九州のベンチャー企業で、システム屋をやっております。「共創」「サービス」「IT」がテーマです。

随想 無題 (その②)

»

それにしても、日本の医療や介護サービスは本当に充実していると思う。

母の退院が決まってから、病院内にある地域包括センターの指導員がケアマネさんと連係して、母の希望を聞きながら入居できる介護施設を探し、ケアプランを立ててくれた。入居当日、施設で関係者一同が集まってミーティングを実施するのだが、ケアマネさんをはじめ、訪問看護、デイサービス、ヘルパー、施設の担当者など総勢10名以上が会することになった。こんなに多くの人が母を支援するのか、とちょっと驚く。

昨今、社会保障費の増加と現役世代の負担の重さが話題になっている。確かに現役世代として、給与明細書に記載されている社会保険料の額は決して小さいものではないし、会社負担分もある。しかし、いざ親の介護に直面すると、社会保障の恩恵は直接受ける本人だけではななく、その身内にも及ぶのではないかとも思えてくる。もし社会保障がなければ母の面倒は身内で見なければならず、そうなると金銭面はもちろんのこと心身面の負担も大きい。

一昔前ならば、親の面倒は子が見るのが当たり前かもしれないが、核家族化や共稼ぎ世帯が増えた現在でそれは難しくなってきている。そうなると子が社会保険料を払い、親がその社会保障を受ける、というのはひとつの在り方かもしれない。親の面倒は国が見てやるから、子は稼いで保険料を納めろ、と。正直、子が親の介護で働けなくなりその子も社会保障を受けなければなるよりかは、よほどマシだと思う。

社会保障が充実しているということは、それだけ豊かであるということでもあるのだろう。社会保険料は稼いだ分から徴収されるのだからそれだけ皆が稼いでいる、ということだし、消費税も何かを買うということの源泉は稼ぎである。資源大国でない限り、稼ぎがない限り豊かにはなれないし、充実した社会保障も受けることができない。

そう言った意味で親の介護は社会保障に委ね、子は稼いで社会保険料を納める方がマシだと考えるのだ。エンジニアライフでも過去に何回かネタとして書いたが、弱者救済は大切だがそれには財源が必要なので財源を作ってくれる人たちへのフォローも重要、というのが信条。ただただ社会保障を厚くしろ、とだけ言うのはポピュリズムだと思う。ましてや、少子高齢化が進む中、我々が社会保障を受ける頃には今ほどの充実したものを受けれられる保証はない。だったら、今、親がその恩恵を受ける方がよいのではないか。

母の一件でくらいで、社会保障を語るのは大げさではあるが。

ちなみに余談だが、母は日本一の湧出量を誇る温泉の町に住んでいるので、市内にあるほぼすべての医療、介護施設には温泉がついている。これはこれで、すごい。水道代と光熱費に比べて、温泉の方が安いのだ。

(その③に続く)

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する