『アットマーク・マキアート物語』 第5話:羽田ブラウンパーマ
2009年9月19日~23日 毎日昼14時 O.A! 株式会社マキアートの新人が、コーヒー片手に旅したIT業界のお話。
★ ☆ ★
■第5話 羽田ブラウンパーマ
野方にあるアパートを空家にしました。
荷物も全部、マキアート社宅に送りました。そういえば社宅は楽器禁止だったよなぁ、でもいいか。
秋も終わりを迎え、冬がやってきます。コートなどもってきていないのでリクルートスーツだけ寒いのは確かです。飛行機の時間に合わせて羽田に向かいました。
「4カ月間、おつかれー!!」
羽田空港のコーヒーショップに見覚えのある茶髪の男性がいました。伸ばしきったその髪はくるっくるのパーマです。
「お疲れさまです、茶髪天パさん」
「電話以外にも口が強くなったな、森村」
4カ月前、納品物をわたして「バグは出ないから」と言い放ったわたしの上司。
株式会社マキアートのシステムエンジニアの、天然ブラウンパーマです。
もちろん本名はありますが、東京で独特につけた呼び名をこの人にもつけることにしました。
「前から聞きたかったんですけど、それは天然のパーマなんですか?」
「あんまり口を滑らすと、今度は北国に飛ばすぞ」
「冗談です。ではどうぞ」
この1シーズンでまわってあつめたソフトの分析書類を渡しました。
「うーん、さすが致命的なバグはでてないな!」
「電話でも申し上げた通りですが、いろいろな問題点が発生しています。今後の見直しにはいいんじゃないでしょうか?」
4カ月、貴重なお勉強をありがとうございました!と続くはずだったのですが、この人はとんでもないことを言いました。
「問題ないよ。動いているから」
耳を疑いました。今、なんとおっしゃいました?
「処理速度とかそういうのは、動いてるからいいんじゃない?」
「ソフトは動いていればそれでいいんだよ」
「ちょっと待ってください! じゃあわたしは、4カ月何のために?」
「うん、保守だけど?」
動いているからいい? 問題点は山ほどあって、それを良くしていくのが、会社や技術じゃないの!?
わたしがしてきたことって、いったい何!?
「東京どうだった?それにしても本当にどの街にもコーヒーショップがあるねぇ。羽田にもあるなんて思わなかったなぁ~。そういえば羽田空港ってラウンジあったよね!ちょっと行って……」
「ブラウンパーマさん、ちょっと待ってください。動けばそれでいいんですか?」
「いいんじゃない?」
技術者がこれでいいの? わたしのしてきたことってなに? 東京で一体……何を勉強してきたの?
これまでであった人たちの顔がうかびました。
説明することの大切さを教えてくれた、赤坂のオペレータ。
プログラムの視点を教えてくれた、新宿のプログラマ。
ITに戻らせてくれた、渋谷の異業種の人。
設計書のあり方を考えさせてくれた、御茶ノ水の海外エンジニア。
「ブラウンパーマさん。最後にわたしがシステムエンジニアに教えてほしいことってなんだかわかります?」
ブラウンパーマはにやりと笑って答えました。
「うん。動けばいいっていうレベルで物事を考えないことじゃない?」
「え?」
「ちょっとからかってみたかった」
「……」
「まぁ、飲めよ。なにがいい?」
最初から思っていたことだけど、なんていじわるなんだ!!この人は!!
「本日のコーヒーを、羽田空港出発ロビー限定タンブラーにいれてもらってください」
「芸が細かいよ……」
飛行機に乗りこみます。
4カ月という長い間でしたが、いろいろな人たちと出会い、いろいろなことを教えてもらい、わたしは技術者として一回り大きくなったと思いたいです。
飛行機の窓から外を眺めると、大きな観覧車が見えました。
しまった!! ディズニーランド行ってない!!
あれは千葉だから、いいか……。さらば東京!
