会社はなぜ成長しなければならないのか
●会社経営と利益
たいていの会社には年間の売り上げや利益目標がある。目標を下回ると大騒ぎになるし、目標値をあまりに上回るのも好まれない。「目標よりちょっと上」が理想的な経営だ。
そして、恐ろしいことに、目標値は大体毎年上がっていく。下がることはもちろん、現状維持ですら、設定するには上司や株主に対して長い言い訳を必要とする。
技術者として働いていると、この感覚がどうも分からない(私は分からなかった)。適切な利益が上がっていれば成長しなくてもいいのではないか、と思う人も多いに違いない。
この辺りは、結局「株式会社」という仕組みの問題ではないかと思う。株主は投資に対するリターンを期待する。それも毎年。だから毎年資産価値を上げるために、毎年売り上げや利益を上げなければならない。ある年だけ極端に高い利益が出ると、翌年の利益が下がってしまうかもしれないので好まれない。もちろん、毎年高い利益を上げ続けるのが理想的だが、それは難しい。
毎年成長し続けるのは、簡単なことではない。目先の利益に追われて、長期的な投資ができない場合もある。以前は「株主の利益を重視する米国型経営は、四半期ごとの数字で評価されるため長期目標が立てにくい。その点、日本は株主が長期的視野を持つため目先の利益にとらわれない」と言われていたが、最近はそうでもないようだ。
かつて、特撮ドラマ「ウルトラセブン」で、主人公のモロボシ・ダンは(敵に対抗して、強力な兵器を次々と開発することを)「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」と言ったが、会社経営もそれに近い。
最近、株式上場を取りやめる会社が出てきた。株主からの短期的な圧力から逃れるためだろう。しかし、株式市場を使わずに大量の資金を調達するのは難しい。有効なのは、手持ちの資産がよほど大きいか、大きな成長をあきらめるか、いずれかの場合に限られる。「成長しない」というのは、1つの選択肢なので、決して悪い方法ではないが、技術革新の激しいIT業界で採用できる企業はないだろう。
●プロジェクトの成功の成果
よく考えてみれば、製品開発も似たような側面がある。データゼネラル社のコンピュータ開発プロジェクトを描いたノンフィクション「超マシン誕生」で、リーダーのトム・ウエストは「プロジェクトはピンボールと同じだ」と言った。
1ゲーム勝てばもう1ゲーム遊べる。このマシンで勝利すれば次のマシンを作らせてもらえる。
つまり、次のプロジェクトに参加するためには、今のプロジェクトを成功させなければいけない。同じ仕事を続けるには、今の仕事を全力で成功させなければならないのだ。まるで「鏡の国のアリス」に登場する「赤の女王」のせりふ「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」のようである。
ここでいう「成功」というのは「良い製品」という意味ではなく、売り上げを上げて、注目を浴びる製品のことだ。どの業界でもそうだが、良いものが売れるとは限らない。一斉を風靡したIBMのメインフレーム(System/360および370アーキテクチャ)は、商業的には成功したがCPUアーキテクチャとしてはかなり古い。メインフレーム全盛期は1970年代後半から1980年代だと思うが、アーキテクチャの設計は1960年代だったため、やむを得ない。スタックポインタすら持たないと聞くと驚く人が多いだろうが、1960年代には別にめずらしいものではなかった。
参考までに、System/370のサブルーチン呼び出しの手順を記述しておく。私が習ったのは日立HITAC Mシリーズだが、基本動作は変わらない。
- 現在のプログラムカウンタを特定のレジスタに保存してから指定番地にジャンプ
- ジャンプ先で、レジスタの値をメモリに保存
- 処理終了後、保存したメモリの値をプログラムカウンタにセットして戻る
スタックポインタがないため、ローカル変数も作りにくい。そのため戻り番地の保存メモリはサブルーチンごとに固定されている場合もあった。FORTRAN言語で再帰呼び出しができない(できなかった)のは、そのためでもある。
コンピュータの良し悪しはCPUだけで決まるわけではない。IBMメインフレームの場合は、価格性能比やシリーズ間の互換性、サポートなどが評価された。
それにしても「売れなければ次がない」というのは厳しい世界である。
●消費者として何ができるか
問題は、自分の仕事に限らない。お気に入りの製品や音楽についても同じことがいえる。「アップル信者」という言葉がある。狭義には、スティーブ・ジョブズがCEOとして復帰する直前、アップル低迷期に製品を買い支えた人たちを指す。彼/彼女らがいなければアップルはどこかに丸ごと買収されていただろう。「いやあ、アップル製品がこんなにメジャーになるなんて思いませんでしたよ」と、したり顔で昔話を語れるのは低迷期を支えたアップル信者の特権だ。
タレントの「青田買い」を趣味にしている人がいる。メジャーになる過程を楽しむわけだ。売れないころから応援している歌手がメジャーになると、うれしい反面、ちょっと寂しく感じるのは当然のことだ。でも、歌手が次の仕事を見付けるには、観客動員が多かったり、売り上げが大きかったり、注目度が高かったりする必要がある。それも、毎回、前回以上の数字が期待される。だから、今日聞いているアーティストの曲を、明日も聞きたければ、今よりももっと売れてもらう必要がある。「売れる」というのは、楽曲提供者が把握できる売上金額、枚数、再生回数のことである。YouTubeの公式チャンネルは再生回数が評価されるが、利用者が勝手にアップロードしたものは経営的には評価対象とならない可能性が高い。
路上ライブを中心に活躍しているシンガーソングライター宮崎奈穂子さんは、武道館公演を成功させ、さらに期待が高まっている。楽曲はYouTubeに上がっているし、CDはアマゾン(amazon.co.jp)で購入できるようになった。そして、12月1日には「1年間毎日曲を発表する」というチャレンジ「歌・こよみ365」も発表された。
満席とは言わないまでも、武道館で単独公演を行なったのだから、小さなライブハウスとCDの売り上げだけで生活できるんじゃないかという気もするが、そこで満足してはいけないということで、本当に厳しい時代である。できれば、それを楽しめるようになりたいものだ。