュラムを自習で消化してしまい、学ぶことが無くなっていた。
その頃から私は、自分がどこまで成長し何者になれるかを計算する様になった。
寿命が80歳だとすると、どこまでやれるのか。
この国で学べる魔法を習得し、それを行使して襲来して来るモンスターを倒す。
戦果に応じて地位を得られたとして、その先の見通しは、たかが知れていた。
子供の頃に、自分の人生の到達点を知ってしまった。
私は失望した。
これじゃ、タネを明かされた手品を見せられているのと同じだ。
父の作るゲームだけが心の拠り所だったが、それもだんだん飽きて来た。
「もうマリクは僕のゲームじゃ満足出来ないみたいだね」
父は息子の成長を喜んでいるかの様な笑顔だった。
私は自分で自分を楽しませることが出来るようなゲームを作ることにした。
年月は過ぎ--
ある日、ディオ王に呼ばれた。
「娘の教育係をお願いしたい」
玉座に座るディオ王は、私にそう命じた。
「ジェニ姫のことでしょうか?」
「いや、違う。そうか、お主はまだ会ったことが無かったか。ジェニの姉、ジェスじゃ」
小さい頃から、ジェス姫はメルル王国に留学していた。
それがこの度、帰国することになったらしい。
「ジェスを立派な治癒魔法使いにしたいのじゃ。そして、お主を中心とした魔王討伐パーティの一員にしてやってくれ」
3年前、黒い流れ星が落ちた。
それを見たディオ王は『魔王』が襲来することを予言した。
来たるべき魔王の襲来に備え、ディオ王の号令の元、国中には多数のギルドやパーティが結成されていた。
当然、王家配下の者達で構成されたパーティも何組か結成されていた。
私は無意識に、今後の人生の変化について計算していた。
「ジェス、こちらに参れ」
ディオ王が声を上げると、王の間の扉が開いた。
コツコツとヒールが鳴る音がする。
私が振り返ると、そこには彼女がいた。
「はじめまして。ジェス・アフォン・エスタークです」
ジェスのブラウンの瞳が、私の黒い瞳と合う。
その瞬間、私の閉塞していた人生に風穴が開いた。
所々に白い花模様のレースをあしらった臙脂色のドレス。
スカイブルー色した腰まである長い髪が、明かりに照らされて白から青にグラデーションを描いている。
「よろしくお願いいたします」
鈴が鳴る様な声が、私の耳を心地良くさせた。
卵型の顔は白くて、頬に朱が差している。
切れ長の目は、妹のジェニ姫と大きく異なる。
が、そこは姉妹。
顔のパーツは異なっても雰囲気は共有している。
ジェス姫は妹のジェニ姫(お転婆で気が強い)を大人にして、更にクールにした感じだ。
それにしても、ディオ王の遺伝子からよくこんな綺麗な娘が生まれたかと感心していた。
ディオ王は黙ったままジェス姫を見つめる私に視線を送り、こう言った。
「マリク、ジェスをよろしく頼むぞ」
次の日から、ジェス姫に治癒魔法を教える日々が始まった。
毎日の様に、魔物との戦闘で傷付いた兵士が城に戻って来る。
軽傷の者は、私達とジェスがいる治療所に運び込まれる。
「小傷治癒《スモールスクラッチヒーリング》」
ジェス姫が兵士の膝に手をかざす。
兵士の擦り剝けて赤肉が見える膝が、みるみるうちに治癒されて行く。(具体的には皮膚が再生されて傷口が塞がって行く)
「ありがとうございます」
兵士はしっかりとした足取りで、兵舎に戻って行った。
「むしろ、お礼を言いたいのはこちらですけどね」
ジェス姫が笑顔で私に声を掛ける。
ディオ王は軽傷の兵士達を、私達に任せる様にしていた。
それは、ジェス姫の治癒魔法修行のためだった。
まさに、傷付いた兵士は魔法修行のための材料だった。(こんな例えをすると彼女に嫌われるので言わないが)
「それにしても、姫は上達が早い」
「ありがとうございます。留学先でも独学してたんです」
ジェス姫はディオ王に命じられて治癒魔法使いになったわけでは無かった。
その理由をこう言ってた。
彼女が子供の頃。
護衛を連れて街を視察していた時のことだ。
馬車にはねられた男をがいた。
その男は体中のいたるところから血が出ていた。
街中で突然起きた大事故。
ピクリとも動かない男に、皆、動揺し何をしていいか分からない様だった。
ジェス姫もまた、初めて見る瀕死の人間を前にして慄いてしまい、動けなくなっていた。
その時、人混みの中から白装束をまとった黒髪の女が現れた。
「その人が、事故でけがをした人を治癒魔法で治したんです」
男が元気になって行くのを見たジェス姫は誓った。
人を助ける治癒魔法使いになろうと。
「それで、姫の将来を決めるきっかけになった治癒魔法使いはどこへ?」
「何も言わずに、去って行きました。だけど、私は彼女と目が合った時、しっかりと彼女の顔を覚えました」
私は瞳孔が開ききったジェス姫に、何か嫌な予感(私にとって)がした。
つづく
コメント
VBA使い
馬車にはねられた男「が」いた。
治癒魔法使いはどこへ?
→一瞬ミナージュかと思ったが、彼女は白髪だった
なんだかんだ、ITっぽい話になりましたねw
桜子さんが一番
そろそろクライマックスですか、楽しみです。
湯ニ
VBA使いさん。
コメント、校正ありがとうございます。
細かい設定まで覚えてますね〜。
>ITっぽい話
最後ちょっとだけ、ですね。
湯ニ
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
クリスマスはあのシリーズの短編をやります
白栁隆司@エンジニアカウンセラー
タイトルから、
「アラフォー男性が書いたなろう的な作中作」
と予想して読んでいたのですが、ここで見事に僕の予想が外れたわけですね!
ちょっと心を入れ替えて、改めて頭から読み直してきます。
湯二
白栁隆司@エンジニアカウンセラーさん。
コメントありがとうございます。
>改めて頭から読み直してきます。
強引な展開を受け入れていただきありがとうございます。
タネが分かったところで、頭から読むと色々発見があるかもしれません。