「したいこと」より「できること」
就職活動中の学生さんを見ていると、世間から「やりたいことを見つけなさい」と求められているようで、ご苦労なことだと思う。20歳そこそこで、自分のやりたいことが分かっている人など、それほど多くはないと思う。与えられた仕事をこなすうちに、他の人に評価されることで、自分に何ができるかを知り、その仕事を続けていきたいと思うことで「やりたいこと」が見つかるのではないだろうか。
そんなことをずっと思っていたところ、年末に『嫌われ者のラス』というショートアニメーションを見る機会があったので紹介したい。
このアニメの表面的なテーマは環境問題である。主人公のラスは、顔は廃棄油の塊、レジ袋の帽子をかぶり、身体はペットボトル。そこから界面活性剤(合成洗剤の主成分)が流れ出している。この界面活性剤の正式名称が「直鎖(リニア)アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム」、略称LAS(ラス)、つまり主人公の名前である。
「女神様」によって命を与えられたラスだが、身体は廃棄物だし、毒性があるとされる界面活性剤を出し続けており、みんなから嫌われる。ところが、LASに寄って来る真正細菌(バク)が、鉄分が反応することで環境浄化作用を持つことが分かり、海の浄化に尽力する(ということだと思うが、科学的な説明は詳しくされないのでよく分からない)。
これが表面的なストーリーである。宣伝にも「世界初!水圏環境教育アニメ」とうたわれている。
「優れた作品は多層的なテーマがある」と言われている。「嫌われ者のラス」にも、2層目のテーマがある。通常、2層目のテーマは評論として語られ制作者からは提示されない(3層目のテーマが制作者の心の中にだけ存在することもある)。だから、これからの話も制作者がどう考えているかは分からないが、私は「嫌われ者のラス」を就職活動中の学生と重ねて見た。
命を得たラスは、いったい何をしていいのか分からず戸惑い、「取りあえず楽しくやろう」と考える。命を与えた女神様も特別な指示をしない。これは、親も教師も「自主性を重んじる」という大義の下に、就職先を強制しない(その割に文句だけは言う)のと似ている。
そのうちにラスは、自分に浄化作用のある細菌を誘導する能力があることに気付く。大体、自分の能力は自分では分からない。他人から「君は、こういう仕事が得意なんだね」「こういう能力があるんだね」と言われて初めて気付くことが多い。自分では当たり前すぎて、自分の能力が他人と違うことが分からないからだろう。
実際に、浄化活動をするとみんなから感謝され(周囲の豹変ぶりはおいておくとして)、自分に対する自信ができ、仕事への愛着と責任感が生まれる。評論家の岡田斗司夫氏は、「どんな仕事でも、とにかくやってみて『他人に感謝される経験をしろ』」と言う。多くの人間は、他人に感謝されれば、その仕事を続けたくなる性質を持っている。最初から好きな仕事をするのではなく、できる仕事が好きになるのが人間の社会性である。
また、この映画で面白いのは、ラスに命を与えた「女神様」が、実は海に沈んだ船だということだ。つまり「女神様」と敬われているのに、出自はラスと同じ「廃棄物」なのである。
これは、偉そうに言っている教師や親も(女神様は偉そうに言わないが)、最初は今の学生と同じだったことを示唆している。
なかなか面白かったので、機会があればぜひ見て欲しいが、18分半のショートフィルムに2310円はちょっと高いかもしれない。レンタルがあればいいのだが。