AI時代のサイバー判断力のお稽古(終)- 種をまき、育てる人を増やしたい

私だけがやっても意味がない。
ここまで数回にわたって、私が考える「サイバー判断力のお稽古」について書いてきました。
従来のセキュリティ研修と何が違うのか。
何を学ぶのか。
そして、どうやってお稽古するのか。
今日は、このお稽古をこれからどう広げていきたいのかについて書いてみたいと思います。
私は、サイバー判断力を鍛える場を、もっと多くの人に届けたいと思っています。
でも、私一人が全国を回ってワークショップをすることが、最終的な目標ではありません。
私だけがやっていても、意味がない。
私が目指しているのは、この考え方を理解し、それぞれの場所でお稽古を広げてくれる人を育てることです。
そして、この思いのルーツも、やはり国連時代にあるのだと思います。
国連の平和維持活動で、私は種をまいていた
国連で仕事をしていたころ、私は平和維持活動におけるサイバーセキュリティのトレーニングにも取り組んでいました。
平和維持活動の現場は、世界各地にあります。
さまざまな国籍、文化、言語、経験を持つ人たちが働いています。
もちろん、すべての現場に私が行って、すべての人にトレーニングをすることなどできません。
では、どうするのか。
そこで取り組んでいたのが、
Train the Trainer.
教える人を育てることです。
私が直接トレーニングをするだけではなく、そこで学んだ人が、自分の現場に戻って、他の人たちに伝えていく。
その人が、さらに別の人を育てていく。
いわば、種まきです。
私は、この考え方がとても好きです。
一人の専門家が、すべての人を守ることはできません。
でも、考え方や実践の方法を理解した人が、それぞれの場所で活動を始めたらどうでしょう。
自分の組織。
自分のチーム。
自分の地域。
そこで少しずつ、できることが増えていく。
サイバー判断力のお稽古でも、同じことをやりたいと思っています。
でも、教材を配るだけでは広がらない
ここで、私には一つ、とても気になっていることがあります。
それは、
サイバー判断力のお稽古が、いつの間にか普通のセキュリティ研修になってしまうことです。
例えば、私がワークショップの教材を作ったとします。
それを誰かに渡す。
その人が教材を使って、自分の組織で研修をする。
それ自体は、よいことだと思います。
でも、そこで、
「今日はフィッシングメールの特徴を学びましょう」
「この場合の正解は何でしょう」
「正しい行動を覚えてください」
という、従来型の研修になってしまったら。
それは、私が目指しているものとは少し違います。
もちろん、知識を教えることも、正しい手順を覚えることも必要です。
でも、それだけではありません。
私が育てたいのは、
自分で感じ、自分で気づき、自分で考え、判断できる人です。
そのためには、教材をそのまま再現するだけでは足りません。
なぜ、このワークショップをするのか。
なぜ、最初に気づくことを大切にするのか。
なぜ、正解を急いで教えないのか。
なぜ、心理的安全性が必要なのか。
なぜ、止まるだけではなく、間をとるのか。
そこを理解してもらう必要があります。
つまり、
伝えたいのは、教材ではなく、設計思想です。
このお稽古で、絶対に残したい5つのこと
私が考えているサイバー判断力のお稽古には、特に大切にしている5つのポイントがあります。
1.気づくことの大切さと、難しさに気づく。
私たちは、思っているほど周りを見ていません。
見えているつもりでも、見えていないことがあります。
だから、最初の目標は、正解を出すことではありません。
「私は、気づいていなかったのかもしれない」
ということに気づくことです。
2.環境、状況、感情に気づく。
同じメッセージでも、置かれている環境や状況、自分の感情によって、判断は変わるかもしれません。
疲れている。
焦っている。
責任を感じている。
時間がない。
だから、
「自分はいま、どんな条件の中で判断しようとしているのか」
を見ることが大切です。
3.自分のゆがみに気づく。
「上司からだから」
「いつもの取引先だから」
「有名企業だから」
「自分なら騙されない」
私たちは、いろいろな前提を通して物事を見ています。
大切なのは、認知バイアスの名前を覚えることではありません。
