AI時代のサイバー判断力のお稽古⑧ お稽古とは
AIはバブルではなく、ブームだと思う。

AI時代のサイバー判断力のお稽古 -- 判断力は、講義だけでは身につかない
先日、知人と昔の話をしていました。
「私はバブルの勢いに乗ってキャリアを始めたんだよね」
そう話すと、
「バブル? そのころ、もう働いていたの?」
と驚かれました。
そうか。
日本では、私がまだ中学校か高校くらいのころにバブルがあり、その後、崩壊したのでした。
そんな話をしていて、ふと思いました。
今、AIもバブルだと言われています。
でも私は、AIはバブルではなく、ブームなのではないかと思っています。
もちろん、AI関連の投資や企業評価には、バブル的な側面もあるのかもしれません。
でも、AIという技術や、それを使おうとする人間の営みは、それだけでは終わらないと思っています。
バブルは、膨らみすぎれば、いつかはじける。
一方、ブームは、熱狂が落ち着いたあとも、私たちの生活や社会に残り、成長し、成熟へと軸を移していくことがあります。
かつて、インターネットブームがありました。
そして今、AIブームがあります。
人間は、新しい道具を手に入れました。
その道具をどう使い、どう一緒に生きていくのか。
今は、まさにそれを模索している段階なのではないでしょうか。
新しい道具を手に入れた人間
インターネットが普及し始めたころ、
「怖い」
「危ない」
「使わない方がいい」
という声がありました。
実際、インターネットには多くの弊害があります。
詐欺。
誹謗中傷。
プライバシーの侵害。
サイバー攻撃。
でも、その一方で、インターネットは私たちの生活を大きく変えました。
遠く離れた人とつながる。
世界中の情報に触れる。
新しい仕事を生み出す。
これまでできなかったことができるようになる。
AIも同じではないでしょうか。
私は、AIを否定しているわけではありません。
むしろ、毎日のように使っています。
ただし、AIがすべてを解決してくれるとも思っていません。
AIにも、よいところと悪いところがあります。
大切なのは、それを理解し、うまく折り合いをつけながら使っていくことだと思っています。
人間は、これまでも新しい道具を手に入れ、その道具との付き合い方を模索してきました。
そして、少しずつ社会を変えてきました。
では、AI時代を迎えた今、私たちは何を変えていく必要があるのでしょうか。
私は、ここで一つ、大きな問いがあると思っています。
今までのやり方の延長線上に、答えはあるのでしょうか。
知識を増やすだけで、AI時代を生き抜けるのか
これまでのセキュリティ教育では、知識を教えることが中心でした。
フィッシングとは何か。
怪しいメールの特徴は何か。
パスワードはどう管理するのか。
インシデントが起きたら、どこに報告するのか。
もちろん、これらは大切です。
基本的な知識がなければ、判断の材料もありません。
でも、私は以前から、これだけでは足りないのではないかと思っていました。
そして、AIの登場によって、その思いはさらに強くなりました。
例えば、フィッシングメール。
以前は、不自然な日本語や、怪しい文章が手がかりになることもありました。
でも今は、AIを使えば、とても自然な文章を作ることができます。
相手に合わせた文章も作れます。
音声も、画像も、映像も作れます。
「怪しいメールの特徴を覚えましょう」
という教育だけで、これからも対応できるのでしょうか。
私は、難しくなっていくと思っています。
もちろん、知識は必要です。
でも、知識を持っていることと、その知識を使って判断できることは違います。
そして、知識を増やし続けるだけでは、想定外の状況に対応できるとは限りません。
今までの教育を否定する必要はありません。
ただ、そこに新しいものを付け加える必要がある。
私は、その一つが、
サイバー判断力のお稽古
だと思っています。
セキュリティを、一部の専門家だけのものにしない
私は長く海外でセキュリティの仕事をしてきました。
その中で繰り返し実践してきたのは、セキュリティを専門家だけの仕事にしないことです。
ビジネス部門には、ビジネス部門の役割があります。
開発者には、開発者の役割があります。
そして、それぞれの仕事の中に、セキュリティの考え方や基本原則を組み込んでいく。
専門家は、それを支援する。
必要なところでは、専門家が判断し、責任を持つ。
でも、日常のすべての判断をセキュリティ部門に任せることはできません。
だからといって、現場の人にセキュリティの知識をどんどん詰め込めばよいのでしょうか。
ルールを増やす。
チェックリストを増やす。
研修を増やす。
そして、何か起きたら、
「ちゃんと教育したのに」
「確認しなかった人が悪い」
で終わってしまう。
私は、それでは人間中心のサイバーセキュリティにはならないと思っています。
人間には、限界があります。
疲れることもある。
焦ることもある。
忘れることもある。
間違えることもある。
だからこそ、セキュリティは、人間が実際にどのように考え、感じ、判断し、行動するのかを前提に設計しなければならない。
人間をルールに合わせるだけではなく、人間を理解してセキュリティを作る。
私は、そこをもっと考えていきたいと思っています。
判断力は、講義では身につかない
では、どうすればサイバー判断力を鍛えられるのでしょうか。
私が考えているのが、
サイバー判断力のお稽古です。
これまでの投稿でも書いてきましたが、私は判断には型があると思っています。
感じる。
止まる。
間をとる。
疑う。
確認する。
行動する。
ただし、この型を覚えてもらうことがワークショップの目的ではありません。
大切なのは、実際に使えるようになることです。
