Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

マスコミは信用するな

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 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2007年11月号)をお求めください。もっと面白いはずです。なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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 新聞やテレビのニュースでは、必要以上に危機感をあおることがよくある。IT業界の事件も例外ではない。今回は、マスコミに登場した「トンデモ事件」を紹介したい。

 テレビ番組では、データをねつ造することがしばしば問題になる。有名なところでは関西テレビの「あるある大事典II」が話題になったが、それ以前も何度かあった。新聞記者による事件のねつ造もある。その都度再発防止策が取られたことになっているが、数年で効果は消える。これは「扇動的なニュースほどよく売れる(視聴率が高い)」ためである。

●Windowsの品質は低い?

 前回紹介した「母ババ問題」では、典型的な扇動記事が数多く登場した。たとえば日経BPのWebサイトは「ああ情けない!--発売直前、Win 2000日本語版独自バグ発生」と見出しを付けた。確かに初期のWindows NTの品質は決して高くはなかった。Windows 2000についても注意を喚起することが社会的な使命だと感じたのであろう。しかし、それが実用上の問題につながるものではなかったことは前回指摘したとおりである。

 簡単に復習しておくと、母ババ問題は「Active Directoryのオブジェクト名で、濁音や半濁音の有無を区別しない」というものである。そのためフランスの首都「パリ」とインドネシアのリゾート地「バリ」は同一視される。しかし、そもそも米国ボストン近郊の都市「ケンブリッジ」と、英国の学研都市「ケンブリッジ」は区別できない。ロンドンの歓楽街「ソーホー」と、ニューヨークにある芸術家街「ソーホー」も同じだ。日本でも「新川」なんていう地名は山ほどある。「いばらき」と「いばらぎ」は区別がない方が使いやすいという意見だってある。

 扇動的な記事を書かなかった出版社が良心的であったとは限らない。多くの出版社にとってマイクロソフトは大事な広告主である。マイクロソフトからの圧力はなかったと信じているが(*1)、出版社自身の自主規制はあったかもしれない。

 Windows Server World(当時はWindows NT WorldかWindows 2000 World)には「実用上問題はない」と書いてあったが、その記事の作者は横山哲也、マイクロソフトのパートナー企業に勤務している人間である。バイアスがないと言い切ることはできない(*2)。

●無線LANの暗号化強度は弱い

 無線LANの出始めのころ、ある雑誌に記事を書いた。「無線LANの暗号化機能には問題があるので、企業では使うべきではない」としたら「スポンサーや他の記事との関係があるので、もう少し柔らかく」と言われた。

 無線LAN自体は便利だし、せっかく立ち上がった無線LAN市場が縮小することは筆者の本意ではない。結局「無線LANの暗号化機能には問題があるので、利用するときはリスク対策をすること」と書いた。

 どちらの書き方が良かったのだろう。「使うべきではない」の方が面白そうである。「リスク対策せよ」は、スポンサーの圧力に屈したみたいだ。しかし、この場合「正しい」のは後者である。

 「安全だ」と書くとウソになる。しかし、情報漏洩が問題にならない使い方をすることはできるし、SSLやIPSecなどの暗号化機能を組み合わせれば情報漏洩も防げる。「使うべきではない」は、ある一面だけを扇動的に取り上げた「トンデモ記事」だったわけだ。今では、書き直しを依頼してきた編集者に感謝している。

 特定の場面で問題になる機能だけを取り上げて批判することは、誰も得をしない。それよりも、問題は問題として指摘し、その問題を回避する方法を紹介する方がよっぽど役に立つ。技術者として社会に貢献できるのはどちらなのか考えてほしい。

●なんとかダイエット

 最近『メディア・バイアス - あやしい健康情報とニセ科学』という本を読んだ(光文社新書)。食品や健康に関する扇動記事は非常に多い。これらの多くは完全に間違っているか、かなり怪しいという。紹介されている根拠は査読付論文が中心であり、かなり信憑性が高い。「査読」とは、その分野の専門家が内容の評価を行うことであり、主に学会誌で採用されているシステムである。いくつか紹介しよう。

食物繊維が大腸ガン予防に有効

 オリジナルの研究レポートの見出しは「食物繊維と大腸ガンに相関関係なし」だったのに、本文の「例外的に、普段から極端に食物繊維摂取量の少ない女性には有効」という部分だけが大きく報道された。

 ただし、大腸ガンの予防には効果がなくても、大腸の働きに欠かせないことは確からしい。また、心疾患や糖尿病などの発症リスクを低下させる効果もあるという。サプリメントで補うことが必要かどうかは異論もあるが、食物繊維が不要だということはない。

遺伝子組み換え大豆の危険性は誰も立証していない

 日本で公演したロシアの科学者は「ラットの半数が死んだ」という実験データを出したが、死んだラットには非加熱大豆タンパク、死んでいないラットには加熱大豆タンパクを与えていた。非加熱大豆タンパクはそれ自体が毒性を持つ。日本では3世代、米国では4世代のラットの実験が行われているが、有害という結論は(まだ)出ていない。

