「あなたの行動に期待する」
2010年2月13日の「@IT自分戦略研究所 Weekly」に掲載したコラムを紹介します。祖父は、最も尊敬する大人の1人です。100カ国以上を渡り歩いたじーちゃんの話は、いつだってファンタスティックだった。
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先日、『独裁者との交渉術』という本を読了した。カンボジアPKOやボスニア紛争の調停を指揮した「国際連合の交渉人」明石康氏に、ジャーナリストの木村元彦氏が「交渉術」をテーマにインタビューしたものである。
明石氏の言葉の中で最も印象的だったのが「あなたの行動に期待している」という言葉だ。手紙に添えたこの一言が、国連に反発していたカンボジアのフン・セン首相の態度を変えた。西欧諸国の人々は「あんな輩に下手に出る必要はない。毅然とした態度を示せ」と、明石氏の交渉方法に不満を漏らした。しかし、明石氏は「相手を尊重する姿勢を見せれば、相手が交渉に応じる可能性がある」と信じていた。
この本を読んで、祖父のことを思い出した。企業や政府と交渉するために世界を飛び回っていた祖父は、1980年代にイランで拉致されかけたことがある。
彼が乗り込んだタクシーは、指定先のホテルに向かわず市外へ向かった。30分以上経ってようやく「自分はどうやら拉致されているらしい」と気付いたとき、祖父は騒ぐでもなくアクション映画よろしくドアから脱出するでもなく、運転席と助手席に座る青年2人に淡々と話し掛けることを選んだ。
クリスチャンだった祖父は、イスラム教を信仰する若者に「われわれは同じ啓典の民だ」と呼び掛け、「なぜこんなことをするのか。あなた方はこんなことをしたいと心の底から思っているのか」と語り続けたようだ。「怖くはないのか」と青年たちに聞かれたとき、祖父は「あなた方の良心を信じる」と答えたという。
3時間あまりの長いドライブの末、青年たちは祖父をホテルまで送り届けた。別れ際に「良い旅を、ミスター」といった青年の顔が忘れられないと、イラン土産の青い石を磨きながら祖父はつぶやいた。「もしそのまま彼らが山奥まで行っていたら、こうして話を聞くことはなかったのだ」と、不思議な心地がしたのを覚えている。
「あなたの行動に期待する」「あなたの良心を信じる」という一言が、相手の態度を変えうる。100の交渉ノウハウよりもずっと重要だと、わたしは思う。