ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

イノウーの選択 (3) 取れない責任

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 夏目さんは約束を履行した。翌週の月曜日、朝一番で茅森課長に呼ばれて会議室に向かうと、人事課の戸室課長と浅海さんが待っていた。浅海さんは、人事課で主に採用活動を担当している、中堅の女性だ。全体的にふっくらしていて、大きな丸いメガネが特徴だ。
 「おつかれさま」戸室課長は無愛想な態度で言った。「システム開発室の負荷が増えている、と聞いてね。このままだと、業務が回らなくなる危険性があるらしいじゃないか。そういうことは、もっと早くアラートを上げてくれなきゃ困るよ」
 よく言うよ。ぼくは内心で毒づいた。これまで、機会があるたびに茅森課長を通して増員の必要性を訴えてきた。それを「今は時期が......」「来期に検討......」「対費用効果が......」などと、問題を先送りにしてきたのは誰だったか忘れたらしい。戸室課長は、元々、IT システム管理課の課長で、システム開発室とは比較的近い距離にあった人だから、人事に異動したときは、少しは状況が改善されるかもしれない、と期待をしたものだ。これまでのところ、その期待は裏切られてばかりだ。戸室課長もいろいろあったので、しばらくは事なかれ主義に徹しているのかもしれないが。
 ただ、ここで余計な波風を立てて、せっかくの風向きを逆転させる必要はない。ぼくは小さく頭を下げ「すみません」と答えることで、戸室課長のメンツを守った。
 戸室課長は満足そうに頷くと、もはや興味を失ったような顔で、部下に続きを委ねた。浅海さんは慣れているのか、驚いた様子もなくノートPC を開いた。
 「じゃ、お願いします」
 浅海さんは採用担当だが、ぼくが入社する少し前に別の業界から転職してきた人で、IT 業界に詳しいわけではない。インストルメンタリティ設立時にも、採用関係で何度か話をする機会があったが、転職会社や人材派遣会社からの紹介をフィルタリングもせずに、そのまま渡してくるだけだった。職務に怠慢、というのではなく、プログラマのスキルを見極めるだけの経験もノウハウもないので、詳しい人に丸投げした方が合理的だ、と割り切っているだけのようだ。
 「それでですね」浅海さんが続けた。「とりあえず、一名の採用を行うことで決裁を取りました。上期中の入社を目標にしています」
 もうすぐ5 月も終わろうとしている。実質的に採用活動が動き出すのは、6 月だろう。約4 カ月でプログラマを一人迎え入れることになるわけだ。ぼくとしては、すぐにでも人手が欲しいところだが、夏目さんが言ったように、正社員採用プロセスには、それなりの日数を要する。ぼく自身も経験したことだ。むしろ、こんなに早く動き出したことが奇跡的だ。
 「異存ありません」
 「それでいくつか要件を聞きたいんですが」浅海さんはノートPC の画面に目を落とした。「最初に、第二新卒は可能ですか?」
 「第二新卒って、何でしたっけ」
 そんなことも知らないのか、と言いたげな表情を浮かべたものの、浅海さんは丁寧に教えてくれた。
 「会社によって定義は微妙に違うんですが、うちでは、新卒採用後2 年以内に離職して、転職活動をしている人を指します。まだ雇用されている人は含みません」
 新卒採用後2 年以内、ということは、最大でも2 年分の経験値しか持っていないことになる。優秀なプログラマの構成要素は経験年数だけではないが、多いに越したことはない。
 「2 年以内......ということは、入社して3 日とか一週間で辞めた人も含まれるわけですよね」
 「そうなりますね」
 会社の内情にもよるが、おそらく新卒採用後は半年ぐらいは、OJT の名の下に、先輩社員のヘルプ的な業務をアサインされるのが一般的ではないだろうか。その後、少しずつ担当業務が増えていくとしても、1 ~2 年目ぐらいでは、一つのシステムの要件定義から実装、テストまで全部受け持つ、というわけにはいかないだろう。
 「......今回はパスで」
 「わかりました」浅海さんは驚きもせずに、マウスをクリックした。「ちなみに理由を教えてもらってもいいですか? 今後のために」
 「それぐらいの経験年数だと、たぶん、即戦力というわけにはいかないと思うので。将来的にはともかく、現状で、教育コストをかける余裕はないんです」
 「なるほど。では、システム開発室の正社員として希望する要件を教えてもらえますか」
 ぼくは考えながら要件を口にしていった。IT 業界で少なくとも5 年以上の経験、実業務でJava の実装経験が3 年以上はあること、Linux の基本的な知識があること、上から下まで何でもできること......
 「すいません」浅海さんが入力の手を止めて顔を上げた。「上から下まで何でも、というのは?」
