Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

足し算と引き算から、かけ算と割り算へ

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月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2009年9月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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筆者が社会人になって一番戸惑ったのは売り上げや利益などの「数字」だ。今回はビジネスをする上で避けて通れない「数字」の話をしよう。

●数字の報告会

多くの会社では四半期毎に売り上げや利益が公開される。ビジネスではこれを「数字」と呼ぶ。

数字に責任を持つのはマネージャだが、数字を実現するのは一般社員だ。だから一般社員も数字を見る必要がある。「数字を見るのはマネージャと営業担当者の仕事」と思っている人もいるだろうが、そういうわけではない。売れる製品やサービスを作るのは現場の仕事だ。

社外に公開するかどうかは別にして、数字は毎週、毎月、四半期、半期、年間でまとめられる。報告会が行われることも多い。筆者のところでは、営業担当者とマネージャに対しては毎週、役員向けには毎月、全社員向けには四半期に1度のミーティングが開催される。

筆者は長い間数字に興味がなかった。今でも決して好きではない。数字に関する報告書が分かりにくかったこともある。入社当時、20年以上前の会議はOHP(オーバヘッドプロジェクタ)での発表が一般的だった(*1)。

OHP以前はスライドフィルムを使っていたらしいが、それほど一般的ではなかったはずだ。スライド上映は部屋を暗くしないといけないし、何より作るのが面倒だ。

OHPは明るい場所でも使えるし「トランスペアレンシー」と呼ばれる透明シートに専用のサインペンで書き込むだけですぐに作れる。専用ペンには水性と油性があって、水性ならティッシュペーパーで拭くだけで簡単に消せる。

コピー機で作成した原稿をトランスペアレンシーに複写する装置もあった(*2)。コピー用紙に付着したトナーを熱して熔解させ、トランスペアレンシーに付着させる仕組みだ。

トランスペアレンシーは、説明しながら簡単に書き込めるし、シートの一部を他の紙で覆いながら少しずつ見せる手法もあった。PowerPointに代表されるプレゼンテーションソフトでできることはたいていできる(PowerPointはOHPをまねて作成されたのだから当然だ)。

ただし「美しい」OHP用原稿を作るのは大変だった。20年前は、やっとワープロソフトが使えるようになった時代で、自由に日本語フォントを選択できる時代ではなかった。

一般的なPCでは、標準サイズの「全角」文字に、横2倍サイズ(倍角)、縦横それぞれ2倍サイズ(4倍角)が使えるだけだった。Macintoshはかなり自由なフォント指定が可能だったが、1セットが数十万円以上したし、レーザープリンタはもっと高価だった。安価なプリンタもあったが印字品質が低く、見るに耐えないものだった。グラフ作成ソフトはあったが、結局プリントアウトを切り貼りして1枚の原稿を作り、そこからトランスペアレンシーを作成する必要があった。

現在は、PowerPointで多彩なフォントを使った文章を書き、Excelで作成したグラフを貼り込むのは常識になった。ビジネス分野で言う「数字」を英語で “Figures” と呼ぶ。Figuresの報告にFigures(図形)を使えるようになったのは素晴らしいことだ。

●データからインフォメーションへ

原典にあたろう」でも紹介しているが、日本語の「情報」には3つの意味がある。

当初「情報」はスパイ活動を含む「諜報」の意味で使われていたが、後に「データ」の意味で使われるようになった。1960年代には企業がコンピュータの導入目的として「EDP」を掲げたところが多い。EDPは “Electronic Data Processing” の略で、日本語では「電子データ処理」と訳されたが「情報処理」と訳されることもあったようだ。

ただし、当時すでに “Information Processing” という言葉もあり、一般にはこちらが「情報処理」と訳されていた。ご存じの通り「IT業界」のITは “Information Technology” の略である。

「知的能力(インテリジェンス)」の意味で「情報」を使うこともある。CIA (Central Intelligence Agency)は「中央情報局」と訳される。情報の本来の意味である「諜報」に最も近い使い方だ。コンピュータでインテリジェンスを扱うのは難しかったが最近では「ビジネスインテリジェンス(BI)」という概念が登場し、大量のデータの陰に隠れた法則を発見するシステムも登場した。

