随想 無題 (その①)
※注意
本稿は、体験にも基づき社会保障や介護サービスへの所感を述べるふりをした、極めて私的な愚痴です。物語として楽しむか、読み飛ばしてください。
5月に、母が7年間入院していた病院を退院して、そのまま老人ホームに入居した。今年に入ってからは、手続きや準備にあわただしく、疲労困憊。
母は不安障害で、もう何十年も入退院を繰り返してきた。根治するものではないので、何かきっかけがあると調子が悪くなり入院するが、症状が改善しないまま退院。退院後しばらくするといつの間にか緩解して通常生活にもどれるのだが、また何かあると入院。これを繰返している。
しかし、今回の入院はタイミングが悪かった。7年前の夏、また母が調子悪いので入院したいと言ってきたとき、当時の主治医は入院はしない方がよいとの見解だったこともあり、入院には反対したのだが、無理を通して別の病院に入院。
案の定、治らないとの愚痴るばかりになってきたので、退院してみることを説得していた、そのタイミングでコロナ過に。外出、面会ができないのはもちろんのこと、リハビリや自立訓練なども制限されたようで、母の調子はみるみる悪くなっていった。
特に3年前はひどく、話すことは支離滅裂で歩くこともおぼつかなくなり、おまけに尻もちをついて圧迫骨折をしてしまい車いすになってしまった。その時は、本当にこのまま寝たきりになるのではないかと心配した。
ところが心配に反してその後の経過は良く、歩けるようになり、メンタルも復調してまともな会話もできるようになり、一昨年の年末には同じ病室に友達ができたらしく、笑いながら電話をかけてくるまでにもなった。恐らく、コロナが明けてリハビリなどが再開したり、圧迫骨折と骨粗鬆症の治療で別の病院へ外出するなどが気分転換につながったのが良かったのかもしれない。
そしてようやく退院の兆しが見えてきたのが昨年。母も退院を希望するようになったことに加え、国の方針で病院が病床削減に舵を取り始めたタイミングが重なり、トントン拍子で退院することが決まった。
ただ母は退院して家に戻ることを希望していたが、長期の入院とやはり高齢による認知能力の低下が見受けられるので、主治医とも相談して、いきなり家に帰るのではなく、どこか施設に入って自立訓練をながら様子をみて、ということになった。
それが、ようやく実現したのだ。
(その②に続く)