「机」と一緒に歩んで
2006年7月28日の「@IT自分戦略研究所 Weekly」に掲載したコラムを紹介します。たしかに、この会社の机は引き出しが多い。僕も引き出しの多い人間になりたい。
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少し先のことばかり見てしまい、目の前や足元をついつい見落としがちな私。そんな私がふと目を下に向けると存在する「机」。
考えてみるといままで生きてきた中で10分の1くらいは「机」と一緒に過ごしている。その時々の「机」は、人生の歩みを表しているような、そんな気がした。
いままでで一番広かった「机」は、以前いた会社で使用していた、社長が使うような広い「机」。正面だけでなく左手にも広々とスペースが。周りからは羨望(せんぼう)のまなざし。とても偉くなった気分。
しかし対面の同じ部の入社2年目も同じ「机」だった。いつの間にか後輩の荷物が私の「机」を半分ほど占領。達成意欲の高い後輩は完全制覇を目指し、さらなる侵略を。私は降伏寸前。残念ながらそんなに偉くはなかったようだ。
学校の「机」には引き出しなんてなかったな。小学校4年生のときの隣の席では「机」の中からカピカピのパンが発掘されていた。週1回の定例行事。
小学生のとき買ってもらった学習「机」。当時はやったシールをペタペタ貼ったおかげで、中学生のときはがすのに一苦労。結局うまくはがせず、奇妙な模様の「机」が完成。とても恥ずかしかったが、多数の友人宅にもその跡が見られ、不思議な安心感が。
高校生のとき、音楽室の「机」が他クラスにいる友人との伝言板になっていた。週2回の定期通信。いま考えると高度な通信手段。内容はほかの人からも丸見え。友人が書いたとは思えない伝言多数。いま考えると低度なセキュリティ。
そしていま。いまの会社の「机」は結構広い方。普段は見えないところに隠れている引き出し多数。当然引き出しの数は過去最大。この多さにまだ戸惑いを隠せない私。広さも引き出しも使いこなせていない。仕事も同様。これからこれから。
考えてみれば人生の中で、とても長く接している「机」。いろいろ思い出すことばかり。
この「机」と一緒に私はどんな仕事をしていくのだろう。
よく見るとこぼしたコーヒーの跡が結構残っている。たまには掃除でもしてやらないと。感謝感謝。
(人財メディア事業部 平岡健)