月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2009年1月号)をお求めください。もっと面白いはずです。
なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。
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若者は、常に異性からモテるかどうかを意識している。ところが最近のIT業界は人気低迷気味である。社会の構造が悪いのだろうか。それとも個人の問題なのだろうか。今月は、その両方の話をする。
●モテるITヒーロー
以前、「もてるIT Hero」の話をした。この時はIT業界というより「アキバ系」についてだった。アキバ系とは「秋葉原系」の略で、秋葉原を中心とするコンピュータやアニメ、ゲームなどに対して深い造詣と極端な嗜好を示すマニアを指す。
ところが、IT業界を見渡すと「アキバ系」が徐々に減りつつあることに気付く。家庭でのPC世帯普及率は85%となったし(*1)、ビジネスでもITが一般化して久しい。テレビを作っている人みんながテレビマニアではないように、IT業界に勤める人みんながパソコンオタクではない。今ではアキバ系か否かはあまり意識しない方がいいだろう。
筆者は、月刊『Computer World』で「ITキャリア解体新書」という連載を担当していた。元はWeb媒体のために書き起こした記事「新時代のITキャリア」だが、評判が良かったので雑誌でも連載が始まった。
雑誌では、Webにはなかった評価項目「モテ度」が追加されている。「モテ度」は筆者の独断ではなく、各方面のインタビューを参考にした。そこで気付いたのは「よく分からない職種は敬遠される」「身近な職種は人気がある」ということだ。
例えば「ヘルプデスク」と呼ばれる利用者サポートは人気がある。「こちらの話をきちんと聞いてくれる」からだそうだ。
逆に、システム管理者やネットワーク管理者は人気が低い。システム管理者は、全社のシステムが安定して稼働するように運用するのが仕事だ。個別のトラブルシューティングにはあまりかかわっていられない。厳しいばかりで冷たく感じてしまうのかもしれない。
前に紹介した「No, I will not fix your computer」(いいえ、私はあなたのパソコンを直しません)」という世界だ。それでは好かれないだろう(しかし、個別のパソコンにまで手が回らないことも事実だ)。
●人気のある職種はどれか
筆者の学生時代は、SE(システムエンジニア)はもっとモテたように思う。少なくとも尊敬はされていた。ただし、その待遇はピンからキリまでいろいろあった。
筆者の高校時代の先輩は、会社の費用で留学までさせてもらって、さらに高い給与をもらっていた。しかし一方で、派遣エンジニアの待遇はかなり低かったらしい。心を病んだある派遣エンジニアが「マシンルームが燃えれば仕事が減ると思った」と放火した事件が報道されたことを覚えている(*2)。
それでも、全体として、SEという職種はある程度尊敬されていた。おそらく「今までできなかったことができるようなシステムを作り出す」ことを行っていたからではないだろうか。
現在、程度の差はあれIT化されていない企業はほとんどない。SEの主な仕事は、新規構築から、部分的な機能強化や置き換えに移行している。
利用者の立場から見ると、部分強化にはそれほど大きなインパクトはない。置き換えに至っては、部分的な機能低下につながることすらある。これは、置き換えの多くが、保守コストを下げるため、独自システムをパッケージ製品に変更する作業を伴うためだ。
独自システムはフルオーダーのスーツのようなもので、自分の身体にぴったり合う。パッケージ製品は、既製服か、せいぜいイージーオーダーだ。最高の着心地というわけにはいかない。古くても身体に合った服が、新しいが着心地が悪い服になるようなものだ。
おまけにITがどんどん高度化してきて、何をしているのか分からないという状況もある。「高度に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない」(*3)という法則はここでも成り立つ。はたして魔法使いを好きになる人はいるだろうか。
