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就職戦線異常あり

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 宮崎奈穂子(みやざきなほこ)さんという歌手がいる。路上ライブを中心に活動している方で、11月2日には武道館で単独ライブを成功させた。路上とライブハウスから、一気に武道館というのも珍しい。

 ライブの様子に興味を持った方は、例えば私の別ブログ「宮崎奈穂子武道館ライブとその翌日のイベント」あたりを見てほしい。

 さて、その宮崎奈穂子さんのミニアルバムに「就職戦線異常あり~夢と希望と現実と」という作品がある。

 就職活動を描いた「就職戦線異常あり~夢と希望と現実と~」、入社1年目の生活を描いた「仕事と結婚と私」、そして彼氏が就職した後の様子を描いた(とも読み取れる)「あなたに会いに行かなくちゃ」、以上3曲である。いいアルバムなのだけど、どうも職業人生というのに暗いイメージを持ってしまうのが気になる。

 同じ音楽事務所の河野悠理(こうのゆり)さんのアルバム「東京野球物語」はもっとひどくて、どうも「会社員」のイメージが芳しくない。

 私自身、2人とも好きだし、音楽もいいのだけど、歌詞だけはちょっと引っかかる(どれくらい好きかというと、宮崎奈穂子さんのCDは7枚、河野悠理さんのCDは改名後の大禅師文子名義のものを含めて6枚、ライブにも何度か行き、路上では顔と名前を覚えてもらっているくらい)。まあ、昨今の就職活動は異常だし、そんな中にいれば物の見方も変になるし、そういう人を描けば一面的な物の見方になるのは分かるのだけど、会社員人生を25年続けている身としてはちょっと悲しい。そして、そんな状況を作ってしまった大人の一員として、本当に申し訳ないと思う。一介の会社員が、現在の状況に直接関与したわけではないが、それでも謝らずにはいられない。

 会社員生活は、多分学生さんたちが思っているほど厳しくはない。仕事の上での失敗は、大抵の場合なんとかなる。寝過ごしただけで単位を落とすような厳しさは、あまりない。商談を落とすことはあっても、退職を迫られるのはまれだろう。

 一方で、会社員には、自営業にはない楽しさがある。個人では扱えない大きな仕事を担当できるし、複雑な経理処理は専門の部署で処理してくれる。仕事の好き嫌いだってある程度は主張できる。単なるわがままと思われないように、うまく表現する必要はあるが、自営業よりもずっと融通が利く。自営業で仕事を選ぶと、本当に生活が破綻してしまうが、会社ではある程度平気だ(ただし、知らない間に経営破綻していて、朝のニュースで自社の倒産を知ることはある)。

■仕事の何が楽しいか

 友人に、営業職として就職後、あまりに過酷な労働に倒れてしまい、上司からは「自己管理がなってない」と怒られた女性がいる。ひどい話である。ちょうど男女雇用機会均等法元年のときであり、友人も気負いがあったのだろうが、それにしてもとんでもない上司である。

 そのとき、倒れた友人が言った。

 「何が問題かというと、仕事が楽し過ぎることかなあ」

 倒れるまで仕事をしてしまうほど楽しいのである。苦労自慢は年長者の定番だが、それは単につらかっただけではなく、楽しかったこととセットになっているから、人に言いたくて仕方がないのである。

 労働経験の短い人は「倒れるまで働いて楽しいことって何?」と思うかもしれない。多分、それは人間が「他人のために労力を提供すること」を楽しいと思うようにできているからだろう。世の中の「美談」と呼ばれるものは必ず他人のために尽くした話だし、立身出世物語ですら、最後は社会貢献で終わる。人のためだから、自分の健康を害してまで働く力が出る。

 就職活動中の学生さんたちは「自分には、特別な知識もないし、特技もない、何をすればいいのだろう」と思っている人が多いと思う。最近の親は「好きな仕事をしなさい」と言うらしい(昔は「有名な会社に就職しなさい」と言った)。当事者たちは「自分らしい」とか「自分らしく」とは何かを考えている。自分とは何か、なんて考えても多分答えは出ない。自分探しの旅に出て成功したのはチェ・ゲバラくらいだ。

 それよりも、好きなことで嫌いなことでも「自分が他人のためにできることは何か」を考えた方がいい。その方が手っ取り早いし、何より他人のためにする仕事は楽しい。

 冒頭で紹介した宮崎奈穂子さんは「1年間で1万5千人のファンクラブ会員を集めたら武道館でライブを開く」という事務所の企画によって武道館の舞台に立った。しかし、武道館の定員が1万5千、ファンクラブ会員全員が武道館に来るはずもなく、チケットの販売は苦戦したという。宮崎奈穂子さんの著書「路上から武道館へ」では、最初は自分だけの夢だったのが

「武道館は、私だけでなく、たくさんの出会ってきてくださった方々の夢である」

と気付いたという。アイドル歌手(と言っていいか分からないが)のような職業でも、本当に力を発揮できるのは他人のために働くときであ(※「宮崎奈穂子はアイドル歌手ではない」とのご指摘をいただいていますし、私も「アイドル」ではないと思っていますが)。

 こうしてできた曲が「路上から武道館へ」で、彼女の代表作となった。

 「はたらく」というのは「傍(はた)の人間を楽(らく)にさせる」という意味だそうだ。こじ付けだが、なかなか味のある言葉である。

 就職活動中の皆さんは、「自分は何がしたいか」ではなく「自分は何ができるか」で職業を選んでいただければと思う。そして、会社の寿命は人間の寿命よりも短くなっているので、一生同じ職業に就くことは少ないことも知っておいてほしい。そうすれば、もう少し気軽な気持ちで就職に臨めるのではないだろうか。

【追記】

 もちろん彼女たちが、会社員に失望していると思っているわけではなく、歌詞の中での話だということは分かっている。それは宮崎奈穂子さんの著書からも伝わってくる。

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