第749回 やるか、やめるか
こんにちは、キャリアコンサルタント高橋です。
ここの所、毎回書いてるんですけど、ホントに仕事に忙殺されています。これ以上ない位仕事してます。
私自身、仕事が好きな方なので苦ではない反面、判断を迫られるシーンが多くなっています。それは仕事の取捨選択です。以前と比べて生成AIが使えるようになり仕事をこなせる量が増えたとは言え、それでも何ともならない量の仕事を今捌いているので、取捨選択をしていかないと抜け漏れが出てしまうんです。
そこで、今回は私の中での仕事の取捨選択についてお話しします。
■以前のやるか、やめるか
私は大体6割くらいのパワーで仕事をするのが自分に一番合っていると思っています。それは、このくらいの余力を持って仕事をしていた方が納期までに品質を担保した成果物を作ることができるように思いますし、一方で私の癖でもあるんですが、やる気が出ないと仕事が進められないことへのリスクを回避する目的もあったりします。
こういう状態での仕事の取捨選択はほぼなく、大体いただける仕事を断ることはしていませんでした。それは自分に余力があるからで、時間的余裕で仕事の取捨選択はしていませんでした。ただ、唯一、自分の気持ちの中でやりたいか、やりたくないかってのが大きい要素だったような気がします。
たとえその仕事がお金にならなかったとしても、私自身がやりたいと感じたお仕事は請けてましたし、一方でお金をたくさんいただけたとしてもなんか違うなってお仕事は避けてきました。
恐らく、ここが以前の仕事の取捨選択だったと思います。
■今のやるか、やめるか
今は状況が全く違っていて、仕事量は8割くらいのパワーで行っています。まだ少し余裕はあるのですが、それでも私的にはギリギリのラインだと思っています。これを超えてしまうと、自分自身で制御できないアンコントローラブルな仕事になってしまい、相手にも迷惑をかけてしまうリスクがあるので、仕事はこれ以上増やさないつもりでいます。
そうなると、物理的に仕事をやるか、やらないかといった判断が必要になります。流石にこうなると、私がやりたい、やりたくないでは済まない状況なので明確な線を設けて仕事を請けるようにしています。
その線はC3(認知の前提構造)にあたる全体、因果、基準です。C3の詳細はこちらをご覧いただくとして、私は仕事を「外的事柄」と定義しています。つまり、仕事そのものには良いも悪いもなく、ただのそれは事柄でしかありません。だからこそ、C3(全体、因果、基準)を通してみることで仕事そのもの捉え方にズレがないようにしたいと思っています。具体的には
全体...その仕事の全体像はどうなっているか?
因果...その仕事を行うとどうなるか、その仕事はどこから来ているのか
基準...誰の目線で仕事を抱えるべきか
こういうことを考え、私が仕事を請けるべきか、その仕事を他の人に振るのかを考えて対応するようにしています。こうすることで、自分の判断が明確になりますし、その論拠を相手にちゃんと説明できるメリットがあるように思います。
■忙しいときこそ自分の整理を
私は今、OSTに根差した生活を送っているので、こうした判断が伴うシーンで迷うことはほぼなくなったと思います。また、自分の行動を客観的に振り返ることができるようになり、自分の思考が構造化されて分かるようになってきました。
この忙しさは一過性のモノで恐らく1年もすれば落ち着くと思っています。そこまで何とか体調を崩さず、自分の軸をずらさず頑張っていきたいと思います。