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自称人見知り流 新しいところへの飛び込み術

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みなさま、おはようございます。Kyonです。

先日、社外のお知り合いにお声をかけていただき、某学会の研究会に参加してきました。

お声をかけてくださった方以外全く面識がなく、専門外の分野でついていけるのか不安でしたが、温かい雰囲気で多少わかる内容もあり、収穫もありました。引き続き、お顔を出させていただこうと思っています。

「新しい場所にポンっと飛び込めてすごいね〜」と言われたことが何度かあるので、私なりの戦術をご紹介することにします。

私の自称人見知りレベル

私の人見知りレベルをエピソードを交えながら、ふんわりと定義しておきます。

まず、初対面の人に自分から話しかけるのが大変辛い、どころかできないです。

学生時代、所属サークルで行う新入生への勧誘活動が大変辛く、逃げ回っていました(逃げ切るために新しい仕事を作ってそっちをやってみたり)。おそらく私には"初対面の人に自分から話しかける"機能が実装されていないのかもしれません。

対人に関してはもう一つあって、打ち解けるまでに非常に時間がかかるところです。

普通に会話して盛り上がったりするのは割とすぐですが、気兼ねなく何かを話したり、何かを一緒にしたりできるようになるまでが、おそらく自分以外の人に比べると長くかかります。

例えば、お互いの同意の元でタメ口とか、何かに誘うこと等です。私はそうしたいと思っていても、相手はそう思っていないんじゃないかと思っている節があります。この時間がかかるところについて、現在進行形で困っています。うーん、どうしたものか。

また、周りからの目が気になりすぎて、外出している時に誰かの行く手を阻んでいたり邪魔になっていたりすることに気づくのが人一倍早いです。それなりの人数で集まったりする時、広がって待ったり歩いたりしてしまっていると「邪魔になっている」と感じてしまい、ひっそりと気疲れしてしまっています。

歴代上司や現在の上司によく言われて(言われるというのは指摘されるというよりは定番のネタと化しているという方が正しい)、自分で理解しているのが"自己評価がかなり低いこと"です。

もし何か上手くできても、「これぐらいはみんなできて当たり前だし、自分ぐらいの経験値があれば誰でもできるから、自分は何もすごくない」と捉えがちです。周りの人から感謝されても、「社交辞令なんじゃないか」と感じたり、「周りが助けてくれただけで、自分は何もしていない」と思う傾向があります。

こう書いてみるとそこそこ人見知りで、いろいろとこじらせまくってますね。徐々に克服中ですが、我ながらなかなかヒドイです。克服中の話は別の機会に触れてみることにします。

戦術1:参加者が少人数の集まりを選ぶ

少人数というのは、具体的にいうと10名ぐらいで、偶数だとベストです。

10名ぐらいだったらお互いの顔もなんとなく覚えられるし、全体で話したり個別に話したりできて、自分が話さないといけない!と意気込みすぎることもなくて済みます。

あと偶数というのは、隣の席の方と話すみたいな状況の時にあふれないためです。

自分から声をかけなければいけないというリスクを最小限に減らすことができます。

もちろんうまくいかない時もありますが、そういう時のために他にも戦略を考えています。

戦術2:知っている人が主催している集まりを選ぶ

主催者をよく知っている人か、運営に知り合いがいるような集まりに行くと気持ちが楽です。

その知り合いに自分が人見知りであることを話しておくこともできますし、気にかけてほしいと頼むことも可能です。その知り合いと話していることで、他の人と話すことができたりしますし。

大人にもなってそんなことで人を頼りにするなんてと思われるかもしれませんが、行かないで後悔することほど悲しいことはないです。知っている人はどんどん使わせていただければいいと思います。逆に「頼りにされているんだ」と相手の承認欲求を満たすことができたと前向きに考えておきます。

