ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

イノウーの選択 (6) 噛み合わない基準

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 いささか拍子抜けしたことに、戸室課長は、二次面接でのマリの同席をあっさり許可してくれた。
 「フロントの重要性はよくわからんが」戸室課長はどうでもよさそうに言った。「まあ、イノウーが必要だと言うんなら、そうなんだろう。ただし、笠掛くんが時短勤務だからといって、面接の時間を日中に限定するようなことはできんぞ」
 「はい、それは大丈夫です」
 「浅海くん、例の募集要項見せてやってくれ」
 浅海さんは「後でメールしようと思ったんですけど」と言いながら、一枚のプリントアウトを差し出した。ところどころ、校正の赤が入っている。最初はマーズ・エージェンシーの会社概要、勤務条件、福利厚生などが並んでいたが、これは事前に共有してもらったテンプレートと同じだ。その次に、具体的な募集内容が箇条書きで記述されている。

 雇用形態:正社員
 職種:社内SE
 主な業務内容:社内システムの作成、保守
 年齢:不問
 性別:不問
 勤務地:横浜本社
 必須条件:Java の実務経験3 年以上、Linux の基礎知識
 その他:Spring Boot の経験者優遇

 「前にお話しした」目を通し終わったぼくは訊いた。「上から下まで、という条件がないようですが」
 「そこは少し抽象的になるので載せない方がいいと判断しました。変に応募者を限定することもないので。面接で具体的にヒアリングして、イノウーさんが判断してください」
 「ああ、なるほど。まあ、確かにそうですね」
 もう一つ気になったのは、年齢が不問になっていることだ。戸室課長が、これでOK を出したのだろうか。ぼくの表情に気付いたのか、浅海さんは付け加えた。
 「年齢や国籍については、制限かけていません。ダイバーシティだなんだでクレーム来ることもあるので。書類選考でフィルタリングします」
 「ま、そういうことだ」戸室課長が立ち上がった。「打ち合わせに行ってくる」
 「はい」頷いた浅海さんは、戸室課長の姿が見えなくなると、声を潜めた。「書類選考は私の担当なので、相応のスキルがあるなら、年齢でのフィルタリングはしないようにします」
 「ありがとう」
 礼を言ってから、ぼくの責任は逆に重くなるのではないか、ということに気付いた。保身と言ってしまえばそれまでだが、これがうちの会社の体質そのものだ。エースシステムは失敗を好まない、とよく言われるが、マーズ・エージェンシーもその社風に染まりつつあるのかもしれない。加点は取れなくても、減点されないことの方を重視する。
 「じゃ、これでオーダーかけます。木名瀬さんからは連絡ありました?」
 「いえ、まだです」
 「木名瀬さんを信頼しないわけじゃないんですが、元社員だからといって優先することはできないので、あくまでも応募の到着順に処理していきますよ」
 「わかってます」もしかすると、最初の方で応募してきた人で決まってしまうかもしれない、ということだ。「これまでの例だと、どれぐらいで応募って来るものですか?」
 「あくまでも、これまでの傾向ですが、最初はある程度の数の応募が一気に来ると思います。書類選考と一次面接で通過するのは、だいたい2 割というところです。通過した人を二次面接に進めるので、イノウーさんの出番は、早くて二週間後ってところだと思いますね」
 「わかりました。よろしくお願いします」
 システム開発室に戻ると、マリが忙しそうにコーディングしていた。ぼくは面接参加OK の結果を伝えた。
 「じゃ、早速質問したい項目をまとめておきますね」マリは張り切って答えた。「何訊こうかな。HTMLタグと、JavaScript とCSS とフレームワークと......」
 「そんなに焦らなくていいよ」ぼくは苦笑した。「二次面接が始まるのは早くて二週間後ぐらいらしいから」
 「そうなんすか。でも、準備はしておきますね」
 ぼくは自席に戻ると、PC のロックを解除した。まだ先の面接の準備よりも、目の前に片付けなければならない案件が積まれているのだ。ただ、ルーチン業務にばかり気を取られて、面接の直前に慌てるのもよくないので、とりあえずデスクトップに空のテキストファイルのショートカットを作成し、「面接質問項目.md」と名前を付けた。思いついたら、ここに追記していくつもりだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 月が変わり、二週間を過ぎても、人事課からは何の音沙汰もなかった。6 月第二週の月曜日、朝一番でぼくは浅海さんに連絡した。
 『応募はたくさん来ているんですが』浅海さんは答えた。『なかなかよさそうな候補者が、つまり二次面接に進めそうな人がいないんです』
 「ちなみに何名ぐらい応募があったんですか?」
 『先週末時点で61 名です』
 それぐらい応募があったのなら、何人かは一次面接を通ってもよさそうなものだが。ぼくの疑問に答えるように、浅海さんは言葉を続けた。
 『うち、書類選考で落としたのが58 名。残りの3 名は一次面接で不合格、となりました』
 「......一次面接で不合格になった理由はなんだったのか訊いてもいいですか?」
 『そうですね......ちょっと待ってもらえますか』浅海さんは通話を保留にしたが、それほど待つこともなく再開した『今から、ちょっと打ち合わせできます?』
 数分後、指定された会議室に行くと、戸室課長と浅海さんが待っていた。浅海さんは「多忙なときにすいません」と頭を下げた後、数枚のプリントアウトを渡してきた。
 「本当は部外秘なんですが、イノウーさんは二次面接にも参加してもらうので、特別にということで」
 プリントアウトには、応募者の限定された個人情報――イニシャル、年齢、性別――と選考結果が表形式になっていた。選考結果が「D1」になっているのは書類選考での落選、「D2」が一次面接での落選、という意味らしい。
 D1 の落選理由は、概ね納得できるものだった。ほとんどはスキルのアンマッチだ。募集条件に「Java の実務経験3 年以上」と明記してあるにも関わらず、「VB.NET 5年」とか「PHP 6年」などで応募しているのはマシな方で、「Excel VBA で実績多数」、「COBOL、RPG3 20年」など、およそ戦力になるとは思えない経歴の応募者もいる。
 「うちはイノウーさんの募集要項を伝えているんですが」浅海さんは弁解するように言った。「サービス会社の方では、それをそのまま載せているとは限らないんですよ。単なる社内SE で載せてたり。だから書類選考というプロセスが必須になるわけなんですが」
 一次面接の結果については、もう少し詳細に記録されていた。