■エピローグ
「この土地限定のタンブラーってないよな~」
「マグはありますけどね」
空港から駅までの道のりはそんな話題でした。会社に帰ってからのことはお互いふれないように。
「君はITでなにがしたい?」
会社に入って最初に社長が聞いてきました。
「どういうことですか?」
「君ぐらいだよ、明確に職種をきめていないのは。他の同期の子はもう道をきめているよ」
「え? あのひょうひょうとしている人もですか?」
「あの子はデータベースエンジニアになりたいそうだ」
「……」
「で? 君は……?」
返答に困っていると、あのブラウンパーマがが助け船をだしてくれたのです。
「まだ社会に出たばかりの子がそんなことわかるわけないでしょー、社長。とりあえず、荒波に出してみて自分で見極めたらどうですかね?」
「遅いインターンシップだなぁ。言ったからにはフォローは?」
「できるだけします」
そんなわけでわたしは4カ月も東京砂漠(表現古い)にいかされたわけです。
「回想にふけったところで、結局どうするの?」
「そうですね……」
「ITの泥臭い部分を一通り味わって、また決めたいです」
「つまり、ITのすぐやる課みたいなもんだね」
それはブラウンパーマの声ではなく、社長の声でした。
「なんで社長が……」
「これはドラマだから。横で社長がきいているなんていうベタな展開はもちろんある」
「フィクションですからね!」
「ちなみに、森村くんの描写にはなかったが、わたしはエキストラでずーっと出演していたのだよ?」
「は?」
わたしとブラウンパーマの声が見事に重なりました。
「コーヒー」
「えー!?」
「それモノじゃん!! あれですか、人をものに例えるってやつですか?!」
社長の一声に非難轟々。
「空想の世界だからなんでもありだ!! まぁ、そんなネタばらしはさておき、すぐやる課でいいんだな?」
「道を決めずに走るのは危険ですが、今は決めずに走りたいんです。いつかこの業界に『染み』でもつくれたらいいなぁと」
おあとがよろしいようで。
コメント
第3バイオリン
森姫さん
フィクションだったんですかー!!
てっきり実話ベースかと思っていたのですが・・・
でも、登場人物(+コーヒー)たちは、たぶん森姫さんが出会ってきた人、
出会いたかったと思っていた人ばかりなんではないかと思っています。
新人森村さんの大冒険、楽しかったです。
お疲れ様でした。
組長
森姫さん
お疲れ様でしたー。そして、楽しい連載でした。
良いなぁ、東京砂漠。笑
森姫
第3バイオリンさん
基本、フィクションです(笑)
嘘、実体験を基にしたフィクションというのが正しいです。
全員モデルさんはいますよー。
解説が徐々にアップされておりますのでよければコーヒー片手にどうぞ。
組長さん
ありがとうございます。組長さんの連載も素敵ですよ★
東京砂漠、また戻りたいなぁ・・・としみじみ思います。
・・・にしても、もうちょい新しい表現はなかったのだろうか、自分。
森姫
第五話解説
*このお話は全体的に実体験をもとにしたフィクションです。
実際に発せられた衝撃的な言葉。
「動けばいいんじゃない?」
もう、これを聞いたときはどうしようかと思いました。
反面教師とはこのことですね・・・。
そんな思いでものを作ってほしくはないとおもって最後に絶対この話はいれようと思いました。
ついでにエピローグの解説。
入社した時にITSSをだされて「さぁ、進路をきめろ!!」と迫られたときがあります。
実際こうやって助けてほしかったです。けど東京に飛ばすのはかわいそう過ぎますね(笑)
森姫
全体的解説というかおまけ
今回の話の趣旨としては
「IT業界探検隊!」なイメージだったのですが、
書いているうちに
「ヒトをモノに例えて書いたらどうなるだろうか?」と思って
こうなりました(笑)
第一話のタイトルからそうなんですけど、
ほとんど
「ヒトをモノにたとえてます」。
ある意味、オブジェクト指向。
・・・とか言っちゃって(笑)
あと、タイトルなんですけど・・・(これ重要)
「アットマークアイティー」って発音していたら
「マッキアートコーヒー」って言葉がふってきたので
それをそのままタイトルに。
と思ったら「マキアート」の部分しか降りてこなくて
最終的に編集部様に頼んで考えてもらいましたとさ(笑)