随想 無題 (その⑤)
その③にて、母の退院と入居イベントが本シリーズで書きたいことではなく、そのイベントに至るまでに発生したトラブルを愚痴りたいのが趣旨であると宣言した。
ようやく一連のトラブルを書ききったので、もし読んでいただいたのならば、愚痴りたい気持ちをご理解いただけるのではないかと思う。
多少のフィクションは織り交ぜてはいるのが、事実はもっと奇であった。また、身内の恥をさらすのもどうかと思いはしたが、今回の件はやり場のない気持ちが上回って、筆を走らせてしまった。
すこし気も晴れたので、最後に総括を行ってシリーズを終わらせたい。総括というのは、妹の突飛な行動への考察である。
妹自身の幼稚さの問題もあるのだろうが、実のところ母娘の関係に問題があると以前から思っており、この問題が今回のトラブルにつながった、と考えている。
それは母娘の間にある、共依存の関係。母に金銭的援助をしてもらいたい娘と、娘に面倒を見てもらいたい母が共に依存関係になってしまっている。財産をあげるから老後の面倒をみて、恐らくそのような会話が母娘のあったのではないか。その様な兆候は以前からあった。個人的には、共依存の関係は危険でロクなことにはならない。
母は病気でメンタルに波があるうえに、高齢になってゆくとフィジカルも衰え認知の問題も出てくる。その介護を素人の身内だけで行うのはとても難しい。母が発病したころは自分もまだ実家にいたので、その難しさは重々に承知している。一緒に生活していると、こちらのメンタルも参ってくるのだ。
妹も、そのことを理解した上で覚悟をもって面倒を見る、というのならまだマシなのだが、そうではない。母が発病した頃はまだ妹も幼く、母の面倒は祖母が見ており、その後に家を出たので介護の苦労を知らない。そして、今回いざ退院が決まると面倒は見れないと主治医にも話している。では何故、兄と縁を切れ、自分が面倒を見る、と母に迫るかと言えば、それは母の金銭的援助を目当にしているからであろう。
母には以前から、家計が厳しいのであれば、まずは妹自身も働くなどをして自立できるように努力すべきだ、と言い続けていた。そして入院後お金がないと言い始めたときにも、収入はそれなりにあるのだから、妹に援助するまえに、母も自分の病気を改善することに専念して自立できるようになるべきだとも。それなのに当方のいう事は耳に入らない。
誰かの面倒をみる時には、自身が自立していることが最低限必要で、自立できていない者どうしが依存しあってしまうと、共倒れになる可能が高くなる。
退院してからも調子と機嫌のよい母から電話があった。妹に、親子なのだからどちらかと縁を切る、などというこはできない、と滾々と話というのだ。そしたら妹もわかってくれて、自分のことは心配しなくてよい、と言ってくれたとのこと。嬉しそうだったので、それは良かったね、と言いはしたものの、金銭的援助をしてもらいながら、心配しなくてよいということはないな、と内心つぶやいていた。
実際のところ、病気の方は調子がよいのだが、やはり認知の方は衰えている。ケアマネさんからも、物忘れの方がひどくて、とも言われている。それは年齢からして仕方のないことで、今後酷くなることはあっても改善する可能性は低い。そして病気の方も、症状は落ち着いているが根治しているわけではないので、またいつかは悪化するかもしれない。そして、身体面も衰えてゆくのは間違いないので、如何にに今を維持できるか、という点にかかっている。
そんなことを考えると、家に帰り一人生活を始めるよりも施設に入ってもらっている方が安心だ。加えて妹と離れて暮らしている方が、不安の種は少なくなるので病気の再発も抑えられるのではないかとも思われる。近くで生活していれば、双方お互いの不満や不安が募ってしまうから。
家に帰りたい。親の面倒をみてあげたい。子の援助をしてあげたい。そんな思いを否定するつもりはないが、一方で介護という厳しい現実もあるし、親の金を当てにする、援助をしてるのだから面倒をみるのは当たり前、などと双方のエゴもないとも言えない。
そんな思いを母も妹も聞こうとはしない。母娘の問題だからとやかく言うつもりはないのだが、そうはいっても身内なので不幸にはなってもらいたくないし、今回は病院や施設など身内外に迷惑が及んだ。
母よ、あなたが甘やかすから娘がモンスター化していることに気付くべきだ。そして、病院、施設やケアマネさんの間で飛び交う妹の問題行動を聞かされる息子の、やるせない思いを少しは知ってくれ。
これが、本稿で言いたかった一番のこと。