 氏名:S.G
 年齢:31
 性別:M
 最終学歴:大学
 主な職務経歴:SES 企業で常駐案件5 年以上、派遣社員として4 年以上
 Java の実務経験:7 年以上
 経験フレームワーク:SpringBoot、Seasar2、Struts など。
 Linux の経験:基本操作可能。Apache、Tomcat 等構築経験あり。
 一次面接結果:NG
 人事課所見:挨拶の声が小さい。自己PR の際の落ち着きのなさが気になる。明確なキャリアパスを持っていない。質問に対する応答が遅く、毎回、聞き直している。
 対象部署所見:落ち着きがない(緊張のせいか?)。他人と会話することが苦手な印象を受ける。自己PR の話で時系列が前後している。

 氏名:A.K
 年齢:33
 性別:F
 最終学歴:専門学校
 主な職務経歴:S 社(IT)で3 年、B 社(旅行業)で2 年、T 社(IT)で1 年、K 社(飲食業)で3 年、R 社(IT-SES)で2 年
 Java の実務経験:約5 年
 経験フレームワーク:特になし。
 Linux の経験:基本コマンド操作は可能。
 一次面接結果:NG
 人事課所見:応答はハキハキしている。自己PR もすらすらと話したが、暗記を読んでいるような印象。転職を繰り返している点が不安要素。前職の退職理由が、入社前の説明と実際の業務が異なっているとのことだが、具体的には答えていなかった。
 対象部署所見:転職回数が多い。業務内容よりも福利厚生などを優先して転職活動を行っているようだ。また残業時間も気にしていた。バリバリ仕事をやるタイプには見えない。

 氏名:N.N
 年齢:26
 性別:M
  最終学歴:大学
 主な職務経歴:IT 企業で4 年
 経験フレームワーク:独自フレームワーク
 Linux の経験:社内研修。
 一次面接結果:NG
 人事課所見:服装がカジュアル過ぎて、企業の面接に臨むにはふさわしくない。質問に対する応答は早いが短い。こちらに対する質問は特にない、とのことだった。
 対象部署所見:どことなく人を見下すような態度。いくつかの質問で「職務経歴に書いてありますが......」と前置きしていた。