戦術3:たぶん2度と会うことがないということにしておく

人見知りの最大の敵は、他人からどう思われているか・どう見られているかという相手から見た自分のイメージと自分が思っている自分のイメージとの乖離です。相手からの自分へのイメージと自分自身が持つイメージが乖離すればするほどダメージを受ける気がします。

だったら、これから会う人たちからは嫌われていいし、どう思われてもいい、だってもう2度と会わないんだから、と思い込もうという境地に達しました。もう2度と会うこともないし、たぶん私のことなんてすぐに忘れられてしまうんだから、どう思われてもいいやと思うようになりました。

人脈を広げたくて新しいところに飛び込むなら、これからも会うはずなのにおかしいと思われるかもしれません。最初の一歩を踏み出すきっかけになるんだったら、どう思っていてもいいと思いませんか。

こう思い込むだけで、最初の一歩が踏み出せるなら、おかしくもなんともないです。

戦術4:自分がいてダメな場所だったら向こうから追い出されるはずと思う

自分がやりたいと思って飛び込んだ場所でも、自分がいたらダメな時は飛び込んだ先=向こう側から追い出そうとしてくるはずです。

自分がいたら迷惑というか邪魔なんだったら、相手側からするとそんなリスクは早く除外したいですよね。追い出そうとされていないんだったら、まだ自分はいてもいいということです。

迷惑でも邪魔でもリスクでもないなら、もう少しここにいさせていただこうと思えます。

戦略5:行ってみればなんともないと言い聞かせる

今までいろんな場所に飛び込んでみましたが、事前に思い悩んでいたほどのことはなかったということが多いです。

「行く前は不安だったけど、行ってみればなんともなかったやん」という経験をいくつも思い出して、「大丈夫大丈夫」と自分に言い聞かせておきます。

行く前は馴染めなかったらどうしようとか、浮いていたらどうしようとかいろいろ考えてしまいがちです。だいたい行く前に考えていたようなことは起きないし、起きたところでどうってことないのです。「そういう経験を何度もしてきたけど、大丈夫だったよね、私」と思うようにして、気持ちを整えるようにしています。

戦術を活かした結果

趣味でアマチュア合唱団に入団してみたり(現在は退団)、複数の語学学校を見学して通学し出したり(現在も継続中)、知り合いの知り合いが主催しているIT系勉強会に参加して運営側に回ってみたり(のんびり継続中)、IT関連のボランティア団体に参加したり(現在お休み中)、冒頭の某学会の研究会に連れて行っていただいたり(継続予定)・・・。

飛び込んでみるまでは「ああなったらどうしよう」「こうなったらどうしよう」ということで頭がいっぱいでしたが、直前に「どうにでもなれ!」と思いきって、飛び込んでみたら、どれもなんていうことはなかったです。

むしろ「飛び込んでみてよかったな〜」と思っています。

今は退団していますが、アマチュア合唱団で知り合った方にはいろいろ助けていただいたり、可愛がっていただいたり、全国大会に出場できたり、大きめのコンサートホールの舞台に立つことができたりしました。参加していなかったら、すてきな仲間たちと知り合うことはなかったでしょうし、貴重な経験・体験はできなかったと思います。

また、語学学校では自分の成長を感じられたり、勉強仲間を得たりして、語学以外の仕事のことでも話したり、付き合いがあります。仕事で落ち込んでいて、メンタルが参ってしまっていた時に助けてくれた仲間でもあります。

IT系勉強会やIT関連のボランティア団体、某学会の研究会もそうです。

貴重な人脈や経験を得ることができて、今の私には欠かすことのできない人や事柄です。

大丈夫、飛び込んでしまえば、こっちのものです。なんとでもなります。上手くいかなかったらさようならすればいいです。さようならしたからって、自分の価値が下がったりすることはないのです。

私の戦術が最初の一歩を踏み出すきっかけになれば、とても嬉しいです。

Comment(2)

コメント

ゆう

自分を知っているのではないか、と思うぐらい共感出来ました!
参考にさせていただきますm(_ _)m

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