言語の歴史は人類の歴史。そして人類はコンピュータを言語で動かすようになった。

四十年後のAI

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40年前の人の未来像といえば、チューブの中をホバークラフトみたいに車が走っていて、身の回りの家事全般をずんぐりしたロボットがこなしてくれている。そんな世界でした。たぶん40年後、現代人のAIへの感覚はそういう扱いを受けるような気がします。AI関連の話を聞いていて、一般の人の感覚と実際に携わっている人の温度感の違いからそう感じています。

現代の60代の日本人を見れば分かりますが、「コンピュータは難しい。普通の人が使うものではない。」という思い込みがあるようです。しかし、それより下の世代ではごく普通に活用されている。あと数十年すれば「AIが私たちの仕事を奪う!」と頑なに抵抗している老人の横目に、若者たちがAIを活用しているということになるかもしれません。

ただ、40年後のAIの活用のされ方は現代と全く違うものになっていると思います。AIが高度になったとしても、人間でも間違えるようなものはAIでも判断できません。逆に言えば、AIが正しく判断したとしても、人間がその正しさを認知できなければ、正しさの証明ができません。そこがAIの進化の限界点です。

あと、AIはビジネス用途にはあまり向かないとも言えます。ビジネスは突き詰めれば限られた市場の奪い合いです。AIを導入してもその本質は何も変わりません。単に奪い合いの熾烈度が増すだけで、社会全体で見れば逆に不利益かもしれません。どちらかと言えば、学術や研究に活用した方が利益は大きいと思います。

ちまたで話されているAIの情報は、かなり願望や想像が盛り込まれています。情報は適切にフィルタリングしないと事実を把握することは難しいと思います。タイトルでなぜ「四十年後」と付けたかというと、時間が経つと記録だけが残り、願望や想像が消滅していくからです。そういう観点でないと流行に流されて自分の求めるテクノロジーを見失うのではないでしょうか。

Comment(3)

コメント

仲澤@失業者

そうですね。40年といわず数年後にはAIが次のような結論を出すかもしれません。


(1)経済活動に意味はない。
(2)宗教に合理性はない。
(3)人生には意味も価値もない。


こう言われたら人はどうしたらよいのでしょうか。
宇宙人に会うより前に、自分より頭のいいものと出会うのですから、
色々ともめるでしょうねぇ。

じじい

文系の職場では、pcはしょうがなく使わされてるけど「難しい。細かいことは普通の人は知らなくていい。」というのが、年代を問わず多くの職員が持ってる感想のよう。60代って、理系職場ではそんな見られ方しかされてないのね(笑)。ところでAI(と現状で世間がみなしてるもの)の正しさを人が認知って、既に無理筋?ディープラーニングとかで、それっぽい挙動を示す「AI」の、理由の説明を専門家ができなくなってるってまぢな話?あ、じゃぁもう今のAI限界なんだぁ...と言うのでないのなら、もう少し理系の専門の方らしい観点がないですかね。妙に浅薄な文章で情緒的にしかみえてこないですよ。

Horus

> じじい さん
何か返答を求められた気がしたので答えておきます。


そもそも、専門家も説明できないような事柄を理系の尺度に合わせて納得いくように説明というのは無理です。理系の考え方じゃ収まらないから、専門家でも説明できないんじゃないでしょうか。むしろ、理系の発想の限界を感じます。


私のコラムですが、「社会」とか持ち出して異議を唱えるあたりにポエムを感じたのでしょうか。単に「AIを進歩させるには」という観点から見ると、確かにそう見えると思います。言いたいことは理解できますが、相手に理系を押しつけるのも浅薄な意見で固定観念的にしかみえてこないですよ。

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