 「要件定義はできるけど実装はできないとか、逆に実装はできるけど仕様書がないと何もできないとか、そういう人はいらないです」
 「そういうものですか」浅海さんは頷いて入力した。「実業務で、ということは、スクールに通っただけ、という人も不可になりますね?」
 「はい」
 ページスクロールキーを何度か叩いた後、浅海さんは何かを読みながら質問した。
 「Java の経験に限るのはなぜですか? うちの社内システムのいくつかはPython で作成されていると聞いていますが」
 少なくとも予習はしてきてくれたらしい。システム開発室の業務について理解を深めたというより、夏目さんの干渉が大きかったのだろうが、小数点以下の数値でもゼロよりはマシだ。
 「確かにPython のシステムもあるんですが、まずはJava での経験を優先したいんです。今後、社内のシステムは、WebAPI 的なものを除けば、おそらくSpring Boot で作ることになると思うので」
 「そういうことですね」浅海さんは入力した。「Spring Boot の経験も必要要件に入れますか?」
 「いえ、あるに越したことはないですが、必須にしなくてもいいです。何かのフレームワーク使ったことがあれば、Spring Boot を憶えるのはそんなに難しいことではないと思うので」
 「では、必須ではなく、歓迎条件としておきましょう。他に追加した方がいい条件はありますか? 年齢や性別、国籍など」
 特にない、と言いかけたとき、戸室課長が急に息を吹き返した。
 「ああ、日本人に限定しておいてくれ」
 「なぜですか?」ぼくは訊いた。「日本語が話せない、だとちょっと困りますが、そうでなければ別に......」
 「前例がないからな」戸室課長は即答した。「それから年齢は35 までだな」
 理由を訊くのはやめにした。まさか今どきSE35歳定年説を信じているとも思えないから、前例がないとか、プログラマは若くなければ使い物にならないと思い込んでいるとか、そんな理由だろう。
 「ぼくは、今年で35 になるんですが」
 「ん、そうなのか。だったら30 までにしておくか? 年上の部下なんて使いづらいだろう」
 「いえ、そんなことはないです。それに使う、使われる、という上下関係にはしたくないので。プログラマ同士、できるだけフラットな関係で」
 すると戸室課長は、正気か、と言わんばかりの目を向けてきた。
 「おいおい、何を言ってるんだ、イノウー」
 「変なこと言いましたか?」
 「会社で仕事をする以上、命令系統は明確にしとかんといかんだろう。君は平社員ではないんだぞ。組織である以上、フラットな関係などありえない」
 「完全にフラットとはいかなくても、限りなく対等な関係性で成り立つ組織だってあると思いますが」
 ぼくが思い浮かべていたのは、前職のサードアイだ。技術部は東海林さんがトップだが、その下では上下関係をほとんど意識することがなかった。だが、戸室課長は、ぼくの考えを真っ向から否定した。
 「そんな組織は健全とは言えんな。イノウー、君は、システム開発室をそんな部署にしたいのか?」
 「......」
 「上下関係がイヤだ? そんなのは、リーダーが責任を取ることから逃げているだけだ。うちはフラットなチームなんです、全員が等しく責任を持って仕事をしています、だから私は彼の失敗の責任など取りません、取る理由がありません、とでも言うつもりか?」
 「そんなことは......」
 「君がどう考えようと自由だがな、新しく採用する社員は、君の部下になるんだ。その部下に対して、自分の仕事には自分で責任を持て、俺は知らん、などと言ってみろ。次の日には退職願が君のデスクに置かれているのがオチだぞ。いや、退職代行業者を使うのか。今どきの若い奴らは、平気で会社を辞めやがるからな」
 ある種の偏見が散りばめられているものの、戸室課長の言葉には、長年マネジメント職にいた者としての重みがある。新米マネージャ未満のぼくとしては、耳を傾けてしかるべきだった。
 「わかりました。すみません。フラットな組織云々は忘れてください」
 「年齢制限はどうします?」浅海さんが訊いた。
 「とりあえずなしで」悩んだ末に、ぼくは答えた。「40 代でも50 代でも、やる気とスキルがあれば」
 「なしですね。ただし、会社としても、せっかく採用する以上は長く働いてもらいたいので、相当に有利なポイントがない限りは、年齢の若い方を優先することになると思います。その点はご了承願いたいです」
 ぼくは頷いた。ただ、戸室課長は不満そうな顔を崩していない。もしかすると、後から人事課長として年齢制限を命令するつもりかもしれない。
 「では、早速募集要項の準備をします。基本的な文言はテンプレートがあるので、それに沿って作成し、人事課での承認が通ったら、イノウーさんにも共有します」
 「選考はどんな手順で進めるんですか?」
 「基本はこんな感じです」
 浅海さんが見せてくれたマニュアルによれば、

