地方エンジニアが感じる地方・中小企業での悩み

年を取ったことは気づけない

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 あっという間に8月も終わろうとし、今年も残るは4か月となりました。私の場合、毎月月末にコラムを投稿させてもらっていることもあり、毎回毎回月が終わろうとしている話から始まりますが、後4か月と考えると今年もやはり早いなと感じてしまいます。来月の月末もまた似たような書き出しで始めることと思います。

 ここでコラムを書き始めてからかれこれ10年以上の月日が過ぎていて、当初は30代だった私もそろそろアラフィフではなくただのフィフになるくらいにはなっています。純粋に年齢から考えれば厄介な老害的な立ち位置に、本人の自覚のないまま立っているとは思えます。実際に自分の言動を振り返ってみても、プログラミングを主体とした業務をやっていた当時と、ノーコード/ローコードに肩まで使っている現在とでは、考え方も含めて大きく変わってきました。

 肉体的な面のようにはっきりと自覚できることについては自覚しやすいのですが、思想や言動などにおいてはなかなか難しいです。本人は何も変わっていないと考えていても、周囲にしてみるとそのようなことはなくシンプルに老害だと思われていることも珍しくありません。例えば SNS などで、古くからの知り合いである人が気が付いたら何かしらの色に染まったことばかり発言するようになったとか、攻撃的な言葉を多く用いるようになったとか、過去と比較すると明らかに変化した人は珍しいことでもありません。

 これは自分が年を重ねたから理解できるのですが、本人は本気で何も変わっていないと考えています。自分は昔と同じくしっかり考えていろいろできていると、本気で考えています。これが大変厄介な点の一つではないでしょうか。冷静に分析できれば、自分の言動が変わっていることに気づくこともできなくないはずですが、そもそもの冷静な分析を行ったとしてもその時の視点が既に曇っている状態だったりします。

 例えば年を重ねたほどに、過剰なほどでもよいので自分は変化していると考えることができればよいのですが、なかなかそうもできません。何気のない言葉に変にイライラを感じる機会も多くなります。イライラを感じる機会が増えるのもまた、年を取ったと感じる現象の一つです。これも私は実感しているものになります。

 業務の世界で言えば、他人が考えたアーキテクトに注文を付けたくなる、自分の考えた方法を押し通したくなる、といった形で周囲の意見と対立してしまう場面が起こりえます。純粋に今の時流に合わせて判断できれば、自分の考えが古くなっているので他人の意見を採用するのが望ましいと言えるケースであっても、過去の経験や知見という言葉を用いて押し通そうとしてしまいます。技術を売りにするのであれば、これは良くはないものです。

 もちろん個人差がありますので、年を取っている人すべてがこうなるとは言えません。ただそれでも、かなりの割合で老害ならではの行動をとってしまう人が多いと感じます。考えてみれば、私を含めて年を取った人間たちも、若いころには同じ状況を味わっているのですが、それであっても同じことを繰り返してしまうのです。これはどれだけ意識することができるか、が重要になるのだと思います。

 難しいことではあるけども、とにかく意識することが重要ではないでしょうか。油断をすると自分でも予想していない反応をしてしまいがちです。それを防ぐためにもとにかく冷静に意識し続ける必要があると思います。

 まだ若い人たちにとっては厄介なことだとは思われるでしょうが、皆さんもいつか同じようになります。その時のためとは言いませんが、年を取るとそうなりやすい、と覚えておいていただき、それを見据えた対応をしてもらえると、年寄側の私としてはありがたいところです。

 なお、こういった事を伝えたくなるのも年を取ったから、に違いありませんのでそういう時は温かい目で見てもらえると助かります。

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