 「つまり......」読み終えたぼくは訊いた。「NG としたのは、技術力や経験よりも、印象とか受け答えを重視した結果ということですか?」
 浅海さんが何か言いかけたが、戸室課長が口を開いたので引き下がった。
 「当たり前だろう。同じ会社で働くわけだからな。あまり変な奴を採用するわけにはいかんよ」
 「S.G さんなんか、かなりいい経験を持ってるみたいですが......」
 「誰?」戸室課長はプリントアウトに目を走らせた。「ああ、これか。何というか落ち着きがなかったからな。社会人として、最低限のマナーができてなかった。話し方もボソボソしてたしな。ま、はっきり言えば根暗ってやつだよ」
 少し迷ったが、ここははっきり言った方がいい。ぼくは小さくため息をつくと、戸室課長をまっすぐ見つめた。
 「できれば性格とか見た目とかではなく、スキルや経験に重点をおいて評価してもらえないでしょうか」
 「うちの会社で働く以上、最低限のラインを越えてなければ、スキルや経験の判断まで進めるわけにはいかんよ」
 「別にオタクの陰キャでもいいんですよ。開発の仕事をちゃんとこなしてくれれば」
 そう言ってはみたものの、戸室課長が考えを改めるとは思えなかった。システム開発室の仕事は開発、採用は人事の仕事。そんな信念に近い思い込みが透けて見える。ただ、このままでは、せっかく応募してきてくれた優秀なエンジニアを、みすみす取り逃がしてしまうことになる。
 何かいい落とし所はないものか、と頭を回転させていると、浅海さんがポツリと呟いた。
 「いっそ、イノウーさんも一次面接に参加してもらうのもいいかもしれないですね」
 「は?」戸室課長はギョッとしたような目を部下に向けた。「何を言ってる?」
 「いえ、実は以前から、サービス会社から採用プロセスを簡略化できないかと相談されていたんです。他社だとだいたい面接が2 回なのに、うちは一次、二次、最終の3 回ですよね。こういうのも、採用率に影響してくるんだそうで」
 「......急に言われてもな」
 「前から採用プロセスの改善事項として上げてはいたんですが」
 「そうなんですか」ぼくは訊いた。「もしかすると、牧枝さんのとき?」
 牧枝さんは前の人事課長だ。浅海さんは頷いた。
 「なるほど」ぼくはあえて戸室課長と視線を合わせずに言った。「牧枝さんはそれを放置していたわけですね」
 「放置というか......」浅海さんの視線も泳いだ。「多忙でいらしたので」
 「でもそのとき改善されていれば、もしかすると優秀な人材が採用できていたかもしれないんですね」
 ちらりと戸室課長を見ると、先ほどとは異なる表情が浮かんでいた。何かを思案するように、視線が斜め下をウロウロしている。それに気付いたのか、浅海さんがぼくの言葉に同意した。
 「それはあるかもしれません。実のところ、採用プロセスの改善は、広報部なんかからもよく突っつかれているんです」
 「夏目部長のところですね......」
 「よし、わかった」戸室課長が遮った。「リモート面接をやめて、書類選考の後は対面面接にするように図ってみよう」
 「じゃあ、ぼくも......」
 「ああ、一次面接に参加してもらう」そう言った後、戸室課長は付け加えた。「その線で進めてみる」
 うちの会社は、ジョブローテーションの名の下に定期的に異動が発生するが、マネジメント職レベルになると、異動して終わりではなく、その後の評価がかなり重要になってくるらしい。要するに成果を出せるかどうかなのだが、一番簡単で濫用される手法が、前のマネージャとは異なるマネジメントを行うというものだ。
 戸室課長はIT システム課から人事課に異動してきた後、これといった改革を行っていない。というか、行おうとしたのだが失敗したため、大きなポイント獲得には至っていないのだ。もともと人事課の業務というのは、昇進や昇給と直接的な関わりが多いためか、内外にアピールできるような変更を加えにくいのだろう。人事課に異動した後、何年も評価ポイントに変化がなく、少し焦りがみられる、というのはマリから仕入れた情報だ。
 今、戸室課長の前には、前課長の牧枝さんが成し得なかった採用プロセスの改善という大きな改革案が横たわっている。しかも、直近で取り組んでいるのは、システム開発室の正規雇用の採用だ。成功すれば、大きなアピールポイントになるのは間違いない。
 慌ただしく打ち合わせを終えると、戸室課長は浅海さんに何やら矢継ぎ早に命令しながら、会議室を足早に出て行った。二人を見送ったぼくは、採用プロセス改革が急ピッチで進むだろうことを、ほとんど確信していた。

(続)0

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コメント

匿名

中途はやったことないけど、ワクワクと(中途ならではの)チクチク、そして要望に達しない徒労感

採用後も自部門であれば余計に神経を使うでしょうし、大変…

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