 ・書類選考(人事課)
 ・リモート一次面接(人事課、対象部署部長・本部長)
 ・対面二次面接(人事課、対象部署課長)
 ・対面最終面接(人事課、役員)

 の四段階だ。「対象部署」は、今回の場合、経営管理部になるから、一次面接の面接官は大石部長、二次面接は茅森課長ということになる。
 「ぼくは面接には参加できないんですか?」
 大石部長も茅森課長もJava のコーディング経験はないはずだ。茅森課長は、VBA でのツール作成の実績はあるものの、Web アプリケーションの構築となると、その知識は初心者向けの解説サイトレベルだ。
 「そうですね」浅海さんは、お伺いを立てるように戸室課長を見た。「通常は課長が行うことになっているんですが......」
 「別にそれで構わないだろう」戸室課長が面倒くさそうに言った。
 「はあ、ただ、今回はシステム開発室のプログラマ採用ということで、言うなればスペシャリストを選考するわけなので......」
 浅海さんは語尾を濁した。茅森課長がプログラマのスキルを正確に見極められるのか、と明言したくはないのだろう。この場にいないとはいえ、いつ、どんなルートを通って本人の耳に入らないとも限らないからだ。将来、茅森課長が上司になる可能性は決してゼロではない。
 「あの、できれば」ぼくは提案した。「ぼくも面接に参加して、経験やスキルなどを細かく確認したいんですが。何といっても一緒に働くのはぼくなので」
 戸室課長は、ぼくと浅海さんに何度か視線を向けた後、諦めたように小さく首肯した。
 「まあ、そこまで言うなら」戸室課長が答えた。「今回は特例、ということで、二次面接に参加してもらってもいいかもしれんな」
 「はい」浅海さんも頷いた。「では、そのように手配しましょう」
 安堵したぼくに、浅海さんは今後の予定を簡単に説明してくれた。募集要項が確定次第、いくつかの転職サービスと人材紹介サービスに募集登録する。条件にマッチする転職希望者がいれば、サービス会社が紹介してくる。紹介データには、履歴書や職務経歴書が添付されるので、人事課で書類選考する。
 「まあ書類選考といっても」浅海さんは付け加えた。「明らかに条件から外れているとか、希望年収が桁外れとかでない限りは、基本的に通すんですけどね」
 「桁外れって、そんな人いるんですか?」
 「いますよ」浅海さんは思い出し笑いしながら言った。「コロナ前でしたけど、さっき話した第二新卒で年収は最低8 桁希望してる人が応募してきたことありました。短い期間に4 回も転職履歴あって、離職理由もはっきり書かれてなかったんでお断りしましたが」
 「それはまた......」
 「たまに勘違いしてる人がいるんですよ。あ、そうそう、それで思い出しましたが、給与の話はこちらでするので、イノウーさんからは言わないようにお願いします」
 「言いたくてもよくわからないんですが」
 「経歴や年齢にもよりますが、基本的に、新卒採用の4 年目の給与テーブルを提示することになっています。そこからは交渉次第になります。もちろん安いにこしたことはないんですが、あまり安くすると、せっかく内定出しても、向こうから断られるので難しいところです」
 新卒採用4 年目の給与とは、かなり足元を見ている気がする。
 「経験とスキルある人なら、多少高くても来て欲しいと思うんですが」
 「あのな、イノウー」戸室課長が口を挟んだ。「転職会社経由の応募者を採用する場合、転職会社にも一定の報酬を支払うんだよ。君はリファラル採用だったから知らないのかもしれんが」
 「そうなんですか。無知ですいません。ちなみに、どれぐらい払うんですか?」
 「会社にもよりますが」浅海さんが、心なしか小さな声で答えた。「だいたい理論年収の30% が相場です」
 理論年収というのは、(基本給+想定される残業手当+その他固定手当)×12カ月にあたる金額、と浅海さんは補足してくれた。
 「だから採用コストを減らすために、初年度の給与は少なめにしておいて、翌年から基本給をアップする、という線で交渉することが多いんです」
 自分がこの会社に中途採用されたときは、すんなり決まってしまったので気付きもしなかったが、人ひとり採用するのにも、いろいろ制約やらルールやらがあるものだ。
 「給与については口を出さないことにします」
 「お願いします」浅海さんは安堵したように微笑むと、上司に訊いた。「募集は、いつもの7 社でいいですかね」
 「ああ、いいんじゃないか」
 「7 社というのは?」
 「人員補充の必要があるときは、だいたい決まったエージェントにオーダーするんです」
 そう答えた浅海さんは、いくつか社名を口にした。いずれも、ネット広告やCM などで耳にしたことのある企業ばかりだった。
 「その7 社以外にはオーダーかけてはいけないんですか?」
 「そういうわけではないんですが、オーダー書式のテンプレもあるし、担当者も馴染みなので、話が早いんですよ。なぜですか?」
 「ちょっと心当たりがあるので。ぼくの方から、そこにも声かけてみていいですか?」
 浅海さんは、戸室課長に小声で相談してから頷いた。
 「まあ、構いませんが」
 その後、いくつかの手順を確認して打ち合わせは終わった。
 システム開発室に戻ると、マリが顔を上げた。
 「採用の話でした?」
 「なんで知ってるの?」
 「へへ」マリはニヤリと笑った。「あたしの情報網をなめちゃいけませんぜ、だんな」
 「人を増やしてもらえることになりそうだよ」
 「あたしにもやっと後輩ができるわけっすね。優秀な人だといいですね」
 「だね」
 自席に座ったぼくは、スマートフォンを取り出して、LINE を開くと友だちリストから「心当たり」をタップした。

(続)

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コメント

SQL

木名瀬さんのとこに紹介してもらうのかな

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