「奥様は魔女」に登場するダーリンは、サマンサが魔女であることを知らずに付き合った。結婚後も、サマンサが魔法を使うことを嫌う。理解できる範囲で高度な技術を駆使する人は尊敬されるが、理解のレベルを超えると敬遠される。
サポート担当者は魔法使いではない。調子の悪いPCを復旧するのは理解の範囲内だ。使っている言葉もだいたい理解できる。このあたりが人気の秘密だろう。
●モテるための努力
では、モテるにはどうすればいいか。職種を変えるのも1つの手だ。しかし、モテる職種は時代によって変わるだろうし、自分のやりたくない仕事を続けるのは苦痛だ。そこで人気のある職種・モテる職種の特徴を列挙してみた。
- 身近な職種は人気がある
- 理解できる範囲で高度な技術を持っている人は人気がある
- こちらの話をきちんと聞いてくれる人は人気がある
どうやらコミュニケーションの問題のようだ。本連載で何度も取り上げているので「またか」と思うかもしれないがそのとおりだ。
技術が高度化したIT業界における職種を身近に感じてもらうには、詳しく説明するしかない。一方的な説明はなかなか聞いてもらえないので、興味を引くように話す力は必要だろう。
どれだけ高度な技術を駆使しているかを強調するのは嫌味になるし意味がない。社会にどれだけ貢献しているかを話すのがいいだろう。
そして、忘れてはいけないのが「相手の話を聞く」。言葉だけではなく相手の表情も読み取ろう。自分の親に説明するのは良い練習になる。面倒くさがってはいけない。
昔、老舗パソコン誌『月刊アスキー』のある編集者は、親から「ところでWindows 95って何?」と聞かれ、面倒なので「うーん、よく知らないんだ」と答えたらしい。その気持ちはよく分かるが、あまり良い対応ではない。
自分の仕事を知ってもらう努力は、異性にモテるためだけではなく、実は社会的にも重要なことだ。自分の職種の重要さを分かりやすくアピールすることで、その職種に就きたいと思う人が増える。そうすると、自分の仕事も楽になり、より高度な仕事を引き受けることもできる。社会的な地位も向上するだろう。
現代の企業はITなしに存続できない。銀行や証券会社が扱う商品は「現金」ではなく「情報」である。他の企業でも、現金決済だけで経営しているところは多くないだろう。情報技術=ITは社会を支える重要産業である。
それなのに、人気が下がっているというのは納得できない。IT業界自らが、自分たちの産業の重要性をアピールするべきだし、IT企業もそうあるべきだ。そしてITパーソンも自分の仕事を(守秘義務に反しない範囲で)発信すべきだ。
最近のIT業界は「3K」などと揶揄されている。「きつい、給料が安い、帰れない」だそうだが、実はそんな職種は他にもたくさんある。しかも日経コンピュータ誌の調査によれば、平均給与はそれほど安くない。IT業界大手企業の社長たちはIT業界を敬遠する若者に心を悩ませているという。筆者は、3Kイメージを払拭するのに案外効果的なのは「1人ひとりがモテるための努力をする」ではないかと考えている。
「モテたい」という個人的な思いで始めることが、実は社会的な意味を持つ。1960年代後半、フェミニズム運動を中心とした政治ムーブメントから生まれた言葉にこういうものがある。
個人的なことは政治的なことだ
(*1)総務省情報通信政策局『平成19年「通信利用動向調査」の結果』
(*2)幸いボヤ程度で済み、バックアップも完璧だったので業務に大きな支障はなかったらしい。
(*3)アーサー・C・クラークの言葉(「基礎を学ぼう」でも紹介した)
■□■Web版のためのあとがき■□■
月刊『Computer World』は休刊したが、Webは残っている。そのため「ITキャリア解体新書」は読めないが「新時代のITキャリア」は残っている。
初めのころ、紙媒体の担当者はWeb媒体を軽視する傾向にあった。Webは物理的な実体がなく、軽く感じるからだろうか。少なくとも筆者はそう思った。
しかし、実際に寿命が長いのはWebの方である。新聞社屋ニュースサイトを除くほとんどのWebサイトで過去の記事は永久に残っている。
実体を持つ方が寿命が短いのである。身体は死ぬが心は残る、というところだろうか。