資格取得
月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2007年12月号)をお求めください。もっと面白いはずです。なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。
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世の中にはさまざまな資格がある。医師や弁護士のように、資格がなければ就けない仕事もあるが、ITエンジニアは資格がなくても仕事はできる。今月は、IT業界の資格について考える。
●IT技術者に関する資格
IT技術者には、医師や弁護士のような資格は必要ない。資格を法制化した方が良いという意見はある。ITは、いまや社会の重要なインフラである。電気工事にも、ガスや水道管の工事にも、法的な資格が費用である。同じようにITに対しても資格が必要だという主張だ。
しかし、実際には資格が法制化される動きはない。米国でも法制化の動きがあったが、計算機学会の反対にあって立ち消えになったようである。
IT資格が法制化されない理由はいくつかある。まず、技術の進歩が大きく、資格がすぐに陳腐化してしまうこと。そしてベンダごとに技術や機能に差があって、公的機関での標準化にそぐわないこと。他にもあるが、この2点が大きいと思われる。
ただし、必須ではないが、IT技術者向けの資格はたくさんある。一般的なIT技術の基礎を判定するのであれば、独立行政法人「情報処理推進機構」の「情報処理技術者試験」がある。また、多くのITベンダは自社製品に対する認定試験を実施している。
●IT業界に進みたい人のための資格
IT業界に就職する場合、資格はあった方がいいのだろうか。「大学で講義をした」では「資格はないよりあったほうがいいが過信はするな」と書いた。これは、これからIT業界に入る学生についてのアドバイスである。資格があれば、少なくともやる気はあると認められる。
資格は必須ではないが、余裕があれば、公的資格である「情報処理技術者試験」と、自分が興味を持っているベンダ資格の両方を取得することをおすすめする。
ただし、IT業界で本当に役立つのは技術力よりも英語力だ。IT業界に限らず最新技術に関しては英語の資料の方が圧倒的に豊富である。英語力があれば最新技術を学ぶのは難しくない。
あまり多くの資格を取りすぎてしまうと、逆に不利な点もある。
まず、資格だけが目的の「資格マニア」と思われてしまう可能性がある。目的が手段と化した状態を「オタク」と呼ぶ。一般的な会社は「オタク」を好まない。
また、世の中には試験対策用の問題集が数多く出回っている。問題集の問題が解けるということは、それだけ実力が付いていると考えていい。しかし、ベンダ試験対策問題集の中には出所が怪しいものが含まれる。
多くのベンダ試験は、コンピュータ上で行われ、年中いつでも受験可能である。休日に受験可能なところもある。受験が手軽で受験者が多いことを利用して、受験者から問題を直接収集し、そのまま販売する業者がいるらしい。もちろん、受験した問題を提供する行為は契約違反であるし、その出版は著作権法違反の可能性がある。
それでも、インターネット上には怪しげな問題集が出回っているのが現実だ。問題集は短期間に作成されるので、最新の版を使えば、自分が受験した試験と同じ問題が出る可能性が高い。そうなれば、本質を理解していなくても合格する可能性も高まる。これでは資格の意味がない。
せっかく努力して合格しても、その努力を疑われるのは不快だろう。多くの資格を取ることは否定しないが、なぜその資格を取ったのか、どのような勉強をしたか、何回落ちたかを説明できるようにしておいた方が良い。
●IT業界で仕事をしている人のための資格
それでは、すでにIT業界で仕事をしている人にとってはどうだろう。正直言って、資格はなくても仕事はできる。資格を取らないからクビになることもない。それでも、機会があれば資格は取った方が良い。
まず、公的資格ではITの基礎を修得できる。本当の基礎技術は実務で学習することが難しい。基礎力は、未知のトラブルに対応し、将来の新しい技術を修得するための力となる。
マンガ『ドカベン』で、主人公の山田太郎が柔道から野球に転向できたのも、『巨人の星』で伴宙太が柔道から野球に転向できたのも、『タッチ』で上杉達也がボクシングから野球に転向できたのも、基礎体力のおかげである。
公的資格を取得していれば、技術の本質を理解できる。たとえば、Microsoft SQL Serverのエンジニアが、Oracleのデータベースサーバに移行するとき、何が標準で何がベンダ固有なのかを知っていれば、勉強のポイントを絞れる。
本来、基礎技術は学校で習うものだが、ITに関して学校教育はあまり機能していない。すぐに仕事に結びつくわけでもないので、社内教育も期待できない。そうなれば、自力で勉強するしかない。資格の取得は自習の励みになる。ITは進歩が早いと言われるが、本質的な部分ではここ50年くらい大きな変化はない。安心して取り組んでほしい。
一方、ベンダ試験には、別の効果がある。最近のソフトウェア製品は高機能化しており、全容を理解するのが難しくなっている。本質は変わらなくても見かけが変わっている。