 安全だという証明には多くの検査が必要なため結論は出せない。ただし、日本では混入率が5%以下なら「遺伝子組み換え大豆不使用」と表示できる。

「有機野菜が身体にいい」という実験データは世界中のどこにもない

 有機野菜を食すかどうかはライフスタイルの問題である。英国の食品基準庁も「有機野菜が身体にいいとか、栄養価が高いという証拠はない」としている。

 元ITエンジニアの友人が、専業農家となって無農薬農業を実践している。彼に言わせると、

そもそも有機栽培の利点は、光合成産物の量を増やすことで、仮に天候不順などがあっても、化学肥料だけで栽培したものに比べて、食味が上がるなどの効果が期待できる。さらに各種有機物が入ることによって、土の中の微生物の活動が活発になり、土壌団粒化を推進して植物の生育環境を整えていくということも期待できる。また、いわゆる循環型農業を行うことで、廃棄物をなくすことが有機肥料を作る過程で可能になる。

ということらしい。別に身体にいいわけではない。

無農薬野菜はアレルゲンとなる物質を含む可能性が高い

 数十年前と違い、現在の農薬はかなり厳しい審査があり、残留分はほとんどない。一方で、農作物は病気になると自己免疫機能により、農薬に似た物質を自己生成し、こちらは残留する。これがアレルゲンになる。

 ただし、これはそれ自身が「トンデモ記事」の香りがする。 筆者は真偽を判定する立場ではないので、意見を紹介するに留めたい。

 扇動的な記事に仕立てるなら「だから有機農法には意味がない」「無農薬野菜は身体に悪い」ということになるのだろうが、もちろんそんなことはない。有機栽培は、農地にとって有利な面がある。また、人類が数千年食べ続けていた無農薬野菜が本当に身体に悪いはずがない。ある一面を強調すればどんな結論でも導き出せるという例だ。

●扇動的な記事を求めるのは誰?

 権力の監視はマスコミの大きな役割の1つである。社会的な影響の強い企業は、ある種の権力を持つ。だから、マイクロソフトに厳しくあたるのはマスコミの義務でもある。しかし、根拠のない批判は単なるバッシングだ。マイクロソフトが批判されるのは、それだけの社会的責任があるからであって「悪の帝国」であるためではない(たぶん)。

 ただし、マスコミによる批判は扇動的になりがちだ。この時、ITのプロフェッショナルはどのように行動すべきだろう。一緒になって扇動するのは無責任だ。無視するのも良くない。無視することは容認することと結果的に同じことになるからだ。

 事実に反したり、現実的ではなかったりする報道に関しては、正しい事実を指摘するなり、疑問を提示することが必要だ。記事としては面白くないかもしれないが、それがプロフェッショナルの責任である。十分な根拠を探す時間や手間をかけられなければ、疑問を提示するだけでもいいだろう。今はブログなどのツールが充実しているため、マスコミを使わなくても自分の意見を表明できる。

 では、そのプロフェッショナルは他のプロフェッショナルの書いた記事をどう読めば良いのだろう。すべてを鵜呑みにするのは危険である。トンデモ記事を書いているのも専門家には違いないからだ。しかし、だからといって全然参考にしないのは効率が悪い。筆者が記事を書くときに心がけていることがある。元はロシアの言い回しで、レーガン大統領がソ連(当時)に対して投げかけた言葉だ。

Trust but Verify (信頼する、しかし検証させてもらう)

(*1)「マスコミ操作をすることは無意味だし、われわれの仕事ではない」という言葉を、マイクロソフトの社員の方から直接聞いた。筆者はこれを信用している。

(*2)筆者は、バイアスはないと確信しているが証明のしようがない。

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 新聞やテレビのニュースでは、必要以上に危機感をあおることがよくある。IT業界の事件も例外ではない。今回は、マスコミに登場した「トンデモ事件」を紹介したい。

 「扇動的な記事には注意」といいながら、「ITはみんなを幸せにできるか」では、生体認証について扇動的な記事を書いてしまった。これは反省している。ウソを書いたつもりはないが、内容には問題がある。たとえば「指紋認証を使っていると、犯罪者に指を切断される」が典型的な扇動記事である。もうちょっと別の書き方はあったと思う。

 それにしても、食品や水に関しては、怪しげな風説が非常に多い。なぜ食品についてだけ、こうしたウソや誤解が広まるのかを研究している人もいるくらいだ。中には、健康にいいはずが、かえって健康を害したり、調理の不備で中毒になり救急車で運ばれた人もいるという。十分注意したい。

Comment(2)

コメント

マスコミ自身がマスコミは信用するなと言い出す有様である。

@ITにしても信用できない記事が多い。

まぁそれをわかって読んでるんだけどね。

少なくともITに係わっている者は一般大衆よりも知性的であって欲しいと願うよ。

Swindler

ITに係わっているから一般大衆と違うなどという、大して根拠のない自負や思い込みこそが、コロリと騙される大きな要因だったりするので要注意です。
業種やポジションに限らず、自分で思うほどスキルが高くないのにプライドだけが肥大した人間というものは、実にコントロールは楽なものです。

自身で検証できないすべての情報には「そういう見方(面)もある」という相対的なスタンスで臨めば済むことでしょう。

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