エンジニアでいかに稼ぐか?学校や会社では知ることができなった体験、経験を綴ります

根性論は正しい?間違い?

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こんにちは手塚規雄です。

・根性がたりない奴が多くて、若手の教育が難しい。

・なんでもかんでも根性論にするのはブラック企業の手口。

そんな2つの意見があります。どっちが正しいと思いますか?それを私なりに考えたことをコラムにしました。

個人的には根性はあったほうがいいと思っていた

私自身が高校生の時まで体育会系の部活に所属していたせいもあり、根性はあったほうが良いという肯定派でした。そのため以前は根性ない奴はあんまり成長が遅い傾向があるという考えの持ち主でもありました。会社にいた時はそんな事も言っていたのかもしれません。

理由としてはやっぱり「我慢ができない人、諦めが早い人=努力ができない人、逃げ出す人」という固定概念があったためです。まさにブラック企業側の言い分と同じですね。実際にこの考えがあっていることもあるけど、人に強制する考えではありませんね。人によって我慢の限界のレベルは違うし、そもそも好き嫌いの違いでも我慢できるレベルは大きく違ってしまいます。自分ができたから他人もできるという理論は成り立たない。それなのに強制するから色々とおかしくなってしまいます。

根性論は泥沼から抜け出すことの区別がむずかしくなる

会社を辞める前ぐらいから根性論を否定するようになってきました。自分自身が会社を辞める事を考えるようになると、自分自身の行動がその根性論の否定にもつながり今までは間違っていたと思うようになってきました。自己否定をするのは難しかったですが、それ以上に色々と限界になったというのが事実です。

もし根性論信者でなかったらもっと早く会社を辞めていたのかもしれません。でももう一方で逆境でも頑張れる能力は持つことができなかった。だからこそ、これは単純に自分は逃げているだけなのか?それともすでに限界を超えているので正しい判断なのか?会社を辞めると宣言するまではその判断には苦しんだ思い出はありました。

根性はあったほうがいいけど、諦める判断基準をもつことと他人に強制させてはダメ

やっぱり逆境に強くなるのはけっこう大きな能力です。基本的な能力が低く、土俵際まで追い込まれることが多いけど、そこで踏ん張れるだけでも他の人にはないスキルと考えているためです。だから根性はあったほうがいい。でも諦める判断を間違う可能性が高い。

だからこそ、頑張る限界、諦める基準を先に考えておくほうが正しい判断をすることができます。他人から見るとあそこまで頑張ったのに諦めるのはもったいないという風に見えるかもしれませんが、頑張りすぎて結果を残せても心身が壊れたらどうしようもないです。しかも決して若いといえる年ではもうないのが最大の理由です。

他人に強制してはいけないのは、相手も最初から諦めの基準を持っていて、その判断を変えるような真似はしてはいけないという事。またすでに相手にとって限界を超えている可能性もあるわけなので、根性がないと決めつけてしまうのはやっぱりダメなのです。

極論は根性なんかいらない

逆境を乗り越える力としては根性が必要ですけど、そもそも逆境に陥るような事をしなければよいのですから。それが難しいからこそ根性が必要と言う人が多いので極論なのです。逆境に陥ったら根性で踏ん張るのも大事かもしれないけど、そうなる状況になった原因を取り除くほうが大事なことです。そしてその能力を持っている人はいわゆる「デキる人」ということです。

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