「私にもゆがみがある」
と気づくことです。
そして、自分の判断がゆがみ始めたときに、型に戻れることです。
4.止まる。そして、間をとる。
私は、ここがサイバー判断力の中心だと思っています。
間は、何もしない時間ではありません。
自分を見る。
相手を見る。
疑う。
確認する。
別の可能性を考える。
そして、次の行動を準備する。
間とは、よりよく判断するための空間です。
この間を、知識として覚えるだけではなく、繰り返しお稽古して、少しずつ身につけていく。
そこを大切にしたいと思っています。
5.行動は、必ず最後に置く。
攻撃者は、私たちに考える前に行動させようとします。
急がせる。
怖がらせる。
期待させる。
責任感を利用する。
そして、自分が用意した台本の中で、与えた役を演じさせようとします。
だから、気づく。
止まる。
間をとる。
そして、自分で次の行動を選ぶ。
確認する。
相談する。
報告する。
保留する。
必要であれば、何もしないことを選ぶ。
クリックしないことがゴールではありません。
自分自身で判断し、行動を選べること。
私は、そこを目指しています。
お手本はある。でも、答えは一つではない
この5つは、お稽古の中心として残したいものです。
でも、だからといって、すべてのワークショップを同じように実施しなければならないとは思っていません。
むしろ、それでは面白くない。
参加する人が違う。
組織が違う。
文化が違う。
仕事が違う。
置かれている環境も違います。
だから、お稽古の方法も、それぞれの現場に合わせて変わっていいと思っています。
私が和太鼓で学んできたことにも、少し似ています。
まず、型を学ぶ。
何度も繰り返す。
身体に覚えさせる。
そして、その型を身につけたうえで、少しずつ応用していく。
型があるからこそ、自由に動ける。
サイバー判断力のお稽古も、そうありたいと思っています。
守りたいのは、教材の形ではなく、考え方の中心です。
その中心を理解した人が、それぞれの現場に合ったお稽古を作っていく。
私は、そんな広がり方を目指しています。
教える人にも、Open MindとOpen Heartが必要
そして、Train the Trainerで忘れてはいけないことがあります。
それは、ファシリテーター自身の心構えです。
以前の投稿でも書きましたが、私のワークショップでは、
Open Mind.
Open Heart.
を大切にしています。
なぜなら、参加する人が安心して自分の判断を見つめられる環境が必要だからです。
「間違ってはいけない」
「正解を言わなければならない」
「こんなことを言ったら、笑われるかもしれない」
そんな状態では、自分の思考や感情を素直に見ることは難しくなります。
だから、ファシリテーターは、正解を教える人である前に、
参加者が自分自身に気づくための場をつくる人
であってほしいと思っています。
答えを急がない。
人の考えを否定しない。
違う見方を歓迎する。
必要なときには問いかける。
そして、参加者自身が考え、気づくことを支える。
私は、そんな人たちと一緒に、このお稽古を広げていきたいと思っています。
私がまきたい種
このシリーズを書きながら、私自身も、改めて自分が何を大切にしているのかを整理することができました。
そして、このお稽古は、まだ完成したものではありません。
これからも実践し、観察し、研究しながら、育てていきたいと思っています。
AI時代を迎え、私たちが使う技術も、攻撃の方法も変わり続けていくでしょう。
だからこそ、特定の攻撃の手口や正解を覚えるだけではなく、変化する環境の中で、自分で感じ、考え、判断できる力を育てていく。
そのためのお稽古を、日常の中に根づかせたい。
私が目指しているのは、私のワークショップに参加する人を増やすことだけではありません。
自分でお稽古を続けられる人を増やすこと。
そして、そのお稽古を、次の人に伝えられる人を増やすこと。
種まき。
サイバー判断力という種をまいていきたいと思っています。
もし、この考え方に共感し、一緒にお稽古を広げていきたいと思ってくださる方がいたら、ぜひお話ししてみたいです。
一緒に、種をまいていきませんか。
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