BI分野は発展途上なのでここでは論じないことにして、データとインフォメーションの違いはなんだろう。現場で集めた生の数字がデータ、傾向をつかむために加工したものがインフォメーションと言われているが、もっと分かりやすい説明がある。

データは足し算と引き算、インフォメーションは割り算とかけ算である。 

データ処理の代表は売り上げと支払い、そして利益である。毎月の売り上げは日々の売り上げの足し算だし、利益は売り上げから支払いを引いたものである。これがデータの本質だ。特に足し算を多用するのがデータ処理の特徴である。

インフォメーションは、先月と今月の売り上げの変化率から、来月の売り上げを予測する。比率、つまり割り算がインフォメーションの本質である。具体的な金額を算出するには現在の金額に予測の比率をかけて絶対値に戻してやればよい。割り算こそがインフォメーションの本質である。

コンピュータ業界は、EDPつまり売り上げや利益の累積から、ITつまり現状の分析と変化の予測に発展した。現在のビジネスはインフォメーションが中心である。

●数字とうまく付き合うには

「数字」のミーティングがつまらないのは、いまだに足し算と引き算しか使わない人が多いからだ。もちろん売り上げや利益の金額は大事だ。企業の年間目標として最も重要な指標は売り上げと利益の数字である。しかし本当に重要で面白いのは金額の絶対値ではなく変化量である。もし「数字」のミーティングがつまらないと感じたら、ぜひ割り算を試して欲しい。「インフォメーション」を扱うIT業界にいて割り算を理解していない人が多いのは残念である。

あなたがマネージャの前でプレゼンをしなければならないとしよう。エンジニアに求められるプレゼンは「数字」ではないかもしれない。しかし、ビジネスをしている以上「数字」にまったく触れないわけにはいかない。少しだけ数字の話をしたい場合は割り算がおすすめだ。

ただでさえ不慣れな数字と格闘するのに、足し算と引き算ならともかく、割り算なんて難しすぎるなどと思わないで欲しい。おそらくITエンジニアが理解しやすいのは足し算より割り算だ。計算は難しいだろうが、どうせ自分で計算するわけじゃない。コンピュータがしてくれる。ぜひ割り算を有効に使って欲しい。

数字を分かりやすく説明するにはグラフが有効である。なぜ有効かというと、全体の中での比率や以前からの変化が簡単に分かるからである。そう考えれば、割り算がいかに重要かを理解できるだろう。グラフを描かなくても「全体の75%を占めます」「昨年よりも20%伸びています」「購入者の78%が満足しています」これだけで具体的なイメージがわく。同じ数字でも売上金額や出荷数、満足した人の人数を提示してもイメージがわかない。

一般的な印象と異なり。エンジニアは「数字」に不慣れな人が多い。しかし、売れる製品を作る責任はエンジニアにある。営業担当者に製品の良さを分かってもらうことも重要だ。足し算を使って説得力のあるプレゼンを行うのは難しい。足し算だけのプレゼンを聞いている自分を思い出して欲しい。割り算は、ビジネスを進める上で重要なツールになるはずだ。

割り算を使うと世界が変わる

(*1) 最近はOHPを見たことがない人も増えてきた。映画「太陽がいっぱい」でアラン・ドロンがサインの練習をするのに使っていた装置、と説明しても余計に分からないかもしれない。

(*2)「リコピー」に代表される湿式コピー、いわゆる「青焼き」を作成する装置と似ている、と言っても余計分からないだろうが。

■□■Web版のためのあとがき■□■

この原稿を提出したとき、担当編集者からこう言われた。

あきない(商い)だけに、商が大事ですね

なかなか気が利いているので、こっちを決め台詞に持ってこようかと思ったのだが、面白すぎるのでやめておいた。

割り算がビジネスにどれだけ大切か、元JPモルガン銀行の東京支店長の藤巻健史氏がコラムに書いていた。何でも、息子さんの試験の点が非常に悪かったらしい。このとき、息子さんは「前回の試験からの伸び率は○○パーセントで、非常に高い値だ」と言い訳したらしい。それを聞いた藤巻氏は、伸び率に注目するというのは素晴らしい、と叱るのをやめたという。

どこまで本当か分からないが、面白いエピソードである。

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