Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

IT技能を習得するには

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月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2009年2月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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Windows Server 2008が登場し、数年ぶりにOS学習のモチベーションが上がっているらしい。筆者もよく相談を受ける。今回はIT技能を習得するための勉強の仕方について考える。

●通信教育では習得できない

マンガ『あしたのジョー』で、矢吹ジョーは少年院だったか鑑別所だったかで、丹下段平からボクシングの手ほどきを手紙で受ける。ジョーは一種の通信教育でボクシングを習ったわけだ。しかし、一定のレベルに達したあと、丹下段平はひんぱんにジョーのいる少年院にやってきて実地トレーニングを始める。通信教育には限界があるからだ。

身体的な技能(スキル)が知識だけで身につかないことは誰でも分かる。ではITのような頭脳スキルはどうだろう。ITは純粋に論理的な仕組みで動作しているので、頭で理解すれば技能も習得できるはずだ、理屈の上では。しかし、実際にはそうではない。ITスキルもまた、実地トレーニングが不可欠である。

経験から学ぶ」では「十分な知識は未熟な経験を超える」と書いた。筆者は今でもそう思っているが「どんな知識も完全な未経験者には役に立たない」ことも確かだ。未熟であっても経験はしてほしい。

●理論だけでは習得できない

理論が分かっていても、応用できないことはいくらでもある。例えば、水1リットル飲んだ直後の体重はどうなっているか。正解は「1Kg増える」。厳密には呼吸や発汗による減少はあるが、家庭用の体重計で分かるほどの差はない。水の比重や質量保存則は中学生で習うのになぜ応用できないのか。

料理を作るとき、沸騰したらそれ以上強火にしても意味がない。水の沸点は1気圧の場合、摂氏100度なので、いくら加熱してもそれ以上温度は上がらない。不純物によって沸点は多少上昇するが、極端な差はない。

人のことは言えない。筆者は、アルコールの沸点は摂氏80度ぐらいなのに、アルコール温度計で100度まで計測できることを疑問に思わなかった。

正解は「アルコール温度計には、アルコールではなく灯油が入っているため」だ。エチルアルコールの沸点を測定する実験は中学1年生で行ったのに、なぜ気付かなかったのか。

いくら勉強して理論を身に付けても、現実に応用するのは難しい。技術者としての技能を身に付けるには、理論だけではなく、実際に体験してほしい。ある程度の経験があれば、そこから先は学習で補える。ここがスポーツと違うところだ。あらゆることを経験する必要はないが、基本的な経験は重要だ。

昔と違って、今は高性能なPCが1台あれば、仮想コンピュータ機能と体験版ソフトウェアを使って複雑なIT環境を構築できる。例えば、『Windows Server World』2009年1月号の特集では「Active Directoryマイグレーション」を取り上げた。原稿を書くために、Virtual PC 2007(マイクロソフトのWebサイトから無償で入手)を使った仮想的なPC上で、Windows Server 2008の評価版(同じく無償)を使ってテスト環境を構築した。元のPC環境以外は無償である。実際に操作をしてみると、理解度が格段に上がる。機会があればぜひ実際に試してみてほしい。

●実践だけでは習得できない

ただし、ただ使ってみればいいというものではない。複雑なソフトウェアを、理論的な理解なしに操作するのは、ガイドブックなしにローマの遺跡を見るようなものだ。時間もかかるし、理解も浅い。適切な教科書は必要だろう。どんなに優れた旅行ガイドブックがあっても、旅行の代わりにはならない。しかし、ガイドブックがなければ気付かない遺跡も多い。特にローマは予約が必要な美術館が多いので、ガイドブックは不可欠だ。

技術系雑誌やWebサイトの特集は良い教科書となる(もちろん『Windows Server World』も良い教科書だ)。実際の手順も掲載されているので、ぜひ試してみてほしい。分からない部分はなるべく自分で調べよう。それでも分からなければ、さまざまなメーリングリストやコミュニティに参加してみるのもよい。