例えば、和太鼓。
演奏の仕方を説明してもらい、動画を見て、頭で理解しただけで、すぐに演奏できるようになるでしょうか。
私はできません。
実際に叩いてみる。
間違える。
師匠に直してもらう。
もう一度やってみる。
何度も繰り返す。
そうやって、少しずつ身体に入ってきます。
サイバー判断力も同じだと思っています。
知識として理解するだけではなく、実際に判断してみる。
そして、自分がどう判断したのかを振り返る。
そこから始まります。
ワークショップでは、何をするのか
私のワークショップでは、いきなり難しいサイバー攻撃を再現するわけではありません。
大切なのは、攻撃の技術的な難しさではありません。
人間の判断が、どのような条件で揺れるのか。
そこを体験してもらいます。
例えば、同じメッセージが届いたとします。
一人は、仕事が順調で、時間にも余裕がある。
もう一人は、朝からトラブル続き。
上司から急かされ、締切が迫り、疲れている。
そこに、
「至急、確認してください」
というメッセージが届く。
同じメッセージでも、感じ方は違うかもしれません。
ある人は、すぐに対応しなければと思う。
ある人は、少し怪しいと思う。
ある人は、何も感じない。
だから、まずは、自分が何を感じたのかを見てみる。
そして、なぜそう感じたのかを考えてみる。
必要であれば、クレヨンで絵を描いてもらうこともあります。
自分の状態を色や形で表現してみる。
正解はありません。
うまく描く必要もありません。
次に、シナリオを使って判断してみる。
時間圧を加えてみる。
誰かからの指示という設定にしてみる。
ロールプレイをしてみる。
そして、他の人と話してみる。
「私は、ここが気になった」
「私は、そこには気づかなかった」
「急いでいたから、確認しようと思わなかった」
「上司からだと思ったので、そのまま従おうとした」
同じ状況でも、人によって見ているものが違います。
感じていることも違います。
そして、判断も違います。
私は、ここが面白いと思っています。
自分の判断を、他の人の判断と比べてみる。
そして、もう一度、自分の判断を振り返る。
どこで気づいたのか。
どこで止まれたのか。
どこで自分の思い込みが入ったのか。
どこで行動を急いでしまったのか。
このように、自分の判断を実際に体験し、振り返る。
それが、お稽古です。
大切なのは、安心して間違えられること
そして、このワークショップには、もう一つ大切な条件があります。
心理的安全性です。
「間違ってはいけない」
「正解を言わなければならない」
「こんなことを言ったら、笑われるかもしれない」
そんな状態では、自分の判断を素直に見ることが難しくなります。
だから私は、Open Mind、そしてOpen Heartを大切にしています。
間違えてもいい。
分からなくてもいい。
途中で考えが変わってもいい。
他の人と違うことを感じてもいい。
むしろ、その違いに気づいてほしい。
自分とは違う見方を知ってほしい。
そして、自分がどうしてその判断をしたのか、少しずつ理解してほしい。
ただし、安心して間違えられるのは、ワークショップという安全な環境の中だからです。
実際のサイバー攻撃では、間違いが重大な被害につながることがあります。
だからこそ、
本番で初めて経験するのではなく、安全な場所で何度もお稽古する。
私は、ここがとても大切だと思っています。
2時間で、判断力は完成しない
私が設計しているワークショップの標準的な時間は、2時間です。
でも、2時間でサイバー判断力を完成させようとは思っていません。
それは難しいと思っています。
では、2時間で何を目指すのか。
まずは、
「気づくこと」です。
自分が、どのような条件の中で判断しているのか。
どのようなときに焦るのか。
どのような相手の言葉に反応しやすいのか。
どこで確認を飛ばしてしまうのか。
自分は、思っていたほど気づけていなかったのかもしれない。
そんな小さな発見があれば、私はそこから次につながると思っています。
そして、ワークショップが終わったあとも、お稽古は続きます。
日常の中で、
「あれ?」
と思う。
少し止まる。
間をとる。
別の方法で確認してみる。
そして、振り返る。
最初は意識して。
そのうち、自然に。
2時間のワークショップは、判断力を完成させる場所ではありません。
自分の判断に気づき、お稽古を始めるための入口です。
今までの延長線上に、答えはないのかもしれない
AI時代を迎え、私たちは新しい道具を手に入れました。
そして、その道具との付き合い方を、今まさに模索しています。
これまでのセキュリティ教育には、積み重ねてきた知識や経験があります。
それを捨てる必要はありません。
でも、今までのやり方を繰り返すだけでは、足りなくなるかもしれません。
AIに新しい答えを出してもらうだけではなく、
AIと一緒に、新しいやり方を考えていく。
そして、AIに任せるところと、人間自身が判断するところを考えていく。
私は、そこにこれからの可能性があると思っています。
AIが進化するからこそ、人間も進化する必要がある。
知識を増やすだけではなく、
感じる力。
気づく力。
止まる力。
間をとる力。
疑う力。
確認する力。
そして、自分で行動を選ぶ力。
それを鍛えていく。
私は、サイバー判断力のお稽古を通して、そのための場を作りたいと思っています。
AI時代を、ただ怖がるのではなく。
AIにすべてを任せてしまうのでもなく。
自分で考え、AIと一緒に新しい可能性を編み出しながら、デジタルの世界をしなやかに生きていく。
そのためのお稽古です。
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