ベンダ試験は、表面的な技術を修得するのに適している。「表面的」といっても、その技術を使うか使わないかでプロジェクトの成否が決まるほど重要な場合もある。特に、新バージョンで追加された機能や、ベンダが特にアピールしたい「目玉機能」は試験に出やすい。そして「目玉機能」を使うことで、従来に比べて圧倒的に簡単にシステムを構築できる場合もある。
●他業種からIT業界に転職したい人のための資格
非IT業界からIT業界に転職したい人にとってはどうか。実は、資格がもっとも有利に働くのはこのケースだ。一般に、異なる職種や異なる業界に転職するのは難しい。転職が盛んな米国ですらそうだ。
ただし、米国の場合には一応のコースがある。働きながら学校に通ったり、通信教育を受けて資格を取り、別の会社の面接を受けるという方法だ。口で言うほど簡単ではないが、働きながら学習できる(成人教育)環境はある程度整備されているし、実際にそういうコースで職種を変えた人も多い。
筆者は、日本でもそういう時代が来ると予想している。成人学習を受け入れる大学の体制や、資格の権威や信頼性という問題を解決する必要はある。しかし、社員を育成するより新規に採用した方が早いということになれば、新規に採用するのが米国流の経営である。
日本では、今のところ「育成よりも新規雇用を優先する」という会社は少ない。新しい技術を持っている人に会社の業務を教えるよりも、会社の業務を知っている人に新しい技術を教える方が効率的だと考える人が多いからだ。
しかし、中途採用の比率はどんどん増えている。実務経験がなくても、資格があれば最低限の知識は持っているだろうし、少なくとも意欲があることは分かる。経験者を押しのけて転職できるとは思わないが、未経験者同士の比較では有利になるだろう。
●資格をいつ取得すべきか
最後にもう1つ。最新の製品資格を取得すべきかどうか、よく聞かれる。一般にソフトウェア製品は、製品発売後1年から数年かけて普及する。あまり早い時期に資格を取っても意味がないのではないかという質問だ。
確かにそうだろう。たとえば、この号が出る頃(注:2007年10月末)にはWindows Server 2008の資格試験の詳細が決まっているはずである(予定では2007年内に日本語版試験を含めて開始)。しかしWindows Server 2008の発売は2008年、試験開始時点では誰も使っているわけがない。
筆者の答えは「新旧両バージョンの資格を取りなさい」だ。新バージョンの資格は、将来性の保証である。旧バージョンの資格は、現在の保証である。顧客にとっては両方重要だ。
最初に書いたとおり、ITエンジニアに資格は必須ではない。しかし、資格取得のための勉強過程で得るものもある。機会があればぜひ取得してみてほしい。何年かIT業界で働いていると「今さら」という気持ちを持つ人もいるだろう。しかし、英語にはこういうことわざがある。頑張ってほしい。
"It's Never Too Late to Learn” (学ぶのに遅すぎることはない)
■□■Web公開のためのあとがき■□■
偉そうなことを書いたが、筆者は情報処理技術者の資格を持っていない。正確には、20年ほど前に取った「第2種情報処理技術者」資格(当時)を持っているだけで、それ以来、受験していない。
マイクロソフト認定技術者資格は数多く持っているが、これは業務上必要なので取得したものである。
本文では「IT技術者に資格は不要」と書いたが、ベンダ認定教育コースを実施するには、ベンダ認定資格の取得が義務づけられている。筆者の本業は、技術教育コースの講師であり、専門はWindowsだからマイクロソフトの資格取得は必須である。
さて、それはともかく、米国流の会社経営は、良くも悪くも日本に流入している。「日本では事情が違う」という言葉は、信用しない方がいい。今まで、この言葉には何度もだまされた。これは「米国と完全に同じになるわけではない」という意味であって「まったく影響を受けない」という意味ではない。予想以上に米国流のやり方が浸透したというケースが実際には多い。
米国流の良い面は、自分に適性がないと分かったら別の職種にチャレンジできる点である。一方、悪い点は職場内での競争が激化する点だ。以下の話は伝聞であって、100%信用できる話とは思っていない。しかし、いかにもありそうな話なので紹介する。
同じ職場にAさんとBさんがいたとする。2人は同じ職種で同じように仕事ができる。ところが、上司はAさんを気に入っているので、Aさんを昇格させたところ、Bさんが抗議した。この時、米国ではBさんに対して、Aさんが昇格する理由を客観的に示す義務があるという。そうしないと訴訟に持ち込まれる。
米国人はよく裁判を起こすため「スー族」と呼ばれるくらいだ。「スー(sue)」は「訴える」で、アメリカ先住民の「スー(Sioux)族」と引っかけたものだ。もっとも本物のスー族は訴訟とは無縁なので少々失礼な言い方ではある。映画「ダンス・ウイズ・ウルブス」に登場するのが本物のスー族だ。
さて、この時、Aさんが業務に関連する資格を持っていたら、それが客観的な証拠になるらしい。逆にBさんが資格を持っていて、Aさんが持っていなければ上司の立場は不利になる。米国では、多くの人が個人で講習会に通い、資格を取得する理由はここにあるという。