プログラム言語の場合は、サンプルプログラムを書き写すのが効果的だ。これを俗に「写経」と呼ぶ。Webサイトなどからコピーして貼り付けてはいけない。自分の手で入力するのは、プログラムの1つ1つの命令が何を目的としているのか考えるためである。見ただけでは分からない細かなニュアンスが「写経」することで伝わってくる。音楽家は先人の作った曲を学ぶことからスタートするし、画家は名画を模写する。そして、プログラマはプログラムを書き写す。

今は、インターネットを検索すれば簡単にサンプルプログラムが入手できる。コピーも簡単だ。しかし、人間の考える速度は昔に比べてそれほど速くなっているわけではない。自分の手を動かすことで、考える速度でプログラムを読むことができるだろう。絵画だって、模写の代わりに写真を撮ったのでは意味がない。

●資格試験の活用

何から勉強したらいいか分からない場合もある。そういうときは、その製品の資格試験のトピックを見てほしい。それが勉強すべき内容だ。資格試験の出題範囲は、その製品の重要な機能で、メーカーも力を入れている部分だ。今は仕事で使っていない機能でも、勉強して損はない。費用はかかるが、受験すればさらに勉強になる。

IT業界にはさまざまな認定資格制度がある。大半は、ソフトウェアベンダが自社製品の利用技術を習得したことを証明するためのものだ。ソフトウェアは、想定された以外の使い方もできる場合が多い。しかし、正しくない使い方をすると、トラブルが増え、製品の印象が悪くなる。認定資格者制度は「この人に聞けば正しい使い方が分かる」ということを明らかにし、「分からない人はこの人に聞いてください」と呼びかけるための基準だ。資格が何かに役立つかどうかは別として、学習の手助けになることは確かだ。

一般的に言って、資格試験の作成にはかなりの手間がかかっている。マイクロソフト技術者認定試験(MCP)の場合を紹介しよう。守秘義務に抵触しない範囲で知り得た情報から推測・想像されるのは以下のようなステップだ。

まず、新製品が出ると、認定試験が企画される。マイクロソフトと契約を結んだ問題作成者は問題のドラフトを作成し、マイクロソフトに提出する。マイクロソフトは問題を審査し、問題がなければベータ試験を行う。

マイクロソフトは、MCP資格者向けにベータ試験の参加者を募集する。通常のMCP試験は、受験後即座に結果が表示されるが、ベータ試験は違う。試験結果を分析し統計的に不適切な問題を排除するためだ。例えば、全員が正解した問題や全員が不正解の問題は技術力を判定するには不適切だ。また、すでに取得しているMCP資格から類推して、当然正解するはずの問題を間違えているようなら、問題の方が不適切だと判断できる。こうして不適切な問題を排除してからベータ試験の最終合格者が決定する。

これだけ注意深く、時間と費用をかけて作られた試験である。中には審査や統計処理をすり抜けた妙な問題もあるだろうが、全体としてよくできた試験であることは確かだ。有効に利用したい。

●最後に

ITに限らず、あらゆる技能(スキル)は知識だけでも、経験だけでも習得できない。技能の種類によって比率は違うが、必ず両方が必要である。今どきは音楽家でもスポーツ選手でも科学的な知識を習得した上でトレーニングを行うのが常識になっている。

ITスキルは、経験よりも知識の占める割合が高いが、経験が不要なわけではない。昔、吉本新喜劇で、岡八郎がこんなギャグをやっていた。ギャグではあるが、これがなぜ面白いのかをよく考えてほしい。

「ワシはこう見えても空手やっとったんじゃ、通信教育やけどな」

■□■Web版のためのあとがき■□■

職業柄、資格試験についてよく聞かれる。多いのは「そこは試験に出ますか?」というものだ。こういう質問は「試験のためだけの勉強」のようで、あまり感心しないと感じる人が多い。筆者もそうだった。

しかし、今では「試験に出ますか?」というのは良い質問だと考えている。

少し言い方を変えてみよう。

「そこは試験に出るくらい大事なところですか?」

これならどうだろう。違和感はないはずだ。

試験には大事なところや間違えやすいところが出る。だから、試験に出る項目を覚えるのは大事なことだ。もし、大事なことなのに出題されないとすれば、それは良い試験とは言えない。

だから胸を張って「そこは試験に出ますか?」と聞けばよい。

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