第18回: ローエンドBluetooth Audio SoCのエコシステムをしらべてみた(前編)
はじめに
今回はちょっと趣向を変えて、これまで分解したローエンドBluetooth Audio機器についてまとめてみます。
※本内容は2022年7月17日の「分解のススメ」というイベントで発表した内容をダイジェストにまとめたものです。
ローエンドBluetooth Audioの流れ
2017年にAppleのAirPodsシリーズが発売され、「完全ワイヤレスイヤホン(TWS = True Wireless Stereo)」というものが市場に登場、これをきっかけに各社からTWSイヤホンが発売されました。2020年初頭には中国の海外向けECサイトであるAliexpressに約1000円の「A6X」が登場し、一気に低価格化が進みました。
日本では2021年に3Coinsから1500円(税別)で、その後ダイソーからも1000円(税別)でTWSイヤホンが発売されました。今ではドラッグストアや書店でも見かける人気商品になっています。
また、リモートワークの普及にともないWeb会議に使用するBluetoothヘッドセットも低価格化が進み、それまで数千円していたものが300〜500円で販売されるようになりました。
これらの数百円から2000円前後で購入できるものを「ローエンドBleutooth Audio」と筆者は呼んでいます。
ローエンド Bluetooth Audioの流れ(個人的観測範囲)
分解してSoCを調べてみる
AirPodsのようなハイエンド製品では複数の専用ICを組み合わせているものが多いのですが、ローエンド製品では、Bluetoothの無線機能・電源管理機能といった機能が1個にまとめられた「SoC(System on Chip)」を使用しています。
手軽に入手できるということもあり筆者の手元にはいくつもの分解した「ローエンドBluetooth Audio」が15種類ほどありますので、使われているBluetooth Audio用のSoCを一覧表にしてみました。
これを見ると「JL」のロゴががついたSoCが大多数を締めています。残りの2個は「AB」のロゴがついています。これらのロゴは、どちらも100円ショップのガジェットを分解するとよく見かけるものです。
SoCメーカーについてもう少し調べてみる
珠海市杰理科技股份有限公司(zh-JieLi)
「JL」のロゴのSoCは中国珠海市に本社のある「珠海市杰理科技股份有限公司(http://www.zh-jieli.com/)」の製品です。
会社紹介をみると、社員が和気あいあいとしている写真が掲載されていて、成長中で人を募集している会社っぽい雰囲気を感じます。
ホームページの会社紹介
製品紹介ではBluetooth Audioだけではなく、監視カメラ・スマートウオッチ・スマートロック・ドライブレコーダーといった無線用SoCを中心にいろいろな商品向けのSoCを開発していることがわかります。
ホームページの製品紹介
珠海杰理の歴史を調べてみた
珠海杰理は現在IPOの準備中で"finamce.china.com"というサイトにその記事がありました。
https://finance.china.com/tech/13001906/20220509/37274020.html
こちらに会社の歴史についての記載がありましたので、日本語に翻訳してみたものが以下です。(翻訳のベースはDeepl)
「杰理科技」のメインビジネスは、TWS(True Wireless Stereo)Bluetoothヘッドセットチップ、Bluetoothスピーカーチップ、IoT端末チップの設計で製造工場を持っていない「Fabless」です。
創業者は珠海の半導体業界では数少ない女性起業家の一人である「王艺辉」であるとされています。「王艺辉」は1992年に故郷の成都から珠海にやってきて、2003年に「珠海建荣」に入社、副社長まで上り詰め徐々に半導体業界で名の知れた存在になり、2010年8月に同社を退社し数人の同僚と「杰理科技」を設立しました。
2021年9月末時点の「杰理科技」の従業員数は405名、そのうち「珠海建荣」とその関連会社である「香港卓荣」の出身者は33名と8%を占め、そのうちの中核技術者は5名です。
これによると、副社長が社員を引き連れて独立起業、その後も元の会社からエンジニアを引き抜きつつ業務を拡大してきたようです。
深圳市中科蓝讯科技股份有限公司(bluetrum)
「AB」のロゴのSoCは中国深圳市に本社のある「深圳市中科蓝讯科技股份有限公司(https://www.bluetrum.com/)」の製品です。
こちらの会社紹介は珠海杰理と比べると、いかにもBtoBのビジネス向けという雰囲気です。
ホームページの会社紹介
製品紹介では、完全にBluetooth Audio用のSoCに特化した会社のようです。
ホームページの製品紹介
中科蓝讯の歴史を調べてみた
中科蓝讯も現在IPOの準備中で、こちらは微妙に名前の違う"finamce.sina.com"というサイトに記事がありました。
https://finance.sina.com.cn/tech/2022-03-27/doc-imcwiwss8385282.shtml
こちらにも会社の歴史についての記載がありましたので、日本語に翻訳してみました。
2016年に第1世代のAirPodsが発売された3カ月後、60歳の「黄志强」はビジネスチャンスの匂いを感じ事業参入を決意、ワイヤレスオーディオSoCチップの研究開発に注力し、TWS型Bluetoothヘッドフォンやネックマウント型ヘッドフォンなどのワイヤレスオーディオ端末に応用する製品を扱う「中科蓝讯」を立ち上げた。
福建省で育った黄は高校卒業後電子工場に入社、福建省民興電子有限公司第2工場長、深圳環城電子集団総経理、深圳信友電子工場工場長などを歴任していました。
2016年、当時60歳の「黄志强」は33歳の「刘(劉)助展」らの技術チームと手を組んで、深圳にTWSヘッドセットのBluetooth SoCチップの設計をメインとする「中科蓝讯」を立ち上げました。会社設立当時、「黄志强」は戦略、市場開拓、開発・運営を、「刘助展」ら12人の技術系幹部は、技術研究開発、チーム作り、運営管理などを担当しました。
会社設立時、「黄志强」が60%、「刘助展」と技術チームが40%の株式を保有していたのですが、当初の営業情報には彼らの名前は出てきませんでした。
これは「刘助展」の競業避止義務契約に関わるもので、彼は2006年7月から2014年2月まで「建荣集成电路科技(珠海)有限公司」に勤務し、2014年2月から2016年3月まで関連会社である「珠海煌荣集成电路科技有限公司」でソフトウェアエンジニア、プロジェクトマネージャー、部門マネージャー、プロダクトマネージャー、技術ディレクターとして勤務していました。
2016年9月8日をもって「珠海煌荣集成电路科技有限公司」の「刘助展」に対する「秘密保持および非競争契約」における非競争契約が終了し、「刘助展」の競業避止義務は解除され、2016年12月に中科蓝讯が設立されましたが、時系列的に競業避止義務を回避することはできないと判断したようです。
こちらも、技術部門のマネージャーがスポンサーを見つけて、部下を引き連れて独立起業したようです。競業避止義務を回避するために、会社の株式保有情報を表に出さないようにするなど、色々と微妙な問題があったことが読み取れます。
ここまでのまとめ
「珠海杰理」「中科蓝讯」の両方ともに「建荣集成电路科技(珠海)有限公司」という会社が登場してきているのが興味深いです。
ということで、次回は両社の共通のルーツとも言える「建荣集成电路科技(珠海)有限公司」について調べた結果と、ローエンドBluetooth Audioの製品設計を裏で支えている「方案公司(デザインハウス)」についてまとめてみたいと思います。
後編に続きます。
次回更新は2週間後の10/11(火)の予定です。